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巫子ちゃんと幽霊くん  作者: 青空里雨


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12/17

親子の思い


巫子はボランティアをした次の週に滝と、堅物の印象がある背の高い滝の息子と一緒に高梨運送に来ていた。広い敷地には中型トラックがいくつも並び、その奥に小さな事務所がある。トラックの前には、煙草を吸う運転手が数名で雑談している。

事務所を訪ねると、事務員が三名と年配の所長が座っていて、電話に声が入るからと外に所長が出てきた。



「花…そうです。うちから出した事故なんで。」


「持って帰ってくれねーと困るんだ。風で飛んでバイクが転んだら事故になるんだよ。供えんなら持って帰ってくれ。」


「分かりました。従業員の名前は言えませんけど、うちのもんで間違いありません。被害者遺族への賠償も終わってますが、お墓の場所は教えてもらえなかったので、命日には会社から花を供えてたんです。」


「事故起こした本人は手を合わせてんのか?」


「どうでしょう…話題にする話でもありませんから。」


「はぁ…一度くらいしっかり謝りに行くように言ってやってくれ。来年なんて待たずに連れて行きな。」


「はい。」



少し離れたトラックの前でヒソヒソと話す声は、所長との会話には影も落とさないが、幽霊くんがトラックの前で、巫子たちを見ながら話し込むトラック運転手二名の近くで顔をこわばらせている。

巫子は帰りも滝の息子が運転する車の後部座席に乗り込み、隅に不自然に座っているように見える巫子の横には、幽霊くんを挟んで奥さんも座っているのだ。



(なんて感じの悪い!私を轢いた…んじゃないけど、私の事故に遭った運転手さんだって、もう車に乗れないくらいに泣いて落ち込んでいたんですよ。車パンクさせるようなゴミを捨てた人が悪いのにね。)


(今から俺が喋ることを、俺と同じタイミングで声に出して言えよ巫子?いいか?)


「うん。」


「ん?どうした嬢ちゃん。」


(今さら何だよな。あれ轢いたの俺なんだよ。最初は中途半端に轢いちまったからバックして、しっかり踏み潰したんだ。お前も変に事故起こすより、死なせたほうが安く上がるぞ。夜の外灯もない道なら余計にこっちは悪くねーって言われるから。ボケた徘徊老人だったよ。迷惑な話だよな。)



会話を聞いた一部を、言われた通りに伝えた巫子も唖然としてから涙を滲ませた。滝親子は顔を赤くして怒りに震えている。



「ごめんなさい…そのまま言ってしまいました。」


(言ったらいいんですよ!広めたらいいのよ!)


(広めたらいいんだよ。死神が走ってるようなもんじゃねーか。責任持てないなら、運転商売なんてするんじゃねーよ。)


「言ってくれていい。お嬢ちゃんだけの秘密にしていいよな内容じゃねーよこれは。あのトラックの…どっちだ?」


「加藤さんって呼ばれていたそうです…。」


「あの人はコンビニで店員に怒鳴ってるの見たな。鬼門さん…このまま大川さんの道に行きましょうか?」


「いえ…斉藤さんに娘さんの連絡先を聞いたので、手紙を書いてみます。来た返事をお婆ちゃんの前で読みます。」


「それはいい案ですね。嫁ぎ先に同居して、家業をして小さい子もいるなら、墓もない場所に行きたいとは言いにくいでしょうし。」


「言いにくい関係なら、同居しても苦しそうだとは思うけどな。」


「親には気を使うもんだろうからな。旦那さんの話は聞いたかな。良い人って言われてた。」


「ボランティアをよくしてたんだよ。親切が目に見えるんじゃなくて、偶然遠目で見かけたら親切してるってよ。同じ農業高校行ってたって同級生って話だぞ。」


「それなら良かった。鬼門さんはどちらに送りましょうか?お家はどの辺でしたか?」


「古参坂通りです。」


「あー…セレブだ。」


「セレブでしたか。」


「セレブ…慎ましく生活してます。」


「そうかい。ふふ。」



住宅地の前まで送ってもらい頭を下げ、にこやかに見送った滝親子は、巫子が背を向けて車を走らせた瞬間に鬼の形相に変わった。

罪は誰かに見られている。それが生きている人間とは限らない。自分の中だけに留めておくには罪は重い。出所の分からない噂が、なぜか広がっていることもある。



「ただいま。」


「おかえりなさいませお嬢様。高梨運送はこちらでも調べましたよ。」


「おかえり巫子。あそこは事故から業績が悪化してて、呪いだなんだって噂されてたこともあったそうだ。それで所長が商売繁盛やら、呪いに強いって言われてる寺やら行ってんだと。」


(自分の利益のためかよ…。)


「生活だけではなく、背負う責任も大きいですからな。所長が気にせず生きているよりは、故人への対応を考えているだけ良心はあるのでしょう。所長自体は事故をしていませんから。」


(加藤がよ……巫子が泣きそうだから茶でも飲ませてやってくれ。)


「リビングへ行きましょう。お茶をお淹れします。」


「座ろう巫子。」


「おー…。」


「よしよし。ふふ。」



幽霊くんからリビングで一連の話をしている間に、巫子は大川の娘への手紙を書く。事故があった道で霊になった大川を見かけたことや、声をかけても気付かないこと。娘からの手紙を目の前で読んで聞かせたいことなども書き、自分の連絡先を記載し、その日のうちに間堂が速達で手紙を出した。


三日後に巫子が学校から帰ると、知らない女性と男性。そして、知らない年配夫婦と小学生くらいの兄弟がリビングで涙を滲ませて座っていた。



「ただいま…こんにちは。」


「こちらが手紙を出したお嬢様です。」


「おかえり巫子。」


「ただいま…大川さんの娘さんと…旦那さんとお孫さんと…ご両親ですか?」


「「はい…。」」


「こんにちは!」


「こんにちは。」



大川の娘が先頭に立ち、一家で巫子に深くお辞儀をした。巫子は慌てて頭を上げるようお願いをすると、大川の娘だけは頭を下げたまま、ゆっくりと涙を拭きながら頭を上げた。



「母が事故があった場所で、来週娘が孫を連れて帰ってくると言っていると…。」



間堂が地図を広げて居場所に丸をつけながら口を開いた。



「昼には動きが止まりますが、夜になると思い出したように道路を渡るのを繰り返すようです。山の跡地で見えやすい場所なこともあり、見えてしまう方がお母様を避けて事故を起こすのです。死亡事故まではありません。事故多発といっても、近隣の事故を統計的に見ると、あの場所が多いということですから。」


「あぁ…申し訳ないです。ちゃんと供養できていなかった…母にも事故に遭われた方々にも…。」


「供養されて旅立てる方もいるでしょうな。何か強い思念があるのなら、それを忘れて旅立てない方もいるのでしょう。今回は何より本人の問題ですから。」


「はい…。」



息子二人は母を心配そうに見上げてから、巫子に視線を移した。



「お姉ちゃんには…お婆ちゃんはどう見えた?」


「悲しそう?」


「悲しそうとは違うかな…帰らなきゃって言うのはさ…普段の学校から帰るときに思って歩かないよね?」


「うん。」


「思わない。」


「だから…死にたくない、って強く思ったんだろうなって……生きようと進もうとしてたのかもしれない。動こうとしてたんだと思う…帰ろうとして…帰らなきゃって強い思いを残したまま…死んでたまるかみたいな…。」


「「……。」」


「「グスッ…。」」



加藤の行いを知っている者たちは怒りを押し殺し、遺族たちは涙を拭っている。安く上がるぞと後輩に助言をし、巫子たちを煩わしそうに見ていた男は、今も考えを変えずに運送業をしているのだ。



「母に会いに来たんです…。」


「夜になってからの方が意識はしやすいでしょうな。夜になってから、ご案内いたしましょう。よく素直に信じて訪ねてくれました。」


「勝手に連絡先を聞き出して、すみませんでした。」


「何一つ謝らないでください。教えた方は恩人です。母を思い遣ってくれている気持ちは手紙から伝わりました…これが嘘だと思えるような躾はされていませんから。人から受けた温もりを冷めさせてはいけないと。ずっと自分の中で温めておくように…私たちも、こちらではたくさんお世話になったんです。」


「俺も学生だったので、ご近所さんに野菜のお裾分けをしたら、それを加えた肉料理を作って届けてくれたり…あの辺りは優しい人がたくさんいました。」


「苦労したと私たちを心配してくれる人たちが、私たち親子を見守ってくれていたんです。苦労なんて…幸せでした。母は私のことばっかりで…これからは私が恩返しをと思っていたのに。」


「それは違うな娘さん。」


「え…。」


「私が巫子を育てたのを恩と思われたら嫌だ。愛情のある相手を思って喜ぶ顔が見たいと思うことと、恩返しをすることは違う。親が子どもを育てることは、子どもにとっての恩じゃない。」


「そうよ幸子ちゃん。恩があるから、親の供養をしたのかい?」


「違います。」


「そうだよね。」


「そうだとも。好きでしてんだよ…それがいいんだ。」


「はい…。」


「ジジイ…ババア…。」


「ジジババァ…。」


(ぶぅー!ふっくくく!)


「ふっ…。」



孫が祖父母をジジイとババアと呼ぶのは地域柄もあるのだろう。幽霊くんの豪快な吹き出し笑いに、目覚が横を向いて僅かに笑った。

加藤のことは誰も口に出さず、思い出話を聞きながら夜を待つ。家の中で食事を済ませ、事故が起きやすい時間帯から、大まかな目安である十一時過ぎまで待ってから車に乗って移動する。

営業時間外ではあるが、店の多い路地にあるパーキングに車を停めた。大川のいる場所に娘は早足で向かうが、次第に涙が流れ落ち、走り出してしまった。急いで家族たちが追いかけ、走り出そうとする巫子の手を目覚が握る。



「大丈夫だ。」


「うん。気付くかな…お婆ちゃん。」


「気付くさ…娘たちが生きてる時で良かったよ。」


「そうだね…。」


(巫子、上着持ってねーのか?)


「暑いくらいだから持ってきてない。」


「一応持っておりますので、必要の際はお声がけください。」


「ありがとうございます間堂さん。」


(これで最後にしろよ?)


「しない。」


(しろよ。)


「幽霊野郎も残ってるしな。成仏しやがれ。」


(しなーい。)


「冬休みは北海道の別荘にスキーに行きましょうか。」


「そうするか。」


(それ今、話すことじゃなくね?)



間堂と目覚のマイペースは巫子には慣れたものだ。場慣れしているのか、危険ではないと理解しているのだろう。

大川たちの声は聞こえるが、少し離れた場所で足を止め、駆け寄った娘が転びかけたところに慌てて歩み寄った半透明の大川を見守る。

娘は足首に手を翳す母の優しい顔を見て涙を溢して唇を噛んだ。



(痛いの痛いのとんでいけー。よしよし…走ったら危ないからね。いつもお母ちゃん見つけるたびに走って…ふふ。ゆっくり歩いて帰りなさい。お母ちゃんはどこにも行かないよ。)


「お母ちゃん…お母ちゃん…。」



触れられはしていないが、母に縋り付くように手を回す娘。母は娘の背中を宥めるように撫でる動きをしている。



「お母さん…お婆ちゃんここにいるの?」


「ジジババァ…見える?」


「私には見えないね…でも…。」


「いるのは分かる…あっけーなここは…母の温もりだな。」


「お父さんには?」


「お父さんには…うっすらと影の霧のように見える。お手紙用意しておきな。」


「うん!」


「お婆ちゃんにお手紙と、お婆ちゃんの絵。」


(ババアって言わねーんだな。)


「大川さんは地域の人ではありませんから。ほほほ。」



涙を流したまま母に語りかける娘は、自分の新しい家族を紹介するように手を向けた。母は孫二人に、子犬でも見るような慈しみの深い目を向けた。

孫が手紙を読み、絵を見せていたり、旦那も涙を見せながら話している。

しばらくして、家族は泣きながら巫子たちの元へ来た。優しそうな顔で娘の背後に浮かび、巫子たちへ深いお辞儀をする半透明の大川を連れている。家族たちも深いお辞儀をした。



「お母ちゃん…旅立ったようです。」


(どこにだよ。)


「あ…んー…。」


「お婆ちゃん見えなくなったんだって…。」


「見えなくなっただけなの?僕まだお婆ちゃんに宝物見せてないの。一緒に帰れない?」



成仏したと思ったまま安心させるべきか巫子が悩んでいると、それを理解しただろう旦那が微笑む。



「妻の守護霊になってくれたのでしょうか。」


「私は…その人の後ろにいることは分かっても、守護霊なのかは分からないんです。」


(悪霊もな。)


「ん…。」


「お母ちゃんはいるんですよね?」


(もう少しだけ…娘と孫が幸せに暮らしているところを見届けるまでは。近所の犬が柵から覗いてくるのも見たいしね。教えてくれてありがとうござました。)


(あんた…死ぬときのこと覚えてるのか?)


(少しね…横断歩道を渡ってたら、信号無視の車がすごいスピードで曲がってきたんだ。慌てて引き返そうとしたけど間に合わなかった…足が動かなくて、急いで這って逃げようとしたの。そしたら次にきた車に潰されてしまって…妙にゆっくり感じた…自分の骨の音も何かが潰れる音も…一瞬だったんだろうけど、ずっと踏み潰されてるみたいな…あんなに長く感じるんですね。これは娘たちには言わないでください。)


「はい…。」


(ゆっくり感じた…か。)


「「ふぅ…。」」


「あの…。」


「あ…少し話を聞いていました。もう少しだけ一緒にいるみたいです。柵から覗く犬も、幸せな姿も見たいって。」


「良かった…本当にありがとうございました。」


「念を押すようで申し訳ないのですが、お嬢様のことは他言無用でお願いします。お嬢様の命と人生に関わることですので。」


「「もちろんです。」」


「言わないよ!」


「言わない!お約束!」


「あ…。」


(いいんだよ。連絡先聞かれて、学校に来るやついるかもしれねーぞ?幽霊見える鬼門さんを知らないかって聞いて回るかもしれない。そういうのって人が逃げられない場所を考えてやってくるから、霊障の相談なんて自分が悪さして恨まれてんだよ。加藤みてーにさ。)


「そういうのも来るでしょうな。」


「悪の波長には悪が居着く。本人が悪である限り、その場の凌ぎにもなんねーな。類は友を呼ぶってな。」


「「ん?」」


「いえ、本当に良かったです。感謝されることでもないんです。きっと皆様も、家に帰りたいと困っている人が目の前にいたら声をかける人たちでしょうから。困っている人の家を知っていたら、家に連絡するのは当然のことです。」


「「…ありがとう。」」


「いいえ。こちらこそ梨をありがとうございます。戻りましょう。」


「今日は泊まって行ってください。」


「客間がありますのでどうぞ。観光や思い出の場所へ行くのなら、明日車を出しますよ。」


「そこまでご迷惑をおかけするわけにはいきません…。」


「思い出の商店街も潰れてしまったしね。あそこは潰れたままですか?何か新しい施設はできましたか?」


「あそこだけは行ってはいけません。ほほほ。」


「あら…。」


「あそこは…死者の街だそうです。生きてる人は入ってはいけないんです。霊が通れば、もう出ることはできないと。私も見ないようにしています。商店街を大切にしてた人の場所らしいです。」


「絶対入りません。そんな…ずっとそのままですか?」


「道路にしようと調査が入りましたが、全員が病気や怪我をしたそうです。今のところ開発は未定です。ほほ。」


「慰霊碑みたいなのをいつか作って祀るとは言ってましたよ和尚が。まだその時ではないそうです。あそこで死んだ人は誰もいないんですけどね。思い入れの深い土地なのでしょう。」


「思い入れ…そうですね。良い場所でした。」


「あの人たちは…そうでしょうね。それは邪魔できません。」


「そうなんだ!じゃあ不法侵入になるからダメだね!」


「そうだよ!他のお家の果樹園で遊んだらダメなんだもん!僕も入って遊んでほしくない!」


「そうね。」


「そうですね…明日…いや…明日は真っ直ぐ帰ります。義母さんに早くお家を見てほしいですから。地元を案内することにします。」


「分かりました。」



事故の詳細が噂になっていたらと心配もあったため、真っ直ぐ帰る判断に胸を撫で下ろし、鬼門の家へと戻った。

孫が祖母に話しかけては楽しそうな笑い声が洋館に響く。家族が帰る頃には皆が晴れやかな笑顔で、大川もずっと微笑みを浮かべていた。

家族を駅で見送り、車に戻ると息を吐く。事故が事件であった憤りは、消えない靄となって心に残した。



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