5.青い炎のゆくえ
シャナ!僕と一緒に遊ぼう。
僕たちはいつも一緒に領地を歩いた。
僕の父は、王国の侯爵だったから、広大な土地をまかされていた。
王都のお屋敷は居心地がよかったけど、王国の西や北に散らばった土地を経営するかたわら散策するのはとても楽しかった。
シャナは相変わらず―――犬のままだ。
青い炎をすかして、シャナを見ると、うら若い少女の姿が透けて見える。
この炎越しに手を差し伸べれば、届くかもしれない。
何度も僕は手をのばしかけて、熱さに我に返った。
そうだ、シャナはいつか、僕に気づいてくれる。
王国は飢えることがなくなって300年。かつて、ランダイドの領地に完成された巨大灌漑装置であるダムはセーナダムとして、観光名所にもなっている。ダムが潤す台地には実りが果てしなく続いていた。
わたしは、まどろんでいた。人型でいられる異界から。
わたしの魔力は犬の頃から持っていなかった。でも、ギーエンがいたから耐えられた。
わたしの飛んだ未来の空間にあったろうそくの青い火は日に日に小さくなって、もう、あとわずかしかなかった。
―――ギーエン、あなたは幸せになって。わたしをあなたが忘れても、わたしはあなたを忘れない。愛しいギーエン・・・。
そして、青い炎が最後のきらめきを宿したその瞬間。
もうすぐ燃え尽きそうな青いろうそくの火から、ギーエンが飛び越えて――――。
ギーエンの黒髪を肩に感じて、くすぐったくて、目が覚めた。
「ギーエンっ!!―――未来に来てくれたの?うそでしょ?!だって、わたし、遠い未来に王妃様に転移魔法を使って飛ばしてもらったのに・・・」
「そうかもね?―――でも、ここは、僕のお屋敷みたいだよ。シャナ。ううん、僕の姫。僕と一緒にずっといてくれる?」いたずらっ子のような目、柔らかいほほえみ。ギーエンのこの顔をしっているのは私だけ。幸せいっぱいになって、頬を摺り寄せた。
「ーーーうん!」
わたしは、うれしくってギーエンに抱き着いた。
あれ、わたし犬じゃない。人間の・・・腕、手、足、黒いうねる髪の毛。
「きゃーーーーあああ!」
なんということでしょう。私は、裸のままギーエンに飛びついていたのだ。
でも、この体制から離れると、すべてみえてしまう。
「ギーエンわたし、ちょっと。。どうしたら」
あわあわとしてしまう。きっと顔は真っ赤だ。子犬の様にふるえて、上目遣いで彼の整った顔をみあげる。
「え?このままでもいいんじゃないの?犬の時はこんな感じでいつも一緒に寝たたじゃないか」
「いいぃ、犬の時と人間の時では違うのよっ」すまし顔のギーエンが憎たらしい。
「えー、仕方ないなぁ」
ギーエンは指をパチンと馴らすと、私は純白のドレスを着ていた。
「さぁ、結婚式を執り行うよ!もう逃がさないから!」
シャナ姫が命つきるまで―――と、飛んだ未来の狭間。
消えたとおもわれた、ろうそくはほんの瞬きの間、青い炎は姿をとどめた。その、何もない空間に。
炎の向こうに、ランダイドの姿が透けてみえた。
リンゴ―ン。
遠くから、鐘の音が響く。
この国の侯爵にもついに花嫁が来た。
「セーラ。どうして、あんなひねくれた魔法があるのかな」
「さぁ?ミリタリスみたいなひねくれものがいるからじゃあないの」
「やだなぁ。俺は魔法の改造をするのが趣味だけど。神様ほどじゃないよ。シャナ姫はさ、神代の人だから、この世では人型じゃなくて、動物に姿を変えて、降臨するんだよね。」
横目で、よく似た風貌の王妃をうかがう。
「神話の世界のお話だからお伽話かとおもっていたけど、実在するんだもの。それに、シャナはお話できたから・・・」―――でも、記憶は完璧にとはいかなかったみたいで、幼児に戻っていた気がする。はた
また、あれが、標準装備なのかしら。
「―――ギーエンの使った、古代魔法は相当やばいよね。本当の愛がないと相手のいる時空につなぎすらできないし、そんでもって、つながっても元に帰ることができない魔法だろ」
「シャナ姫がちょっとだけうらやましいわね・・・」
この国の祭司である王妃は、瞳をすがめて、遠くをみつめている―――。
「シャナ姫のいる時間軸はねじれてるんだよね。普通、時空を行き来できるのがこの世の理だよ。でも、
彼女は異界の人だから、この世には動物型でしかいられないんだ」
ミリタリスの楽し気な顔からは、探求者の喜びが垣間見える。
弟の無遠慮な意見に、セーナは嫌そうな顔をした。これだから、男は―――。
「わたくしは夢のなかで、伝説のシャナ姫と会ったの。人型の彼女に触れたとき、彼女にかけられた魔法の構造式がみえたの」
「へーえ。女の直感ほどこわいものはないよね。で、なにがわかったのかな?」
じとっとした目を向けて、
「シャナ姫は[ギーエンが未来の自分に会いに来てくれたら発動する魔法]自分で自分に魔法をかけてあったの」
もし、ギーエンがシャナ姫を追いかけてこなかったら、その魔法は発動されず、魔力の一切持たないシャナ姫はろうそくの火が消えると同時に異界からもこの世からも消える運命であったのだ。
「うわぁ。それって、ものすごい本気だよね。ギーエンあいされてるぅーー」
茶化している本人は、まだ、絶賛恋人募集中である。
かわいそうな弟を憐みの目でみて、王妃はつぶやいた。
「そして、込み入ったことに「創造主が仕掛けてあったこの世に転生したとき動物に変化させる魔法を発動させないために、魔力を使い切って]あったの」
空恐ろしいことだ。この世界で魔力がないというのは、とんでもなく恐ろしい。皆がもっているものを喪失している状態というのは身を守るすべが全くない状態なのだ。
ギーエン少年が抱っこして王宮に運んできた真っ白な子犬からは、この世界の魔力がこれっぽちも感じられなかったのだ。王宮の中でも抜きんでた魔力持ちのギーエンがそれに気づかないはずはない。
「そうだよね。魔力をもたない犬がいるっていうから、見に行ってみたら、本当にいたんだもん。あきれたよ」手を挙げて、降参のポーズをとる。
「触らせてくれるのはギーエンのいない隙だけだったから、俺たち競争だったもんね」
「あら?シャナはとっても迷惑をこうむっていたみたいだけど?」
「だって、ものすごくふわふわでかわいいワンコなんだぜ!だれだって好きになるさ」
白い犬をいつでも離さず、領地を飛び回るうら若き領主は王国でも有名だった。
嫁よりも犬がいいらしい―――。
あながち嘘でないところが怖いところだ。ギーエンは微笑むだけで令嬢をぶっ倒れさせる破壊力をもっている美男子に育ち、侯爵の爵位をついだから、王国ではもっとも人気の優良物件であった。
けれど、本人にそれを聞くと
「?―――僕は領地経営もままならないので、まだ、その気はありません」
とにべもなく、断っていた。最近では、大きな催しすら出てこないという出不精ぶりだ。
本人は気づかれていないと思っているだろうが、令嬢たちからは、「ちょっとあの影のある感じがとてもミステリアスですてき」と大好評であった。
ここ数年は、ギーエンの犬を見る愛おしそうな目と哀愁ただよう切ないため息が、王国の令嬢たちを身悶えさせていたのは本人には内緒だ。
「でもさ、どうして、シャナ姫はさ、自分にかけた魔法を忘れたのかな?」
きょろりと目を向けた先のセーラはなんともいえない笑みをにじませた。
「そりゃあ、真実の愛が発動要件なのだもの、本人たちはそれを知っていてはだめよ!」
「愛だね。しかも、自然発生型のか・・・。それにしても壮大だし、時間のかかる魔法だよねぇ」
あきれたような顔をしつつ、口元はにんまりとしてしまう。本人たちが愛し愛されているのを見るのはなかなかにおもしろい。
俺にもいつか、あんな人ができればいいのに、王族の彼にはなかなかに難しいことであったが、シャナ姫の伝説はハッピーエンドになったのだから、あきらめるのは早い気がした。
隣の王妃は隣国から迎えた婿養子と仲良くしているようだ。悩ましい姿形に惑わされて泣いた近隣国の王子たちは両手の指では足りないくらいだ。でも、本当の怖さは―――この王妃は人の見えないものが視えるのだ。
「時空を渡ることができる一族。それがシャナ姫よ。でも、これからは、ギーエンとずっと一緒なのだわ・・・」
王妃と王子は神殿の誓いの道を歩く二人を思い浮かべて、王宮のバルコニーから教会の鐘の音が王都に響く尖塔を―――ずっと眺めていた。
5編の短い読み物の予定です。
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