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わたしが死神になった日  作者: 葉方萌生
エピローグ

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8-2

 信じ続けた四ヶ月、ようやく目の前に光が見えた。

 バスに揺られている間、友人の秋山野々花にLINEを入れた。


『楓が目を覚ましたって。今から病院に行く』


 野々花は、事故後に楓が昏睡状態だと知ってから、これまで以上に私に寄り添い、仲良くしてくれた。だから楓の意識が戻ったことを、真っ先に彼女に伝えなければ、と思ったのだ。

 返信は十分後に来た。ピコンとスマホに通知音が鳴って、彼女からのメッセージを確認する。


『良かったね! 若宮くんは朝葉のこと待ってると思う。自信を持って行ってきて』


 優しさに溢れた彼女の言葉を受け取り、胸にそっと手を当てる。

 楓は私を見て、何て言うだろうか。 

 不安と期待が入り混じる胸中には、雪が溶けて新芽が芽生えるように、確かな希望で満ち溢れていた。



 バスで病院に着く頃、はらはらと雪が降ってきた。

 あの世界で見た雪と何も変わらない。儚く、すぐに消えてしまう氷のつぶて。

 まるで人の命のようだな、とふと思いながら、彼のいる病室を訪ねた。


「楓……!」


 扉を開けて、視界に映り込んできたのは、病床で一筋の涙を流す、見知った少年の姿だった。

 まるでたった今、大切な人とのひとときを終えて、別れを経験したかのような切なさの滲む表情を浮かべていた。

 彼は私の声にはっと振り返り、ゆっくりと口を開く。


「朝葉……」


 ごしごしと涙を拭い、私に視線を合わせた。

 驚きに満ちた表情は、次第に安堵と喜びに変わっていく。私も、現実世界で久しぶりに目にした大好きな人を前に、込み上げてくる激情を抑えることができなかった。


「楓っ」


 上体を起こしてベッドの上に腰掛けている楓に抱きつくように飛び込んでいく。彼の身体からはまだ管が伸びていて、これまで彼が過酷な世界で生きてきたことを物語っていた。それでも、私を抱き留め、腕を回してくれる。彼の温もりも陽だまりみたいな匂いも、すべてが愛おしい。


「私、私……!」


 並行世界で、頑張ったんだよ。

 楓のこと、絶対助けようって思って、必死に前を向いてきたんだ。覚えてないと思うけれど、私ね。

 あっちの世界で、ちゃんと楓に気持ちを伝えたんだよ。

 現実世界の楓が、私のために願ってくれたことを、無駄にしなくて済んだ。楓とお別れすると思っていたけど、またこんな形で再会できるなんて、夢みたいだ。


「朝葉、ちょ、苦しいって」


「ご、ごめんっ」


 無意識のうちに強く抱きしめすぎていたことに気づき、ふっと力を緩める。

 間近で彼の顔を見ると、私が知っている楓よりかなり痩せこけていた。それでも、彼の双眸には強い生命力のある光が宿っている。

 彼の腕の中で、ゆっくりと大きく息を吸って吐く。大丈夫。楓の心臓はちゃんと動いている。側でトクトクと鳴る彼の鼓動を感じながら、彼が目覚めた喜びを深く噛みしめた。

 楓も、私に会って思うところがあったのか、ふっと深く深呼吸した後、口を開いた。


「朝葉、ありがとうな。向こうの世界の俺のそばにいてくれて。俺さ、あっちの世界で言えなかったけど、俺も……朝葉のことが好きだ」


「……え?」


 一瞬、言葉が頭を素通りした。楓が、私を?

 聞き間違いかと思った。だって想いを伝えたのは、ここにいる楓とは別の楓だ。それなのに、こちらの楓が覚えているなんて——。

 もしかしてこれも、八十神さんが起こしてくれた奇跡の一部なのかな。そう考えて、胸がじわりと温かくなった。


「朝葉のこと、大好きだ。昔からずっと。朝葉が俺のことを好きでいるより、何倍も、だ」


 好きという言葉を投げかけられて、身体が火照るなんてもんじゃ足りないぐらい、熱く燃え上がる。胸に点いた灯火が、どんなに寒い雪の中でも震えずに歩かせてくれるような心地がした。


「本当に……? 私を好きって、本当?」


「ああ、だから言ってるだろ。不器用なお前も、ちょっと後ろ向きなお前も、全部ひっくるめて好きだ」


「……なんか私、いいとこないじゃん」


 わざと、ぷうと頬を膨らませて拗ねて見せる。

 私だって女の子だ。好きな男の子には可愛いって思われたいよ。

 そんな私の乙女心が通じたのか、楓は「だから」と続けた。


「か、可愛いとこも、俺を助けようと一生懸命になってくれたところも、真面目なところも、妹想いなところも、全部好きだって」


 楓の吐息がおでこに降りかかって熱い。

 自分で言わせたのは重々承知しているけれど、本当に口にしてもらえるなんて思っていなかったから。胸の高鳴りは最高潮に達している。

 私……いいのかな。

 並行世界で、幾人もの命を奪ってしまった私が、幸せになって。

 向こうで失われた数々の命を思って、胸が張り裂けそうなぐらい痛かった。けれど、そんな私の心中を察してか、楓は「大丈夫だ」と力強い声で言った。


「向こうの世界でのこと、俺も全部把握してるわけじゃない。八十神——椿の力が、並行世界の俺の想いを断片的に届けてくれただけだけど。朝葉が、向こうで出会った人のことを忘れない限り、朝葉は幸せに生きていいんだ。俺が保証する」


「楓……」


 並行世界で亡くなってしまった人たちが、こちらの世界では生きているかどうか、気になって、ここ数ヶ月の間ずっと気を張っていた。山川尊の事件に関しては現実世界ではニュースになっていなかった。もしかしたら彼はちゃんと生きているのかも、とほんのり希望がもてた。

 クリスマスファンタジーで起きた花火は、こっちでもやはり発生した。けれど、軽傷者のみで死者はいなかったらしい。絃葉さんや紡さん、フランクフルトの店員さんがその場に居合わせたのかは分からない。けれど、並行世界で命を落とした人たちが、現実世界ではどこかで息をしていてほしいと思う。そう願いながら、そっと楓の胸に顔を埋めた。


「私、向こうの世界で、あなたがいなくても生きていける強さを手に入れたけど……やっぱり一緒にいたい。これからも、私の隣にいてくれますか?」


「ああ、もちろんだ」


 楓の胸から顔を上げて、彼の赤く染まる顔を見つめる。私が大好きな楓の鼓動の音がすぐ近くで聞こえた。この世界で生きて、息をしているということ。八十神さん——椿ちゃんが楓を想って起こしてくれた奇跡を、私はこの先一生忘れない。


「俺、四月から一年留年することが決定したんだけど、絶対また朝葉の隣を歩けるように勉強頑張って、同じ大学に行くから。だから一年先で、俺を待っててよ」


「うん、待ってる」


 窓の外から一筋の光が病室に差し込む。 

 ふと、二人一緒に外の景色に視線を移した。雪はまだ降り続いている。けれど、雲の切れ間から降り注ぐ天使の梯子に、あっと息をのんだ。





<了>


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