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わたしが死神になった日  作者: 葉方萌生
第七章 嘘と愛のはざまで

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7-3

 朝葉を並行世界に飛ばし、試練を開始してから、わたしはずっと、朝葉のことを見守っていた。朝葉はお兄ちゃんの幼馴染で、わたしもたくさん遊んでもらった。ちょっと気が弱いところがあって、後ろ向き。朝葉の妹の柚葉は、姉とは反対にいつも物事をはきはきと言うタイプだ。真逆の姉妹だったけれど、どちらもわたしにとっても大切な人たちだ。

 朝葉は楓と、昔、家族ぐるみで行ったクリスマスマーケットや海に、二人で出掛けて行った。朝葉を通して、わたしも昔の記憶が蘇って懐かしい気持ちになる。


 途中、兄がわたしの死を悔やんでいると知って、胸がズキズキと痛くなった。

 お兄ちゃんやっぱり……。

 わたしは、楓と二人で街へ出掛けている時に、知らない男に攫われた。その後のことは本当に思い出したくもない。痛いことをたくさんされて、最後はもうほとんど身体の感覚がなくなっていた。

 楓は、自分のせいでわたしが死んでしまったと、ずっと罪を背負って生きている。そのことを再確認させられて、何がなんでも兄の心を解放してあげたいと思った。


 

 朝葉の周りではたくさんの死が訪れた。並行世界での出来事なので、元の世界でその人たちが亡くなったわけではない。あくまでこの世界での出来事なのだが、朝葉にとっては間違いなく現実。辛いことの連続で、朝葉の気が変にならないか、かなり不安だった。


 でも、朝葉は「楓を死から守る」という強い気持ちをもって、この試練に立ち向かってくれた。わたしが何度、挑発するようなことを言っても、朝葉は強い気持ちを持ち続けてくれた。そして、自分が本当は“神様”ではなく死神であることまで気づいて。もう、あっぱれとしか言いようがなかった。



 そして今、朝葉は自らの決断により、楓を守るために楓とお別れする。

 朝葉の身体が柔らかな白い光に包まれて、この世界から弾けた。

 朝葉がいなくなった空間を見つめて、一筋の涙を流すこの世界の楓。やがてそんな楓との距離がだんだん離れていく。

 どうやらわたしが干渉できるのもここまでみたい。

 お兄ちゃん、さようなら。

 声に出しては言えなかった。言ってしまえば本当に、楓とお別れしなくちゃいけないような気がしたから。

 元の世界で眠っている楓が、どうか安らかな気持ちでいられますように。

 試練に立ち向かった朝葉を、遠くから見守ってくれていますように。

 


 ……。


 ………。


 …………。




「椿、ごめんな。俺、ずっと後悔してたんだ。俺のせいで椿が死んでしまったって」


 離れていく景色の中で、どこからともなく飛んできた兄の声に、ないはずの心臓が跳ね上がった。


「お兄ちゃん……?」


 この声は紛れもなく楓の声だ。しかも多分、並行世界の楓じゃなくて、元の世界の楓の。わたしと契約を交わした兄と、声だけで繋がっていた。


「俺が椿を、死なせてしまったんだって……。ずっとお前に恨まれてるんじゃなかって怯えながら生きてきた」


 兄の告白にそっと耳を傾ける。

 知ってるよ。だってわたしはずっとお兄ちゃんのそばに——。


「俺、明るくて優しい椿を失ってから、椿の分も明るく生きていこうって誓ったんだ。朝葉や柚葉の前では絶対辛い顔を見せたくなかった。だからわざとふざけたことを言って、朝葉を揶揄うことも増えた。それが俺なりの弔いだったし、自分を保つための唯一の方法だった。でも」


 そこで楓の言葉が途切れる。どんな言葉を紡ごうか、思案しているようだった。思わず「お兄ちゃん」と口を挟みたくなるのを我慢して、彼の言葉を待った。

 やがて再び、兄は口を開く。


「俺は椿にはなれないし、無理に椿を忘れるなんて絶対に無理だ。死んだ後でそんなことに気づくなんて、遅いよなあ。つまり何が言いたいかというと……椿は俺にとって、唯一無二の妹で、俺の大切な宝物だよ。俺の願いを叶えてくれてありがとうな」


 じわりと、溢れてくるものを止められなかった。

 涙なんて出るはずもないのに、ふわふわと上へと昇っていく私の魂は全身を震わせ、切なさに包まれる。

 お兄ちゃん……ずるいって。

 そんなことを言われたらわたし、ずっと昔に諦めちゃった命に、もう一度執着しちゃうじゃん。もう一度だけでいいから、生きてみたいって、思ってしまうよ。

 でもそれはもう叶わないから。

 せめて、受け取った愛情を誰かに繋げていきたい。

 この先も、迷える魂の願いを一つずつ叶えていく。それが、わたしができる唯一のお返しだ。


「お兄ちゃん、わたしのほうこそ、大事にしてくれてありがとう。明るいお兄ちゃんが大好きだった。いつまでも、わたしのお兄ちゃんでいてください」


 人は死んだらどこにいくのだろう。

 魂だけになって、宙を彷徨うわたしには分からない。

 ただ、兄とこれから永遠の別れを迎えることだけは分かっていた。

 どうか神様。

 お兄ちゃんがいつか、本当の死を迎える時、穏やかで満ち足りた最期になりますように。

 

「お兄ちゃん、実はね、本当はお兄ちゃんは——」


「ごめん椿、もう時間みたいだ」


 兄に、真実を告げようとした時、わたしの視界は弾け飛びそうなぐらいまばゆい光に包まれた。

 ああ、もう、お別れだ。

 色々と話したいことはあるけれど、神様ってやっぱり意地悪ね。

 兄の顔を最後に一目でも見たかったけれど、仕方ない。


「ばいばい、お兄ちゃん」


 声に出して、兄に別れを告げる。 

 雪が溶けて春が来るのを待ち焦がれながら。

 わたしはまた、他の魂の元へと飛んでいく。



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