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巫子ちゃんと幽霊くん  作者: 青空里雨


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17/21

道筋


幽霊くんの過去に遡る。


それはいつとも知らぬ遥か昔。鉄の建物やアスファルトの道路もない遠い過去。


海に面した村は漁業が盛んだったが、大雨と災害で漁をするための船が流され潰れてからは、村は飢餓に襲われた。

病院の設備や施設がない昔の村では孤児は育てられず、出産で命を落とす母も多かった。

幽霊くんは、親戚筋の大家族の家に住み込みで働く孤児だった。両親は生まれたばかりの幽霊くんを芋一つで売って、村から去ったということしか知らない。


毎日の水仕事に畑仕事が幽霊くんの役目で、同じ年頃の大家族の子どもは腹一杯に食事をしていても、幽霊くんは野菜の皮や切れ端を煮た汁物だけを口にしていた。貴重な米や調味料を使うことは許されず、畑の雑草も混ぜてなんとか生きていた。


大家族を維持できていた商家だった家にも、毎年深刻になる飢餓の影響は届き、村の長と共謀して神の怒りだと村人に伝え、生け贄を捧げるようになった。

村人は嬉々として、老人や子どもを差し出し、満潮になると海水が流れ込んでくる大穴に人間を捨てるようになった。


仕事をしていた幽霊くんだが、仕事は大家族の子どもが分担してできるものとし、使用人も続々と穴に捨てられていく。幽霊くんも例外ではなく、眠っている間の深夜に主人と長男に連れられて穴に投げ捨てられてしまった。

幽霊くんは日々の飢餓で力もなく、思考も働かず、抵抗することなく穴へ落とされたが、折り重なる人間たちがクッションになり助かった。真横に顔を向けると、乾いた瞳で死んでいる小さな子どもと目が合ったと言う。


そのときに初めて死を実感し、死を実感すると生も同時に実感する。深い穴はよじ登ることもできず、海水の塩が岩のように固まった壁には、血の跡と無数の引っ掻き傷が残っていた。

幽霊くんは日々の飢えから大きな声を出すことはできなかったが、声は助けではなく、殺しにくる脅威にしかならない。声を殺して思考を巡らせる。

海水は溜まっておらず、凍えを起こさせる風を感じて、下の人間を掻き分けて下へと進む。幸いと言えるのか、生け贄を出し始めてから月日は経っておらず、体重が軽い亡骸も多かったことで底に行くことができた。

それでも折り重なる人間たちの僅かな隙間から感じる風は、壁側の底にある小さな隙間しかなく、幽霊くんは隙間を何度も蹴りつけ、白骨化している人間の骨を使って穴を広げようと掘っていく。

明るくなり、人の声が僅かに聞こえる時間は音を立てないように静かに過ごし、服の切れ端や流れてきた貝や海藻を食べる。夜になると穴を広げ、足音が近寄ると死体に隠れて生け贄が落とされて足音が離れるのを待ち、落とされた人間の生死を確認してから穴を広げる。

何とか生きていた人間も、高い場所から落とされた衝撃に命を落とす者も多いが、ほとんどが騒いだり暴れたり、連れて行く途中で逃げないように殺されてから投げ捨てられる。幽霊くんも暴れていたら殺されていただろう。


何日経ったのか分からない作業は、細い子どもなら何とか通れるくらいに広がった。覗いても暗く、水の音が反響する何があるのか分からない穴に向かって幽霊くんは迷わずに入ると、崖になっていたようで滑り落ちた。

抜け穴から落ちた拍子に、落下の衝撃で死体が転がり、穴を塞いだ。僅かに届いていた光も閉ざされた。


落とされた穴よりも深い穴から滑り落ちた幽霊くんは、しばらく気を失っていたが、目を覚まして辺りを見回すと、洞窟の天井からポタポタと落ちる水で水溜りを使っていた。土で濾過された水を飲むと、幽霊くんはその美味しさに、より強く生を実感したと言う。


洞窟の中は広く暗い。目は慣れるもので、壁を伝って歩いていくと、小さな花のある雑草や貝殻が落ちていることに気がつき、それを食べながら水溜りの水を飲んで命を繋ぐ。

朝も夜も分からなくなった洞窟の中を歩き続けると、壁際に僅かな光が差し込む場所を見つけた。幽霊くんは希望の光に向かって走り、隙間を覗くが、僅かに空が見えることと、海の音が聞こえるだけで、他の情報はない。


落ちている貝殻や石を使って穴を広げる生活が始まった。筋力はつきようのないが、雑草と貝殻と、たまにいる虫を食べることで命と希望を繋ぎ、何年も硬い穴を広げる。


そして穴が開いたときは、地震のような揺れが起こり、ガラガラと天井や壁が崩れ落ちた。幽霊くんは逃げ遅れて、岩に下半身と片腕が潰されて気絶したが、肉を削りながら何とか這い出て、光に片手を伸ばしながら這っていく。

落ちた岩の間を抜けたり、這い登ったり、落ちたりを繰り返して、長く感じた僅かな距離を進むと眩しい光に包まれた。


穴の外を見た幽霊くんの希望に満ちた瞳に絶望が映った。

自分がいる場所は断崖絶壁の途中の穴で、目の前に広がるのは果てしなく、波の荒れた海。上を見上げても崖の果てが見えない。下半身も片腕も使えない幽霊くんは、海に向かって今まで生きていた中で一番の大声を張り上げた。

夕方になると、茜色を超えた真っ赤な夕日が海と洞窟の中を照らし、海が荒れ、満潮で今まで遮られていた洞窟の壁が失ったことで海水が押し寄せてきた。幽霊くんが今まで歩いてきた道に押し返すように、波に呑まれて溺れて死んだ。



(死んだんだ…死んだのに……出られなかった。ずっと洞窟にいた。洞窟には誰もいなかったけど…最初に落とされた穴の近くでは声が聞こえてた。次は生意気なあいつを神が怒ってるって言って生け贄にしようとかさ…悪党の悪巧みだよ。穴に入れられたのは、六歳くらいかな。死んだのは今の見た目くらいなんだろうな。)


「えぐぅ…。」


「ヘビーですな。肩の蛇はヘビーの象徴でしょうかね。ほほ。」


「「ふっ…。」」


(何がおかしいクソジジイ共。これは穴に入れられる何日か前に彫られたんだ。落ちた奴ら全員にあった。死んでから彫られて投げられてんのもいるだろうな。穴の前で彫ってるような声もした。こいつはまだ証がないぞって。)


「証…なんの?」


(死者の証だ。上から下に行く柄だろ?あのときは海の神が蛇だって言われてたんだ。神への捧げ物の印。もう生きられない死者と分かるようにしてた。生きてる奴と死者でしっかり区別してたんだ。)


「口減らしや恨みの矛先を、神の怒りを言い訳にしていたのですね。」


「昔なら、よく聞くようなことなのかもしれねーな…特に孤立した集落なら尚更だ。集落が全滅していたかもしれないと思えば、平和な場所から責める言葉は言えねーかもな。理解できるとは口が裂けても言えんがね。」


「何を聞いても理解できんわい。」


(俺がそんな奴になんなくて良かったよ。洞窟にいたときは、村にいるより…生きていられた。)


「幽霊くん…未練だね。」


「そこですよ。それも幽霊小僧くんの道筋です。未練は何ですか?」


(未練になることもねーことかな……。)


「さて、まだ道筋は残っていますよ。死後、地下から地上まではどういう経緯で上がれましたか?」



住職の問いかけに、幽霊くんは疲れを見せた顔をしたが、言葉を止めずに話し出す。



(洞窟じゃなくなった。ここよりは狭かったんだろうけど…どうなんだろ。もう考えることもやめて、ただ洞窟に立ってたり、歩いてたりしたんだけど、急に寒さがマシになって寝たんだよ。起きたら、冷たい岩の中から温かい土の中に入ったみてーな場所に移動してた。自分の周りを切り取ったくらいのスペースがあった。暗かったけど、なんか明るいって思ってたな……そこから声だけが聞こえる。楽しそうな子どもの声に、和尚のデケー声。子どもを叱りつけるおっさんの声とかさ。嫌な声はしなくなった。)


「和尚様に慰霊碑に移されて供養されたのでしょうな。」


「だろうな。己を失い、消えるギリギリだったのかもしれんな。」


(しょっちゅう聞こえる訳の分からない声がするたびに、どうでもよくなってた。今なら経の声だったのが分かる。土の中から聞こえる声からも、たくさんの光が見えるようになった。ただの光だけどさ。たまに、握り飯とか服とか玩具が急に出てくるんだよ。飯は食えなかったけど、服は着れた。俺が手にしなかったやつは勝手に消えた。多分だけど…他の場所にもたくさんの死んだ子どもがいたんだと思う。下や真横から声が聞こえることがあった。)


「私も幽霊くんに届けたい。お供物。」


「お供物というよりは、お焚き上げや儀式で届けていたのでしょう。食べ物は幽霊小僧くんには届かないのかもしれません。何でも届くわけではありませんから。」


「ご飯…。」


(食いたいとも思わねーな…美味いを知ってる奴なら別だろうけど。)


「空腹が常ですと、知らぬ満腹を求めることもない人もいるのでしょう。洞窟に行くまでは生の意識もなかったようですから。服は届きましたね。」


(服は大事だよ。寒いし怪我するからさ。)


「生前に好きだったものを供えるというのも、届くものが限られている理由もありますよ。地蔵菩薩は、現世の苦しみや苦難を取り除き、地獄や六道から救い、極楽浄土へと導いてくれると言われています。ここは地蔵菩薩を本尊とする寺です。地蔵菩薩から苦しみを取り除かれたのだとしたら、幽霊小僧くんに残る記憶が極めて少ないことも納得ですね。」


「「あー!なるほどな!」」


「「あぁ…。」」


(ジジイ、ババア…はしゃぐな、この野郎。)


「はははは!」


(なまぐさ坊主もこの野郎。はぁ…。)


「幽霊くんが消えそうだよ…全然濃くならない。どうしたらいいですか?」


「どうしたいのです?それによって助言は異なります。」


「どういう状態かによります。極楽浄土への導きなら…待っててね幽霊くんって…死んでも会える約束をしたい。消えそうなら…消えないで幽霊くん…えぐぅ!」


(死んでも会える約束な…。)


「縁ですな。生前の善行や縁次第では、再会の道もあるでしょう。」


「こいつ、生前の善行なんてあんのか?」


(無償労働だ猿こらぁ…。)


「おんこらぁ…。」


「勿論、それも善行です。悪行であるはずはない。生きようと頑張ることも善行です。死後の約束に関しては、何かを言うことは控えましょう。今の状態ですが、神の導きがある場合、幽霊小僧くんの周りに光の粒が見えます。残念ながらそれは一切見えません。」


「幽霊くん!行かないで!消えないで!まだ…まだまだ一緒にいたい!ずっと……うん!ずっと一緒にいたいよ本当は!親友だもん!家族だもん!」


(成仏させようとしてたくせにな。)


「んーー…アホ!」


(あーーー!あっ!悪いこと言った!あーーー!)


「ごめんなさい…。」


「「ふふ。」」


「幽霊くんの幸せを願わない言葉は言えない。どこにいても、ずっと大切な親友なのも変わらない。どこにいてもいいなら……一緒にいたい。一緒にお出かけしたい。幽霊くんと旅行も楽しかった。だけど…極楽浄土?天国?どこに行っても、きっと幽霊くんと一緒なら楽しい。一緒に生きたい……幽霊くんの心はずっと生きてるよ。私から見たら…肉体の有無は関係ない。人間なのも変わらないんだ。ずっと家族なの。」


(お)


「お前の方がジジイじゃねーか!!」


(若者だジジイ!黙っとけ!)


「はははは!」


「「ふふ。」」



思いついたように騒ぎ出した祖父は、祖母と一緒にリュックの中のものを出して組み立てている。



(はぁ…どこにいても一緒ではないよな。どこにいてもいいなら…俺もまだ、この世を見てみたい。巫子が神職になるなら無茶苦茶するだろうしさ。この世での善行もしとかねーと。)


「大事ですよ。」


(うん。)


「存在を決めやがれ幽霊野郎。今のお前は、自分の存在が曖昧なんだよ。どこの誰で、何がしてーのか決めろ。未練は何だ?この世と別れる時は、どんな時だ?しっかり決めておかないと、今から両親がやる術はできない。私の娘との関係は?」


(友達だよ。存在か…俺は何なんだよってな…俺が決めていいのか。)


「自分を作るのです。自分の道筋から、生前だけが幽霊小僧くんではないですよ。今もあなたは幽霊小僧くんです。」


(そりゃ幽霊は今だよな。まぁ…あの時は生きてたけど……巫子の友達で、巫子の無茶に説教したい。友達の心配すんのは当然だ。見られない場所で冷や冷や待ってんのは嫌だよ。この世との別れか…巫子がもう俺がいなくてもいいようになるまで。)


「ならないよ!」


(結婚とかさ…いろいろあんだろ。)


「ややこしい問題ですな。ほほほ。」


「目覚も結婚せんなー。」


「好きにしたらいいや。可愛い孫もいるからな。馬鹿なことする大将は、目覚に及ぶ者はおらんわ。)


(悪霊みてーなもんだもんな。)


「ははははは!」


「おっちゃん!」


「「ふふふ。」」



薄い幽霊くんを、ずっと心配そうに見ている巫子に目を向けた幽霊くんは、小さな声を溢す。



(未練は……生きたかった。)


「叶いそうもねーな!」


(死んでから本番だ悪霊が!)


「お前が悪霊だろうが!昆布マン!貝殻男!」


(おぉーーい!)


「おぉん!?」


「ほほほ!」


「「はははは!」」



巫子は何が可笑しかったか分からず、ただ困惑していた。

心に寄り添い涙を流す巫子もいれば、笑い飛ばして、触れてはいけない傷にせず、笑い合える友もまた、大切な関係だ。



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