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巫子ちゃんと幽霊くん  作者: 青空里雨


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21/21

生きる


巫子は全治四ヶ月で、二週間ほど入院をした。

どうしても二人が帰国するまでは連絡をしないでほしいとの巫子の願いに応えた花梨の父は、目覚と間堂の帰国を待ち、連絡を入れた。目覚と間堂は直ちに病室まで駆けつけ、目覚は巫子を抱きしめた。

病室には、霊体の母を含めた花園一家と、大滝兄弟、目覚と間堂が見舞いに来ている。



「それで…邪神の首をワンちゃんが食べて…。」


「あのワンちゃん……飼い主がいるんだね。」


「神の使いだよって父ちゃんと母ちゃんも言ってたでしょ弟。」


「大きいサモエド…。」


(ワンワン!グルル!)


「黒豆も嫌がるよ兄ちゃん…。」


「じゃあ絶対ダメ!飼い主がいなくても里親探す!いるから探さないけどね!」


「幽霊のお兄ちゃん…。」


(俺を見たって仕方ねーだろ。)



大学に入るころには、家業や組織の詳細も知らされ、友だちに隠す必要もなくなっていた。大滝や花梨にとっても、霊的なことを語ることで馬鹿にされたり、笑われたり、嘘つきと思われることもなく、心を許して話せる親友を大切に思っている。



「その神使の印は見えないけど、契約はした。」


「ご立派ですお嬢様。神様に気に入られ、お仕えすることが決まったのは喜ばしいことです。」


「そうだな。天国に行けないか…私が行くから安心しろ。唯に会ったら、二人で祝うよ。」


「死んでから会えるなら…僕は黒豆と会う!天国にも一緒に来てもらう!精霊でも天国で暮らせるならの話だけど!」


(ワン!!)


「兄ちゃんばっかりずるい!」


「お前は見えてて羨ましいよ!」


「本当だね!上手くいかないね!」


「うぅん!僕は上手くいってるよ!」


「ほほほ。」



霊障に倒れた人も入院できる特別病棟の防音個室なので、騒いでも問題ない。霊山と言われる山の祠の前で倒れていたら、古参坂通りの住民なら迷わずこの病院を選ぶだろう。巫子には霊障は何もなかったが、邪神の呪いと聞いた時に、目覚が一時的に気を失ってしまっていた。



「凄いよ巫子ちゃん…私も神職目指してるの。神様にお仕えする仕事で、その栄誉は凄いよ。おめでとう。」


「ありがとう花梨ちゃん。」


「えっと…ケンケンくん?おめでとう。」


(ありがとよ。犬の世話に追われそうだよな。)


「私も神様にお仕えする役目をもらえるように頑張る!お父さんは目標ある?」


「お父さんは書物を扱う人になりたいな。もしかしたら、強い思い入れのある本は幽霊と同じように、どこかで存在しているかもしれない。そういう本を探して大切にしたい。」


「それは気になりますが、中には禁書や呪いの本も多いでしょうから、お気をつけください。ほほ。」


「妻がいれば大丈夫です。ふふ。最優先は死んでも妻と一緒にいることですから。」


(こんなところで…うふ…恥ずかしいですよ。)


「ほほほほ。」


「ふふ。良い夫婦ですね。」


「ありがとうございます。ふふ。」


「本当に良かったですお嬢様…死ぬところでした。神様ありがとうございます。」


「「良かったー……ふぅ。」」


「皆さんありがとうございました…ご心配おかけして、すみません。」


「仕方ないよ巫子ちゃん…お地蔵さんの頭が転がってるのを見たら、私も拾って道路から離そうとする。」


「僕も。」


「僕もする。邪神の気配ってなんだろうね…。」


「ケンくんから見ても、禍々しい気を感じませんでしたか?」


(不自然なほどにな。呪い出してから急に出た。触れないといけない呪いだったのかもな。)


「大いに、ありえますな。封印についても調べてみましたが…記述にはありませんでした。花園夫人は何か知っていますか?」


(あの辺りはね…昔は沼だったんですよ。地図で見た公園はお寺だったんです。浸水被害があまりにも多くて、家畜や畑も不作でね。あの辺一帯は高台を除いた全部が埋立地なんですよ。)


(そうなのかよ。じゃあ埋め立てで封印…。)


(お寺の全体で地蔵に封印を施したのかもしれませんね。見てみないと分からないけど、話を聞く限りでは、お寺そのものの結界の役目を果たしていたように思えます。形を壊されたことで、結界に隙間ができたのかもしれません。結界の外に抜け出した頭部を拾い上げたことで、巫子ちゃんから生気を奪えたのかもしれないわ。封印を解くよりは、結界外で動く体を求めて、巫子ちゃんを乗っ取るつもりだったのかしらね。)


「「あぁ…。」」


「花梨ちゃんのお母さんは、知ってたって?」


「あのお地蔵さんの近くの公園は、昔はお寺だったんだって。」


「あー…じゃあ昔の人は邪神と戦ってたんだね。」


「そうかもしれないね兄ちゃん。僕、思ってたんだけどさ……サッカーボールが当たっただけで崩れ落ちるかな?壁当てみたいにして、何度も強く当てないと崩れないよ。僕も小さいころは、壁に丸を描いて、そこを的当てにして野球の練習してた。石の上にボールを置いて、落ちるまで当てたりもした。」


「ありえますな……。」


「そうかもしれないな…あの公園からボールが飛んだところで、転がってくるくらいのものだ。」


(それか、邪神の力が人間の封印では抑えきれなくなっていたかですね。ボールはたまたま転がっていたのか、地蔵で止まっていただけか……的当て…考えたくはないけど…うーん。)


「「うーん…。」」



花梨の母と、大滝兄弟の予想はどちらも正解であった。地蔵の頭を的にしてサッカーボールを蹴った少年は、信号無視をして道の真ん中を走っていたが、途中で足が動かなくなり、トラックに潰されて死亡している。体を手に入れられず、呪いの対象を探していた地蔵を見つけてしまったのが巫子とケンだった。

偶然とはいえ、巫子が来ていなかったら、あの土地は再び浸水被害や病の気が蔓延していたことだろう。


巫子が退院すると、駆けつけた祖父母も巫子を抱きしめ、巫子とケンが神と神使の契約を結んだことを大手を振って喜び、盛大に祝っていた。



杖なしで歩けるほどに回復した巫子は、大学や神職の勉強、組織の仕事にも励み、ケンも一緒に悪霊祓いや、成仏の手伝いに精を出す。

大学は無事に卒業し、神職としての修行を終えると、巫子は犬神神社の宮司となった。犬神神社は、小さな社であったが、組織や鬼門家からの支援もあり、巫子が一人でも管理できる程度の小さな神社が作られた。


優子も住職の父と一緒に定期的に訪れ、かつて養護施設から通っていた小学校の同級生が訪れて再会を喜び、毎年の初詣は同窓会のように賑やかになっていた。

地元の者達も多く訪れるようになり、参拝やボランティアでの掃除もされ、明るい雰囲気の神社になった。


近くの養護施設からも子どもたちが遊びに来るようになった。毎日熱心に参拝に通っていた養護施設の一人の女の子が、巫子を慕っていた。巫子も少女を可愛がっていて、将来は犬神神社で働きたいとの希望もあり、十八歳で養護施設を出たあとは巫子の養子となった。

その前からも目覚や間堂に孫だと可愛がられていたこともあり、鬼門家の新しい家族は、心からの家族の温もりを感じて、太陽のように笑っていた。



「よいしょ…。」


(立つときは掴まれよ。やっぱり足は悪くなったな…。)


「お母さん、よく走るもんね。ふふ。」


「お婆ちゃんどこ行くの?」


「今日は、娼館跡地だった場所の清めの祝詞を唱えに行く日なんだよ。もうすぐ大滝くんが迎えにくるかな。」


(もうちょっとかな。まだ来ないよ。)


「僕も行きたい!」


光里(ひかり)はお父さんとお母さん留守番だ。大丈夫ですか義母さん。」


「大丈夫だよ…まだ41歳だよ。」


「そうだよ。ふふ。」


「足の話ですよ。ふふ。」


「よいしょって言っちゃっただけだから大丈夫…。」


「「ふふ。」」


「お婆ちゃんは若いよね。お婆ちゃんくらいのお母さんの人もいるよ。41歳…僕は5歳だから…。」


(母ちゃんと婆ちゃんは、11歳しか違わないんだよ。母ちゃんが25歳のときに光里を産んだから、まだ巫子はそんなに婆ちゃんではねーな。ふふ。)


「それは若いわけだね。」


(だな。ふふ。)


「「ふふ。」」



巫子の娘は訓練で幽霊が薄く見えるようになっていて、孫である光里は、生まれたときから見えていた。娘の旦那は何も見えないが、見える人よりも興味があり、幼いころから神社仏閣を巡り、集めた御朱印の数は部屋を埋めるまでになっていた。



「いつもお母さんも行くのに、今日は行かないの?」


「お母さんね、光里の弟か妹がお腹にいるから行かないでおくの。」


「え!嬉しい!やったねケンくん!」


(良かったな。今のうちに子どもらしく走り回れよ?こんな大人しい子どもいないぞ?)


「光里は勉強と読書が好きなんですよ。お父さんそっくり。」


「僕も神社仏閣の歴史研究したい!」


「「ふふ。」」



後に生まれる孫二人のうち一人は、遊びに来ていた大滝に心を寄せ、独身であった大滝の養子となった。大滝の弟は花梨と結婚をして、二人の男子を授かった。

巫子は自分は神との契約をし、友とは言え生涯を共にと約束したからと、生涯独身を宣言していた。

その宣言を聞き、大滝も「じゃあ自分も生涯独身だな。」と笑っていたことは大滝家だけの秘密になっていた。


神社の敷地から少し離れた場所に巫子とケンが住む家があり、娘夫婦は、そのすぐ近くに家を建てた。来年には目覚と間堂が二人で、巫子とケンの家に引っ越してくる。



霊と向き合い、人と向き合い、命と向き合い、生と死と向き合いながら、巫子とケンの奮闘はまだまだ続く。


巫子が、悲しみに暮れる幽霊を見過ごすことができないことは変わらないが、ケンも力をつけて、巫子に常に強い結界を張っていたことで、悪霊や呪いを受けることは一切なくなった。


悲しみや未練は、浄化の光を当てても晴れるものだけではない。巫子とケンは、悲しみに呑まれて悪霊になった哀れな幽霊も何度も見て、浄化は不可能で時間をかけて清め続けるしかない幽霊も見た。全ての霊の無念を晴らすことはできなかったが、確実に救われた霊は数えきれない。


生命を終え、使命が訪れるそのときまで……



「祓い給い 清め給え。」


「巫子ちゃん、今日お泊まりしていい?」


「いいよ。」


「帰りにご飯食べて帰ろう?」


「うん。」


(それは帰るときに言え、ラーメン小僧。変わらねーなお前は。ふふ。)


(ワン!)



二人と友人たちの絆は続く。




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