表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
巫子ちゃんと幽霊くん  作者: 青空里雨


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/21

知るが知らぬ


冬休みに入る前日、旅支度を整えた巫子を前に、複雑な思いを抱いた幽霊くんは、巫子が眠るのを見届けてから静かに家を出た。

巫子の学校や巫子が祝詞をあげたという祠、巫子が行きそうな場所を巡っては清めていく。



(消される罠とも言えないからな…あの爺さんと婆さんは胡散臭い。ふぅ…神職か。いつか言うと思った。)



呆れたように笑う幽霊くんは静かに足を進め、朝になるまで光を浴びせて巫子の生活空間を清めた。


朝になると、間堂が既に車のメンテナンスをしており、祖父母が遠足でも行くような大きなリュックを背負って玄関から出てきた。二人のリュックを見つめた幽霊くんは目を細めた。そんな祖父母は幽霊くんを見ると僅かに笑って、リュックに親指を立てて挑発するような顔を向けた。

リビングで巫子の準備が終わるのを待つと、僅かな時間で巫子と目覚が来て、全員が車に乗り込んだ。

車を走らせている間は、景色を確認するように外を眺める幽霊くん。車内の遠足のような賑やかさに、幽霊くんは嫌な顔はするが、声を出すこともなく窓際に座っている。高速を飛ばして、明るいうちに幽霊くんのタトゥーと同じ石があった場所に到着した。


遠くには山に作られたような斜面に、密集した住宅地が見える。海の音も聞こえる寺の跡地は、成長途中の細い木に囲まれ、真新しい慰霊碑が立っていた。

石の説明は、寺が流されたときの被害者を供養するもので、幽霊くんに関するものは残されていない。雑草も僅かにしか生えていない荒野のような場所に、ぽつんと小さな慰霊碑があるだけだった。



「幽霊くん…どう?」


(どうってな…懐かしい気持ちはどこにもねーな。)


「念の為に私が下見をしているのです。悪霊もおりませんし、力の気配もありませんでした。」


「不自然だな幽霊小僧。」


(何がだよ。俺に縁のある場所なら、俺が好きに出歩いてんのが答えだ。特別な場所じゃねーんだろ。)


「大災害と言える場所だぞ。そういう場所には必ず霊が彷徨っているんだ。」


「ここには不自然なほどに何もない。それどころか、寺の結界の中にいるようだな。」


(悪を入れねーってやつか。)


「そうだ。」


「ここの和尚は災害も生き延びていたし、しっかり浄化したんだろうな。弟子も系列の場所から来るのかもな。慰霊碑が綺麗だ。」


(だから何だよ…もういいだろ。)


「ここにあった慰霊碑は公民館の前に移動したそうですよ。公民館の裏には寺がありますから、年に一度は供養をされているそうです。行ってみましょう。」


「「よし!」」


(張り切ってんじゃねーよ。)



張り切る祖父母を先頭に車に乗り込み、公民館へと移動する。巫子は寺の跡地を車の窓から見ていたが、幽霊くんは巫子の隣で退屈そうに前の座席を見ていたり、車の天井を見ている。

公民館に続く道は歩道が広く、子どもたちは風車や玩具を持って楽しそうに走っている。のどかな田舎の風景で、見通しも良い広い道路からは、公民館が遠くからも見えている。

広々とした寺との共同駐車場には車が数台が停まっている。車から降りると、僅かに空気の違いを感じた巫子は、早朝の涼やかな癒しを与えられたような表情で深呼吸をした。



「はぁー…違う世界に来たみたい。」


「これが寺の結界だ。普通は寺の中を囲っていたり、一部だったりするもんだ。最近でも結界を張れる僧侶は多いよ。自覚はなくてもな。」


「教えは変わらんからな。神社では鳥居や注連縄(しめなわ)だな。標と書いて、しめと読んでいたんだ。その境界となる標が神域の入り口だ。悪や魔を入れないだけでなく、悪しきものを外に出さない封印の意味もある。」


(優子も封印されてんのか?)


「優子さんはお父様と一緒に街に買い物に行っていますよ。彼は完全に娘として接していますからね。だから浄化に時間がかかるのでしょう。ほほ。」


「そうだよね。へへ。」


「「こんにちはー!」」


「こんにちは!」



車から見えていた子どもたちが、見知らぬ人を見かけて元気に挨拶をしている。巫子はすぐに返事を返し、大人たちも微笑ましく返事を返すと、子どもたちは笑顔で公民館の建物の隅に置かれた蓋のある箱を開けて、風車や脱いだ服を入れている。箱に近づくと、箱の横に小さな慰霊碑と、屋根はあるが扉のない小さな祠に入っている地蔵が置かれている。そして、慰霊碑には幽霊くんのタトゥーの蛇の模様が彫られていた。



「わぁ…すごい優しそうなお地蔵様。笑ってる。」


「蛇があるな。君たち、この祠は何の祠だ?」


「ここは地蔵菩薩様の祠だよ。」


「ここは街の公民館と小学校の図書室にだけ、昔の校長先生が描いた絵本があるの。ずっと昔に小さい子どもが病気でたくさん死んじゃったんだって。その厄病が続かないように、村の長が海の神様にお祈りをしたの。」


「最初に病気で死んじゃった子どもが悪霊になって、一人じゃ寂しいって、他の子どもを連れて行くようになったって神様が教えてくれたんだって。この蛇は病の象徴なの。悪霊になった子どもは蛇の姿で子どもに噛みついて、毒で病気になっちゃう。」


「村の長が祈りを捧げて、悪霊を石の中に閉じ込めることができたんだ。悪霊は今も石の中にいるけど、寂しくならないように、僕たちが来てる。」


「玩具とか服とかお供えするんだ。食べ物は置けないの。生きているって思ったらいけないから。悪霊は今は神様になって、街の子どもたちを見守ってくれてるんだって。」


「寂しくなったら悪霊になっちゃう。あの大災害も悪霊の仕業じゃないかって言ってる人もいたね。」


「いたけど…あれは違うって父ちゃん言ってた。防波堤が古くなって崩れてきてるから直してって漁師で言ってたのに、役場が対応してくれなかったからって。」


「あの防波堤は危ないから絶対乗って遊ぶなって今も言われてるよね。みんな危ないの知ってたんだと思う。悪霊のせいじゃないよ。」



子どもたちは話をしてから、冬休みの宿題をするんだと公民館の中に入っていった。幽霊くんは静かに箱の中に入れられた玩具を見ていたが、ゆっくりと歩き出した。

急いで巫子が追うが、幽霊くんは公民館から離れていくので、目覚に手を引かれて車で幽霊くんを追いかける。

幽霊くんは寺があった場所とはかけ離れた港の近くを通り、高い岩場から高波を見下ろせる、誰もいない場所にたどり着いた。

車から降りて駆け寄る巫子を横目で見た幽霊くんは、目覚を一暼すると、目覚は頷き、巫子の腕を掴んだ。幽霊くんは浮いて、崖の下に降りて行った。



「幽霊くん…。」


「昼はまだかのぉ…。」


「さっき食ってたろうがジジイ。」


「食ってたのはチョコパンだ。あれが昼飯でたまるか。」


「港に海鮮丼の店がありましたな。」


「そこだ。」


「お爺ちゃん…後で。」


「分かっとる。」



幽霊くんは静かに崖の上に戻ると、実体があるようにハッキリとしたり、薄くなったりしながら、足が消えたり戻ったりと不安定になっている。



「幽霊くん!」


「行くな巫子。祟られるぞ。」


(祟らねーよ。違うんだ…嘘ついてんじゃねーよ。どっちが悪だ…。)


「幽霊くん…。」


(ここを離れよう。)


「移動だフェリックス。海鮮丼屋だ。」


「ジジイなのによく食うんだ。」


「ジジイじゃない証ですな。ほほほ。」


「その通り!行くぞ幽霊小僧!このまま負けるなよ!」


(当たり前だ。)


「幽霊くん…。」


(飯だってさ。その後だ。)


「うん……大丈夫?えぐぅ…。」


(大丈夫に決まってんだろ。)



幽霊くんは、どこか嫌そうだった顔が呆れたような表情になり、実体を強めたり薄めたりが止まらないまま車をすり抜けて巫子の隣に座った。

港の傍らに小さく佇む店に入り、昼食の後は幽霊くんの願いで公民館の裏の寺に移動した。寺に入る前に幽霊くんの姿は目を凝らさないと確認できないほど薄くなっている。巫子は口を強く結んで、今にも流れ落ちそうな涙を堪えるために力を入れ、小刻みに震えている。



(あぁ…目を閉じたら分かる。懐かしい空気だ。)


「消えそうだぞ幽霊小僧。」


「ここは貸切にできる和室がある。電話はしてあるから、そっちに行こう。ここの住職は水神寺の住職だった和尚の血縁だそうだ。見える力は薄いが、聞く力は強い。行くぞ。」


(あぁ…。)


「ゆ…ゆゆ…ゆゆゆ…幽霊…く…。」


(ふ…そんな顔すんなよ。)



泣きそうに震える巫子に笑顔を向けると、幽霊くんの姿は少しだけ濃くなった。境内に入ると、幽霊くんの姿は景色も見えるほどに透けて、巫子は何度も幽霊くんに手を伸ばしてはすり抜ける。



「あー!はいはいはいはい!ようこそ鬼門さん!はい、こちらです!電話しようと思っていたんですわ!ご飯食べました?」


「食べてきた。この辺の魚はうめーな。」


「港の海鮮丼屋に行ったんだ。新鮮な魚は色からして違うよ。」


「港の海鮮丼屋なら小春かな?あそこは市場で売れないような傷があったりするのを、その場で安値で買ってるんですわ。新鮮というなら、海が生け簀みたいなもんだから一番でしょうな!ははは!はい、こちらどうぞ!」


(お喋りなジジイだな。)


「はははは!お喋りしなさい幽霊小僧くん!今の声は幽霊小僧くんですよね?」


「そうです。ほほ。耳は確かですな。今は声すらも薄いですよ。消えますか?」


(消えてたまるか。)


「その意気だ!はははは!」


(びっくりすんだよジジイ!)


「はははは!元気が一番!」



仏のような見た目の、耳たぶの大きな優しそうな袈裟を着た住職の元気な出迎えで案内されたのは、本殿を通り過ぎた並びにある客殿。地域住民や檀家の打ち合わせなどの、集会や交流のための場所。法要の後にも集まるのも同じ客殿の中だが、通されたのはテーブルすらない畳があるだけで窓もない真四角の部屋だった。

そこに全員が座り、幽霊くんは少し足を踏み入れるのを躊躇ったが、落ち着いて息を吐くと中に進んで、巫子の隣にあぐらで座る。



(声が同じだ。あの和尚と。)


「よく言われましたわ。和尚が遷化(せんげ)されたあとで、声が似てると泣かれることも多かったですよ。幽霊小僧くんから見た和尚はどんな方でしたか?」


(知らない。お前よりはお喋りだったよ。ふふ。)


「はははは!」


(それでお前の三倍は大きな笑い声だったな。)


「よーく通る声は徳の高い証ですよ。三倍ですか…修行に励むとしましょう!!」


(うっせーな!)


「はははは!」


「「ふふ。」」



和やかな空気の中で幽霊くんは笑みをこぼすと、ふぅ…と天井を見上げる。住職は腕に巻かれた数珠を両手で包み込むように手を合わせて幽霊くんがいる場所を力強く見据える。空気は緊迫したものに変わった。



「幽霊小僧くん。全てを吐き出しなさい。それが歩んできた道を示します。生きた道筋すら見えなければ、どこに足をつけたらいいのか分からなくなる。存在として未来を作りたいのなら、歩ける道を見つけなさい。」


(そうだな。事実を知ってくれよ。街の人間としてさ。)


「はい。どうぞ。」



幽霊くんが顔を住職に向けると、幽霊くんの瞳には、憎しみと怒りが炎のように宿った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ