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わたしが死神になった日  作者: 葉方萌生
第六章 最期の願いを聞いた日

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6-3


「私、楓のことがずっと好きだったよ」


 時が止まったかのような沈黙が再び訪れた。

 楓の瞳が大きく丸く見開かれる。


 ごめんね。びっくりしたよね。ただの幼馴染だと思っていた女の子に、恋をされていたなんて、考えられないよね。分かってる。楓が私を、女の子として見てくれないことぐらい。でも言わせて。私はきみのことを、昔も今も変わらず。


「本当は生きている間に言いたかったんだけど、間に合わなかった。怖かったから。気持ちを伝えたら、今までの関係が壊れちゃうんじゃないかって思うと、怖くて言えなかった。でももう一度チャンスをもらった今、やっぱり言おうって決めた。私は楓が好き。男の子として、昔から大好き。へへっ、改めて言うと、やっぱり恥ずかしいなぁ……。それでね、私、大好きなあなたにやっぱり生きてほしい。……だから、もう私はここから消えるよ」


「消えるって……ちょっと、待——」


 怒涛の告白を受けて混乱している楓の口から、掠れた声が漏れた。間髪を容れずに、「八十神さん!」と大声を張り上げる。


「いるんでしょう! 八十神さん! ずっと私たちのこと見てたんでしょう! だったらお願い。私、もう“神様”はやめる。そっちに連れていって! この力はもう、あなたに返すから。だからどうか……どうか、楓を助けてっ……!」


 身体の奥深くから込み上げる切実な願いを、ありったけの力で叫ぶ。

 楓以外には聞こえない、私自身の声で。

 私が自分で決意したんだ。楓を助けたいって。この気持ちだけは、自信を持って言える。

 大好きな楓を、私は守りたい。


【お呼びですか〜? 朝葉】


 明るい女の子の声が、どこからともなく降ってきた。けれど、いつも聞いている彼女の声とは明らかに質が違っていた。普段は、ヘリウムガスを吸ったように加工された声をしていたが、今は生身の人間のそれと変わらない、高く澄んだ声だった。

 それにこの声……聞いたことがある。


「椿……?」


 楓の瞳がぐるんと揺れた。

 椿、と呟いた彼の声を聞いて、ようやく頭の中でパズルのピースが繋がった。


【久しぶり、お兄ちゃん】


 ドクン、ドクン、ドクン。

 胸の鼓動がどんどん大きくなっていく。

 お兄ちゃん。

 そう言う彼女の声は、記憶の中の椿ちゃんの声とぴったり重なった。


「嘘だろ……? なんで椿が」


【あれ〜忘れたの? お兄ちゃんが私に頼んできたんじゃん。“朝葉の心を救ってほしい”って。まあでも、仕方ないか。だってあのお兄ちゃん(・・・・・・・)と、今のお兄ちゃんは別人だもんね】


「どいうことだ」


「八十神さん、何を言っているの……?」


 私は楓と目を合わせて、二人で今の状況を理解しようと見つめ合う。でも、だめだ。八十神さんが言う「お兄ちゃんが私に頼んできた」というところも、「あのお兄ちゃんと今のお兄ちゃんは別人」というところも、まったく意味が分からない。


【朝葉、気づかなかった? ここが、朝葉の生きている世界とは別の、並行世界(・・・・)だってことに】


「……は?」


 どういうこと? 

 並行世界?

 それって、SF映画によく出てくるパラレルワールドってやつよね?

 そんなことあるわけ———。

 八十神さんの言葉を否定しようと喉元まで出かかった言葉を、ごくんとのみ込む。


 本当に……本当に、この世界に違和感はなかっただろうか?

 例えば、そうだ。

 最初に現世に降りてきた日。JR函館駅の壁に、青い大きな時計がついていた。あれは、私の生きていた世界ではなかったものだ。生前、函館駅が工事をしているという情報もなかった。でもあの時計は、確かに存在していた。この世界だけに(・・・・・・・)


 それから、まだある。

 通っていた函館西南高校の昇降口の周りに植えられたはずの桜の木がなかった。

 切り株も見当たらないところを見ると、まるで最初から桜の木などないかのような風景だった。記憶が曖昧だから、元々なかったのかも、とも思ったけれどそうではない。桜の木は|この世界には存在しなかったんだ《・・・・・・・・・・・・・・・》。


 楓の家の前に見慣れない植木鉢があったことも、楓が、去年一緒に行ったはずのクリスマスマーケットに「行っていない」と言ったことも、違和感だらけだった。


 思えば、現世に降り立つ瞬間、毎回視界が何重にも重なって歪んで見えた。あれはもしかしたら、世界を跨いで移動していることの表れだったのかもしれない。


 気づいたのはこれぐらいだけど、本当は気づかないところにもっと、記憶の中の函館の風景とこの世界の風景に、些細な違いがあったはずだ。


 唖然として二の句が継げずにいると、八十神さんは「ふふん」と鼻歌混じりに続けた。


【どうやら思い当たる節があったようだね。わたしの話、信じてもらえた?】


 揶揄うような口調の端に、真剣なオーラが纏わりついている。八十神さんの不思議な口ぶりに、射抜かれたように、微動だにできなくなった。


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