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巫子ちゃんと幽霊くん  作者: 青空里雨


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18/21

誓い


祖父母がリュックから取り出して組み立てていたものは、即席の神棚だった。祖父が神棚を組み立て、祖母が神棚の中を整えている。酒は小僧だからと、甘酒を入れた。



(おいおい、寺でお前…神社のやつだろそれ。)


「あ。」


「ほほほ。」



住職はちょうど懐から、まっすぐに枝が伸びた真榊(まさかき)を取り出しているところ。幽霊くんは笑って、様子を見ている。



「幽霊小僧は、生前なんと呼ばれてた?」


(なんとも。下男(げなん)だな。男手の呼び方は全員下男だ。俺はひょろがりだったから、力も弱くて早めに捨てられたけど、時間の問題だろうな。力のある男は脅威にもなるだろうし。)


「悪事をする奴は、何にでも怯えるわい。」


(そうそう。あー…土の中から供え物が届いた時は、蛇神とか邪神様とか…最初に病気で死んだ子ってんなら、俺じゃねーな。最初は誰か知らない。畑から作物盗んでた小鬼って呼ばれてた奴かもしれない。一番底に似た奴のがいたからさ。形は保ってなかったけど。)


「どうすれば良かったんだろうね…鬼なんかじゃないのに。」


「恨みを募らせたら鬼になるんだ。鬼は死者よりも、人間が鬼になっている者のほうが多いかもしれんな。邪道には行くべきじゃない。」


「生きてる人間は…怖い。」


「そうですね。幽霊の方が純粋な気持ちばかりが残っている気がします。だからこそ、生きている人間よりも怖いところはありますよ。呪いも幽霊のほうが強力です。もう何も失うもののない人が純粋な殺意ばかりを残して、殺意の対象が特定の誰かではなく、人間になっていたら恐ろしいです。言葉の通じない悪鬼のような者もいますから。」


「はい…何も知らないうちに亡くなった純粋な幽霊は怖かった。でも…悪鬼というのとは違った。抱きしめられたかっただけ。」


「水子ですか。子どもの母を求める執着は、そりゃ凄いです。だからこそ、天の救いが多いですよ。人が関わるには相当な修行が必要ですね。」


「はい。」



祖母は、神の依代となる霊璽(れいじ)に墨と筆で文字を書き込んでいる。書き終わると筆を置き、折り紙で器用に着物の形を作った。



(何だその木の札は。巫子の友?)


「本当なら名前を書くんだ。これを、神や先祖の御霊の依代として祀る。巫子の守護霊と書いても、正しく当てはまらないと、その半透明は消えないからな。お前の存在はこれが証明する。誓いをしろ幽霊小僧。巫子がもう幽霊小僧を必要としなくなるまでは、共に現世で生きると。命や肉体を超えた霊体を手に入れて、お前はもうどこまでも共に行ける。しがらみがあるとすれば、友との誓いだ。」


「巫子の守護霊として契約をとも思ったけどな。うちでやると、式神のようになってしまうから。強制された関係とも言えなくもない。」


「それは違う。」


「そうだな。違うと思えば誓いが歪む。歪んだ契約はできない。だから誓いだ。」



神棚に、鏡と霊璽が置かれて完成した。巫子は神棚の前で手を合わせた。



「私も誓う。幽霊くん…一緒にいよう。」


(あぁ…一緒にいるよ。無茶ばかりしてたら、口煩く止めるからな。)


「うん…絶対やめろって場所は行かない。」


「「…よし。」」



幽霊くんと巫子の体が僅かに光ると、幽霊くんの薄くなった体は、元の霊体だった時よりも色濃くなった。自分がどこの誰で、何の思いを持っているのか。それが根となったことで、現世での存在が強くなった。



「生きているというだけで、根になる生者とは違うんだ。信仰で生まれた者もだな。悲しいことだが。」


「そうですね。自分に祈ってくれる相手がいる間は。その者のためにと守っていても、いなくなれば存在が危うくなります。」


「んー…。」


(だからって祈って回るなよ巫子。)


「うん。公民館に置かれた本みたいに、伝えられていけばいいのに。広めなくても、良い話だけじゃない真実も大切だよ。」


(あれ何とかしてくれよ。)


「うちの寺で正しく書き残して伝えていきますよ。」


(うん…死んだ子どもが呪い殺してるみてーに伝わって、悪霊になられて殺されるのが嫌だからって供え物してたと思うと腹立つ。)


「そういう者もいるでしょうが、ここの子たちは純粋な友のように祈りをしてますよ。届いた声は尊いものだったでしょう?」


(ふ…和尚がうるさかったよ。無事にあの世に行ってそうだな。)


「そうですね。あの世から見守ってくれています。霊的な存在は、見えない聞こえない方でしたけど。ただ力は強く、存在だけは分かる方でした。」


(聞こえねーだろうな。うっせーぞって言ってたもん俺。)


「はははは!」


「幽霊くんは届いた声と会話をしてたんだね。」


(長いことな。)


「無理に若者の言葉を使いおって。自分のことはワシと言えジジイ。」


(お前がな!)


「はははは!」


「ほほほ!」



祖父母のリュックの中身は空になったようで、折り畳むとポケットに入れられる大きさになった。



「神棚はこのまま持ち帰る。塩は固めておこう。」


「ありがとうお爺ちゃん、お婆ちゃん。」


「なんの。」


「なんのなんの。ふふ。」


(そん中が、俺を消す道具じゃなくて良かったよ。)


「わざわざこんな所まで来んわ。」


「何でわざわざこんな所で。したければ、爺さんが山でいくらでも消せるわい。」


「それが巫子のためになると思うなら、幽霊野郎が守護霊にならなくて良かったよ。」


「まさにですな。ほほほ。」


「幽霊くん疲れてたんだね…。」


「はははは!」


(あー…ふふ。そうだな。)



巫子は心底、幽霊くんに労いの瞳を向けている。幽霊くんは、何かから解放されたように、すっきりとした表情になり、巫子と目が合うと楽しそうに笑った。


幽霊くんの過去の歴史は歪んだ形で伝わっていたのに、あの場所は地元民には愛され、大切にされていた場所であり、寺で塾のように勉強を教えていたこともあった。子どもたちの声はいつも聞こえていて、賑やかだったようだ。


和尚に境内の案内をしてもらい、漁師の話の中では、蛇を不滅の象徴と言われているのだと教えてもらった。小さな田舎町も、間堂の車に乗りながら散策をした。

幽霊くんから聞いた遥か昔の暗い面影はなく、街の人には笑顔が多い。民家は日に当たり、陰鬱な影を落とす場所もない。たまに霊は見かけるが、悪霊として彷徨う霊は一人もいなかった。



「素敵な場所だね幽霊くん。」


(コミュニティが狭いのも平和にはいいのかもな。若者は子どもくらいか?)


「職になりますと、外に行く人は多いですよ。代々続く店を継ぐ人も多いです。外と言っても、二駅ほど離れた駅周りは盛んですから、その辺りですね。都会に行く若者もいますけどね。」


「逆に、漁師を目指す若いのも来そうですな。」


「そうでしょうね。港が一番賑やかですよ、この街は。ただ、他にも国から依頼が来るような会社や工場もありますし、漁ができない状況になっても、助け合いをしますよ。災害で寺が潰れた時も、助け合って街は復興しましたから。もう繰り返すことはありません。」


(今は良い時代だな。簡単に連絡ができるし、車もあるしよ。)


「「あぁ…。」」


「ジジイの話は勉強になるわい。」


(拘るんじゃねーよジジイ!)


「はははは!」



幽霊くんは街には興味はないようで、第三者のような意見を言うだけで、自分から行きたい場所も言わなかった。幽霊くんが、海辺の崖に降りて確認した場所には僅かな隙間は残っていたが、中には怨霊もおらず、幽霊くんが死んだ場所と同じで変わっていなかったようだ。

あそこは危険だからと、近寄る者はいないそうだが、和尚が再度警告を出すと約束して、住職を送り届けると、車は家路へと向かった。

途中で寄り道をして夕飯を済ませてから、深夜に洋館の家に到着すると、巫子はリビングの暖炉の横に幽霊くんの神棚を置き、手を合わせた。



(何してんだよ。ふふ。)


「祈りの力を幽霊くんに届けてるの。」


(来ないよ。)


「来ないよなジジイだから。」


(関係ねーよ!)


「祈りの力で動いてるんじゃねーんだよ幽霊野郎は。霊だからな。浄化や清めはできても、信仰とは違う。」


「ご先祖様にお祈りするのとも違う?」


「ご先祖様が家を守ってるなら、感謝の祈りはねーとな。契約で、完全に一方的なものはねーんだ。守ってやりたいと思える相手じゃなくなったら、契約が切れることもある。感謝や供え物で存在を確立させねーと、守護霊だろうと消えることもある。守っていたのに、自分を消す不義理をするなら怒るし、祟りになることもある。」


「信仰の対象になっていますと、祈りは力となり届くものです。その力も守るために使ってくれます。ありがたいことですよ。友に信仰というのは違いますな。」


「うん…尊敬してる。」


「ほほほ。」


「ケンと言う名前で呼ぶのはどうだ?」



祖母の提案に、誰が口を開くでもなく顔を見合わせている。



(今さら名前なんてあってもな…名前の由来は?)


「目覚と犬猿の仲と聞いていたし、巫子の犬みたいにくっついて歩くだろ?犬が由来だ。」


「私は猿じゃねー…。」


「比喩ですよ。ほほほ。」


(犬は嫌なんだけど…ラーメン小僧の犬が浮かぶ。)


「ケンなら良いだろう。健康、献身、賢人、健全、健闘、堅実、謙虚、権威。たくさんあるぞ。自分で由来を作ったらいい。」


「幽霊くんは全部当てはまるね。ケンくん。」


(違和感しかねーな。好きに呼べよ。)


「クソジジイ!」


(そのまま返すわクソジジイ!)


「ほほほほ!」


「「ふふふ。」」



この日から、幽霊くんの名前は『ケン』となり、家族の中で名前で呼ばれるようになった。

巫子は毎日欠かさず神棚に手を合わせ、おにぎりと味噌汁を自分で作って供えるようになった。祈ることでケンの存在を確立させている。幽霊くんがいなくなるかもしれないと思った時の寂しい気持ちを忘れられず、毎日一緒だよと囁く声と、友を思う気持ちは、確かにケンに届いていた。

ただ、自分に背を向けて神棚に手を合わせるその姿は、ケンに何とも言えない複雑な表情を浮かばせるのだった。



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