6-1
おじさんは、総合病院の受付で名前を告げた。スタッフさんが「面会ですね」と頷く。面会。誰に? 決まっている。楓だ。もしくはおばさん。
私は彼の後ろをそろりそろりとついていく。妙な胸騒ぎがしていた。やがてその予感は間違いなく現実となる。
「楓」
おじさんはスタッフに案内された病室の扉をコンコンと叩き、中へと一歩足を踏み入れた。
鼻に管をつけた楓がベッドに横たわっている。腕には点滴の針が刺さっていて、その横に座るおばさんは憔悴しきった顔をしていた。
「あなた……」
夫が来てくれて少し安心したのか、おばさんの顔つきが緩む。
「遅くなってすまない。まだ意識、戻らないのか」
「ええ。症状は落ち着いているようだけど、目覚めてないわ」
今、おじさんとおばさんはなんて?
意識が戻らないって……?
一体何が起こっているというの。楓はどうして病院で眠っているの。どうして管をつけられて、こんな大きな病院に——。
「肺の動脈に血栓ができてしまったんですって……。始業式の最中の倒れて……。治療はしてもらったけど、意識がまだ」
おばさんが、ポロポロとおじさんに楓の置かれている状況を説明する。詳しいことは分からないけれど、彼が病気で倒れたことだけは理解できた。
「そうか……。早く目覚めるといいな」
「ええ。でもどうしていきなりこんなことに」
「ここ最近、咳がひどくて息苦しそうだったからな。なんでそうなったのかは俺にも分からないよ」
二人の鎮痛な面持ちが、私の胸をこれでもかというぐらい抉った。
「椿に加えて楓までいなくなったら私っ」
「落ち着いて。楓は無事だ。目が覚めるって信じよう」
取り乱すおばさんを、おじさんが宥める。けれど、そんなおじさんの額にも玉のような汗が浮かんでいる。
胸を上下させながら眠り続ける楓を見つめた。
私の……私のせいだね。
楓がこんなふうに倒れたのはきっと、冬休みの間、ずっと私と一緒にいたから。
「楓……生きて」
私の声は、誰にも届かない。おばさんとおじさんが、「そろそろ面会時間も終わりだから」と名残惜しそうに席を立つ。私はその場から動けない。楓の命を奪い続けるかもしれないのに、どうしても、身体が言うことを聞かなかった。
どれくらいの時間が経っただろう。
眠っている楓の胸が大きく上下した。と同時に、ゴホッゴホッと大きく咳き込む。うっすらと開いた瞳からは涙が滲んでいた。
「楓……!」
慌てて立ち上がり、楓の視界に入り込む。彼は状況を確かめるように、両目をキョロキョロと動かした。
「朝葉……ここ、病院か?」
「う、うん。さっきまでおばさんとおじさんもいたよ。始業式の最中に倒れたって言ってた」
「始業式……。ああ、そういえば」
思い当たる節があったのか、すっと目を細める楓。
「息が苦しくなって、意識が遠のいたんだっけな」
参ったな、というように眉を下げる。楓の弱々しい姿を見るのが辛くて、思わず両目をぎゅっと瞑った。
「朝葉、そんな顔しないでくれよ。俺は朝葉に、いつでも笑って生きてほしいって思ってるんだぞ」
冗談、言わないでほしい。
私はもう死んでるんだ。“生きてほしい”と思うのは私のほう。私の方が、楓にずっと生きてほしいよ。
胸に込み上げる切なさに耐えながら、ナースコールを押した。すぐに看護師がやってきて、楓は診察を受ける。
「脈も正常で、体温、血圧ともに問題ないです。明日、先生に詳しく診察してもらって問題なければ少し安静にして、落ち着いたら退院しましょう」
看護師の話を聞いて、私も楓もほっと胸を撫で下ろす。
「とはいえ、あと少し搬送が遅れていたら危なかったかもしれません。今後も十分気をつけてくださいね」
「はい」
続く言葉に、頭にひやりと冷水を浴びせられた気分になった。
あと少し搬送が遅れていたら楓は大変なことに……。
看護師が病室から出ていったあと、「ねえ楓」と、震える声で呟いた。




