3.思い出したけど遅すぎた
わたしは、体中がばらばらになる感覚から、体の隅々まで、生気が行き渡るまで、ピクリとも動かせなかった。
王妃のかけてくれた魔法は遠い未来へ私を転移させるというもの。
皮肉にも、ギーエンがその魔法の源で、王妃が転移魔法を執り行った。構築式はミリタリス作だ。
王妃はこの国の繁栄をつかさどる祭司で、ギーエンはその部下だから、断れないのだ。
それに、王妃がギーエンに魔力の提供を求めた理由が、ランダイドの領地で必要とされていたダムの構築のためだといったから、なお、断れなかったはずだ。実際は、ダムの構築にはギーエンの力はほんの一握りほどしか振り向けられていない。大方はわたしの未来への転移術に使用された。
それも、本人の許可なしに無理やり吸い上げたから、ギーエンは大丈夫だろうか。
「王妃様、ごめんなさい。わたしはあなたを苦しめちゃったね。でも、どうしても・・・わたしは彼のそばにはいられないの―――」ぽろぽろと涙がこぼれる。ギーエンのいた300年前たった異界の狭間で泣いた。たった一人で。
―――シャナは王妃と取引をしたのだ。この国のギーエンはなくてはならない人、だから、結婚して、子どもが必要だ。もし、わたしがそばにいると、ギーエンは結婚しないから・・・。わたしの正体を王妃は知っていたから・・・。そして、ギーエンも気づいていたから。だから、だから―――
―――わたしを遠い未来へとばして。
そう、ずっと昔、わたしの人型の時、王妃に会っていたんだわ―――。記憶が突然よみがえる。
青い炎越し、遠い過去に置いてきたギーエンを切なそうに見つめる瞳は群青色。
波打つ黒髪は素肌の背中をおおい、腰にも届くほど。やわらかな線を描く、少女の肩は涙でぬれていた。
ランダイドの領地では水不足が領民を苦しめていた。このダムが完成すれば、領土といわず、この王国全体が潤うのだ。素晴らしい計画だが、その他の領地を治める領主たちは若き領主ばかりに権力が集中することになることから、これを嫌って、なかなか着工されることはなかった。それが、ギーエンの嘆願書と魔力の提供、さらに議会を王子が動かしたことで、一気に進んだのだ。
「ダムの工事は上々です。ギーエン様もお力添えいただいとか。これなら、春といわず、この秋にも完成いたしますぞ」
ランダイドは工事の現場を眺める若き領主ギーエンを振り仰いだ。
めったにしない嬉しそうな顔を拝めるかと思ったがあては外れた。ここで、少しでも微笑めば男でも心奪われる美青年であるが、今はなぜか冴えない。そうーーー今回、転移してきたとき、シャナの姿はなかった。
やはり、何か、あったのだ。ダムの工事と引き換えに・・・。
青い炎の向こうにはギーエンとランダイドの姿がみえる。王国を潤すダムの工事は順調に進んでいる。浮かない顔をしているギーエンが気がかりだ。
「ギーエン。はやく、お嫁さんをもらって。たくさん幸せになって・・・」
ぽろぽろと涙がこぼれる。
シャナだった私は300年を飛んだから、もうひとかけらもギーエンの世界には残っていない。私が、神の創った人型でなければ、ギーエンと一緒の世界で人でいられたのかな―――?
いつもそう、人型の私は、いろんな人の夢の世界を知らぬうちに飛んでいる。
人型であえるのは夢の中、そう異界の住人である時だけ―――。
でも、いつも、一人の青年の魂に惹かれて、そばにいることが大好きで、どうしても触れて一緒にいたくなる。だから、今度こそ、人として会いたいって思うのに―――。
なのに、いつも、彼のそばでは私は人型ではいられないのだ。
前は、白猫、その前は白い鳥、そして、その前は白ネズミ・・・。
彼はいつだって、私を心から愛してくれる。ろうそくの火をすかせば、わたしだってことが見えるらしい。彼の悩ましい顔をみては、わたしも青いろうそくの火を飛び越えたくなる。でもそれは神の理だから、できない―――。
苦しい、くるおしい。ずっとわたしは彼のそばにいたい。でも、彼の花嫁さんが来るのをみるのはつらい、つらすぎて、わたしは、いつも―――逃げる。
そう、転生するのだ。
今度も、今回も、ギーエンの傍にいたかったけど、彼の人間の幸せをワンコの私が邪魔しちゃいけないもの―――。王妃様ごめんなさい。『わたしを未来へとばして』っていう無理なお願いを聞いてもらってしまった。
『―――シャナ、わたくしと取引をしない?』
ギーエンと王妃様に会いに行ったあの日。ギーエンは別のお仕事で、席を離れた。わたしは王妃のお膝に乗せてもらって、きれいな弧を描く口元をみつめる。
「・・・うん、いいよ。ダムの工事は議会が大反対っていてたし、それをとおしてくれるってことだよね?そんでもって、―――わたしのこと転生者だって知ってるよね?」
わたしは、王妃様とお話しできるのだ。前に、ギーエンについてきて、王妃に抱っこされたときに判明したのだ。私ってスゴイ!
「もちろんよ!あなたは過去にあった転生者だもの。その時のあなたはまるで神話のシャナ姫みたいだったわ。とっても美人で謎めいていたし、わたくしはあなたのことを救いたいと思って、魔法をきわめたのだもの。ね、神話の住人のシャナ姫」
ウィンクした王妃様の色気にくらりときた。
「え?そんな照れるな~――ちがうよ、わたしはただのわんこだよ!ギーエンのことが世界で一番好きな!」
わたしはてれてれして、ワンっと吠えた。シャナ姫の伝説は少女の夢物語だ。転生体のシャナ姫は神話の世界では人型だけど、愛しい人のいるこの世界ではいつも動物になって現れるんだって。いつも愛しい人の所にきちゃうのがいじらしくていいよね・・・。うーん、まるでわたしみたいじゃない!
「だれだって、あなたの悲恋物語を聞いて応援したいって思っちゃうもの。今度こそ幸せになってほしいって」
わたしは、照れて鼻を自分の胸にこすりつけた。
シャナ姫の転生物語は大人気で、本まで出てるのだ。あ、でもあんなに美人(犬)じゃないと思う。
―――そうだよね、私みたいなワンコがご主人様の結婚を邪魔しちゃいけないもの。
これも、有名な話。私のご主人様は私がいるせいで、結婚しないんだ、ていうの。令嬢たちからは何度も殺されかけてこわかったわ。だから、違うって、わたしはただのワンコだよ!
―――そして、私は王妃に、―――取引を申し出た。
シャナが消えた。王宮に行って、今度も一緒に帰ってくるはずだった。
王宮に行く数日前、シャナはなんとなく元気がなかった。でも、その後は、いつもの脳天気なシャナで、まったく疑っていなかった。シャナは賢い。一途で、ずっと僕と一緒に・・・いてくれると思ったのに。幸せはずっと続くと思っていたのに。
「シャナ。わたしは、いつまでもおまえを忘れない。いつまでもだ」
―――青い炎を見つめる瞳には、愛しい人が写っている。
黒い瞳はぎらついている。凄絶な笑みをたたえた彼をみたものはこの世から消される事を覚悟するだろう。それほどまでにくるおしい思いが彼を中心に渦巻いていた。
異界の狭間、
青い炎が燃え尽きるまで―――、シャナはつっぷしたまま、祈りをささげた。
この命が尽きるころ、ギーエンの記憶から自分が一片も残らないことを。
―――ギーエン、愛しているわ・・・。
シャナはシャナ姫の記憶を取り戻していた。
ワンコの頃に戻りたかった。
5編の短い読み物の予定です。
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