4.わんこな私とギーエン
広い館の地下、転移の間に一人立つギーエンは禁術を紐解く。
冷たい冷気の中に、青い炎だけが熱を持ち、ゆらめく。
―――僕は、良い領主ではなかったな。
滔々と読み上げる古代文字の呪文は、彼の内側から力を奪っていく。
脂汗が額をぬらし、苦しさに、禁呪の模様が描かれた上半身にも汗がつたう。
苦し気に彼の肺は上下する。
そして、ついに最後の呪文を言い切った。
彼を中心に大きな風が巻き起こり、ろうそくの炎を吹き消した。
魔法陣の中には何もない空間がひろがっていた。
「ギーエン様。私が返せるのは星のまたたきを隠すだけ」
ランダイドの赤毛が風もないのに空間を泳ぐ。青いろうそくの炎はひと時、その姿をとどめて、動かなくなった。蔦模様と星と月が組み込まれた円陣にたっている男の髪もうねりのまま時をとめた。
彼もまた、古代の術者の血を受け継ぐもの。
ギーエン率いる一族は、神代の世から系譜をつないできたふるい古い時を操るのだ。
この日、ほんの一瞬、王国は時をとめた―――。
―――シャナ。わたしはここだ。お前の命が尽きる前に、僕もシャナのいる未来へとぶよ。
わかっていた。あの日。王妃とシャナは密約を交わしたことを。けれど、信じたくなかった。
シャナの思いは僕と一緒にいたいと思ってくれている、それが、僕の表むきの真実だった。だから、わたしは止めれなかった―――んだな。
裏側の僕は、おまえをつなぎとめるだけの自信がなくて、シャナが僕をいつか離れていくんじゃないかといつも恐れてた。もっとはやく、伝えて入ればよかった!!
シャナ、おまえのいないこの世界に僕は生きられない。僕と一緒の時を刻めるのは、シャナ、お前ひとりだけだ―――。
おまえの時を独占していいのは、わたしだけだ―――――――。
ギーエンの魔術が――――完成した。
――――キンッ――――――
「――――シャナ!!!」
飛び込んできたギーエンにシャナは目を見開く。
愛しい人が、空間をわって、目の前にあらわれたのだ。
あおい炎はゆらいで、消えた――――――。
秋の月が冴え冴えとバルコニーを照らす。
王妃の夢枕に、シャナは時空を飛んであらわれた。
王妃の近くに愛しい人の気配がしたから。
王妃はこの王国ではトップクラスの力をもっていた。だから、不思議に思ったのだ。
この娘からは、まったく魔力の気配がしない―――。
「シャナ姫、あなたはどうして、魔法が使えないのかしら?」
そう、このアンドレア王国では魔力をもたない者は一人もいない。
「さぁ、わたくしは、過去に、使いすぎだのですわ。きっと」
「それはどういことかしら?」
ザッァアーー
―――ともに時を刻みたい人がいるのです。その方のため・・・わたしは、―――てしまったのです」
実りの時期は過ぎ、バラにかじりついていた紅葉した数枚すらも北風にさらわれていく。
押し黙ってしまったシャナ姫の瞳は何も語らない。
セーナ王妃は、シャナ姫の黒い波打つ髪に触れながら、―――ふかく深く、息をはいた。
ろうそくを灯し、召喚の儀式を行う少年がいた。
黒い瞳には青い光がうつり、汗だくになって、呪文を唱え続ける。
彼は、どうしてもやり遂げたかった。
夢に出てくる、美しい人。
それが、今日は星が重なる日。運命が交錯する日だ。
黒い髪が踊り狂う周囲にはきらめきが舞い上がり、渦を巻く。
魔法陣の中心部からから、柔らかに光りながらふうわりと少女が現れた。
素肌は輝かんばかりに白く、柔らかな曲線を帯びた腰と胸は神の創ったバランスだ。
―――うつくしい・・・。
舞い上がった黒い髪はつややかにうねり、閉じられた瞳が開けられた時、
ギーエンはスパークした光に吹っ飛ばされた。
わんわん!
ぺろぺろ。ギーエンの周りに白い子犬がいる。
頭をしたたかに打って、目を痛みにさますと、目の前にはふわふわの子犬がいた。
―――あれ、あの女の子は?
ま、まさか?
呪文は間違っていなかったはずなのに。
5編の短い読み物の予定です。
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