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わたしが死神になった日  作者: 葉方萌生
第六章 最期の願いを聞いた日

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6-4

「信じられない。でも……そもそも私が死んだ後に現世に降り立っているっていう時点で、もう信じらないことばかりなんだよね。だから、あなたの言う通り、ここが並行世界だとしても、信じるしかないっていうか」


 自分でも何を言っているのか分からなかった。

 ぐちゃぐちゃの感情を抑えきれないまま、楓をじっと見やる。彼は私以上に動揺しているらしく、目を見開いたまま、天から降り注ぐ妹の声に耳を傾けていた。


【分かってもらえたかな? じゃあ、話を戻すね。この世界は、朝葉たちの世界——仮に元の世界とするね——とは別の並行世界。朝葉が“神様”——いや、死神として並行世界にやってきたのは、元の世界のお兄ちゃんがわたしに頼んできたからだよ。“朝葉が、目を覚まして絶望しないように。並行世界に飛ばして、朝葉に後悔を拭い去って、前を向いて生きていけるようにしてほしい”って】


「目を覚ます……? 前を向いて生きる……?」


 呟いたのは私ではなく、楓の方だった。

 私も、八十神さんが言うことは半分も理解できていない。けれど、私と楓が何か重大な事実を見落としていることに気づいた。


 なんだろう……この感じ。

 胸騒ぎがする。ざわざわと、いつか海で聴いたさざなみの音を思い出す。

 夢の中で見た、あの日の映像——十一月九日に、私が事故に遭った時の記憶が、フラッシュバックする。

 衝撃で突き飛ばされた身体。

 遠くで倒れている、女の子と楓。

 楓の身体の下から真っ白の雪を染めていく鮮血。

 鼻を掠める血の匂い。

 深刻な顔をして、悪夢を見ると告白してくれた楓の言葉。


——夢の中ではなぜか、朝葉じゃなくて、俺が、死んでしまうんだ。


 その全てが、一つの真実を練り上げる。

 そんな、嘘だよね……?

 嘘であってほしい。

 あの日死んだのが、本当は私じゃなくて——。


「死んだのは、俺だったんだ」


 ぽつりと、晴れていた空から一粒の雪が降ってきたみたいに、しんと冷えた声が静寂の中に落ちた。


「あの事故で死んだのは、俺だったんだ。……思い出した。元の世界の俺は死んだ後に八十神——椿の声に出会って、願いを叶えてやるって言われた。その代わり、代償として朝葉は死神としての特性を備えることになる。それでもいいかと聞かれて、同意した。死神になったら、朝葉はものすごい罪悪感を抱えることになる。それは確かに朝葉にとって辛いことだ。でも……それでも俺は、契約したんだ」


 元の世界の自分の考えを思い出しながら、ゆっくりと一つずつ言葉にしてく楓。

 そんな……まさか。

 私の経験したことの裏側に、八十神さんと楓との間に、そんなやりとりがあったなんて。


 楓の言葉は、どこか遠い異国から響いてくるようであって、なかなか頭に入ってこない。いや、きっと、心が受け入れることを拒否しているのだ。


 それでも……聞かなくちゃいけない。

 楓が、命の最期に願ったことを。


「俺の願いは朝葉、お前が前を向いて、この先も幸せに生きていくことだった。そのために、現実世界で目を覚ました朝葉が絶望しないように、後悔や心残りを取り去ってやる必要があった。朝葉は、嫌なことがあったら、何かと悪い方向に考えちゃう癖があるだろ。俺、心配だったんだ。俺のいない世界で、朝葉が絶望して、笑えなくなってしまうことが。だから、八十神から聞かれて、これ以上ない願いを思いついたと思った。俺も……朝葉に伝えられなくて後悔してることがあったから。朝葉には、同じように後悔してほしくなかった。だから、俺」


 そこまで楓が口にした時、彼の目が私に釘付けになっていることに気づいた。


「朝葉、お前……」


「え?」


 楓に言われて初めて気づく。

 自分の身体が、光を放ちながら消えていっているということに。

 春が来て雪が溶けていくみたいに、手と足がどんどん見えなくなっていく。


「八十神、いや、椿! ちょっと待って。もう少し時間を——」


【そこまでだよ、お兄ちゃん。お兄ちゃん、別の世界の自分のことを思い出すなんてすごいよ。やっぱりお兄ちゃんは、賢くて大好きなわたしのお兄ちゃんだね】


「椿……」


 八十神さんが——いや、椿ちゃんが愛らしい瞳をふっと細めて笑っている。そんな彼女の顔を思い出して、胸が締め付けられそうになった。


【お兄ちゃんの願いはきっと、とっくに叶ってるよ。だって朝葉は、この世界に来て、お兄ちゃんのことを必死に守ろうとしてたもん。お兄ちゃんが、一ヶ月以内に死んでしまう運命を覆そうと必死だったんだよ。朝葉は、元の世界に戻っても、前を向いて生きていける。そばで見てきたわたしが言うんだから、間違いないって】


「八十神さん……」


 彼女の言葉に、今度はじんわりと熱く、込み上げるものがあった。

 確かに、この世界に降りてきた当初、私は本当に後ろ向きだった。出会える人たちは一ヶ月以内に命を落としてしまう。だったら、私がここに来る意味は何なんだろうって分からなくなって。楓に会って、嬉しい反面絶望していた。


 でも、後ろを向いていても変わらない。楓を救うことが自分の使命だと思って走り続けてきた。

 八十神さんに言われて初めて気づいた。

 私は自分で思っているよりも、前を向けていたのかもしれない。

 でも……それでもやっぱり。

 元の世界に戻って、楓の生きていない現実と向き合うのは怖い。

 どうしようもなく足がすくんでしまう。


「楓……私は、楓がいないと」


「大丈夫だっ!」


 楓のありったけの叫びが、静かな病室を切り裂く。雪の降り頻る曇天の雲の切れ間から、太陽の光が差し込んできたみたいに。眩しくて、熱くて、尊い、彼の力強い声が、私の胸に強く刻み込まれる。


「朝葉、お前はもう大丈夫! 椿が言うみたいに、十分強くなった! だから……だからきっと、俺がいない世界でも、お前は前を向いて歩いていける。顔を上げて、胸を張って。立ち上がって、一人で歩くんだ。な、約束、してくれるか?」


 絶望しかないと思っていたこの世界に、光を届けてくれた。

 あなたはもう、現実にはいないという。

 だけど、背中を押してくれるその声が、言葉が、これまで私にくれた優しさと勇気が、私を強く支えてくれる。

 そうでしょう。神様。


「うん……うん、私……頑張るよ。楓がいないって未だに信じられないし、辛いし、悲しいけど。でも、楓が繋いでくれたこの時間のことを忘れずに、生きていくよ」


 本当は泣きたくてたまらなかった。

 でも、一番泣きたいはずの楓がただの一筋も涙を流さないから。

 私は、必死に顔に力を入れて、楓を見て微笑む。


「大好きだよ、楓」


 まばゆいほどの光が全身を包み込む。

 最期に見た景色は、白い歯を見せて大きく笑う楓と、雪の止んだ窓の外の風景だった。


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