1.わたしはシャナ
私の名前はシャナ。
多分、そうだったと思う。
ご主人様がずっとそう呼んでくれていたから・・・。でも、もしかすると違う名前だったかもしれない。
ろうそくの炎が揺らめくお屋敷。重厚なカーテン、どっしりとした彫刻の刻まれた机。
この部屋の主は、黒髪の切れ長の目をした美丈夫だ。
わたしは、こっそり、鼻筋の通ったご主人様を見上げた。
彼は、私に気づくことなく、ペンを走らせ続けている。
王家への嘆願書らしい。なんでも、領地の不作続きで税金を滞納しているが、今年の春にはダムが完成するから、しばらく猶予が欲しいとか、なんとか、そういったことを書くことにしたらしい。
さっき、ここの領地経営をしているご主事様の叔父様と話していたからそうなんだと思う。
黒い机の上にはまっしろな犬が寝ていた。
時折、すぴすぴと鼻息が聞こえる。
そっと、背中をなでると、ふわふわの毛は彼の長い指を隠してしまうほどで、凝り固まった肩がほぐれるような気がした。
「シャナ。君はいつ、目を覚ますんだい。僕は、おじいさんになってしまうよ」
やさしく背中をなでる手は、夜のとばりを見つめる青年の心を癒しきってはいないのだろうか。
彼は、ほんのまばたきほど、外を眺めたあと、悲しみを宿した瞳を閉じ、部屋を後にした。
シャナは良い目覚めを迎え、思いっきり伸びをした。
なんだか昨日は暖かい夢をみた。久々に誰かのおなかの上で寝たのかとおもったが、目覚めたのはご主人様のベッドの上だった。
ふかふかの布団は気持ちいいが、思いっきり伸びをすると、シーツがよれてしまう。
そろりそろりと動くと、ぴょんと元気に飛び降りて、着地を華麗に・・・決めれず、すべった。
そろそろシャナは起きた頃だろうか、この館の主人であるギーエンは階段を上り、叔父と話し合いを進めつつ、執務室へ向かう。
嘆願書は魔法で、今頃王宮に届いていることだろう。
「ちっ、ギーエンのやつ、また、無理難題を!ほんとに人使いが荒いんだからなっ。今度あったら、いびってやるぅ」
金髪碧眼のいかにも王子が、ギーエンの署名入りの嘆願書を握りしめて、吠えた。
「ぼっちゃま、そのようなお下品なお言葉、奥様に聞かれたら大変でございます」
「くそっ、誰がこの嘆願書を議会に通すはからいをするとおもっているんだっ」
「・・・おぼっちゃましかおられませんでしょう」
くそ真面目に返事をする執事を横に、この国の第一王子こと、ミリタリスは鼻息もあらく、議会に向かうべく、ジャケットを翻した。
「無事、議会を通過したようですね。これで、この冬飢えずに済みます。ギーエン様にはお心遣いいただきまこと、お礼の申し上げようがございません。何か、ご入用であれば、いつでもお知らせください」
深々と赤毛の叔父が頭を下げている。
「いや、かまわない。私の懸案事項でもあったから、よく領地を治めてくれている。ずっと息災でいてくれよ」
「もったいなきお言葉」
この領地を治めるランダイドはギーエンの40も年上であったが、領地経営をまかされているのはギーエンが当主、このイシュバイド家の跡取りであるから、仕える身である。
「シャナ!うちに帰るぞ。」
わん!シャナは大きな吠え越えをあげ、ギーエンの足元に転がり寄る。
黒髪の青年はうれしそうに真っ白な犬を抱きかかえ、転移術を発動させた。
ランダイドはシャナとゆらめく青色の炎の中に消えた。
部屋にともされたろうそくが風もないのに、じじっと音を立てて、消えた者達を見送った。
ランダイドは彼らが去った執務室に座り、シャナが乗っていた机の上を愛おし気に眺める。
「シャナ姫、早く元のお姿にお戻りくだされ。わたしにはそれが心残りですじゃ」
―――シャナは身じろぎした。暖かい胸の中で、鼓動が聞こえる。わたしはこれをもっとまじかで聞いていたことがあった気がする。クンクンと鼻をひくつかせると、ちょっぴり渋い大人の甘い香りがくすぐる。パッと目を開くと、目の前に、ものすごい美形の顔があった。
きゃわん。
びっくりしたついでに、おもいっきり、ご主人さまと目が合って、固まってしまった。
ご主人様、近いです。もしかして、もふりたかったのですか!
「ああ、すまない。転移の魔法で位置がずれていたようだ。」
さっきは抱っこで転移してきたはずが、なぜかわたしのお腹はご主人様の胸にあたっている。
そっとおろしてもらって、3日ぶりに帰ってきた屋敷のにおいにほっとした。
青い炎をともしたろうそくが私たちを出迎えてくれた。
ご主人様の転移魔法はろうそくの炎があればできるものらしい。とっても便利だ。
5編の短い読み物の予定です。
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