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わたしが死神になった日  作者: 葉方萌生
第一章 ヒーローになった日
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1-3

 アスファルトの上に舞い降ちる、かき氷みたいなふわふわの雪。橙色の光の筋が溶けゆく雪を照らして煌めきの残滓を残す。何度も、何度も、たくさんの雪が一瞬だけ輝いて消えていく。やがて雪は降り積もり、日の光を浴びても溶けてなくならなかった。

 そこでぐにゃりと世界が歪む。

 現世に降り立つ瞬間、世界が二重に重なって見えた。


「……っ」


 目を覚ますと、さざなみの音の中で、真っ白な地面が目に飛び込んできた。右の頬だけがひんやりと冷たく、慌てて横になっていた身体をガバッと起こす。倒れていたのは砂浜だった。だが雪が降る今、砂浜は一面白く染まり、向こう側に広がる海は半分くらい凍りついている。時折雲の切れ間から差し込む太陽の光が、鈍色だった海を黄金色に染めていた。ゆらゆらと揺れる水面をぼうっとした頭で眺めていると、次第に今自分が置かれている状況が分かってきた。


 雪の降る日だ。

 “八十神さん”から言われた通り、ぱらぱらと粉雪が降っていた。

 両手に視線を落として、グーパー、と交互に握ってみる。


「ちゃんと、動く」


 自分の手を握りしめた時の感触は、生きていた時と変わらなくて頭が混乱していた。“神様”になったら現世に現れることができるって聞いたけど、普通に生きてる時と同じように身体を動かせるってこと? 感覚的には自分が死んだなんて思えないくらい、生身の人間のそれだった。


「本当は死んでなかったりして」


 不意に頭によぎる考えを、無理矢理振り払う。あの事故が全部夢で、さっきまで“八十神さん”と話していたことも妄想だったらいいのに。そう思ってしまうのも仕方がない。だってこんなふうに、死んだ後に何事もなかったかのように現世に降りてくることができるなら、生きているのと変わりがないもの。


 そう思いながら、砂浜から脱するべく、道の方へと歩いていく。景色から察するに、おそらくここは函館市の隣にある北斗市の七重浜(ななえはま)海水浴場だろう。地元の人は「セブンビーチ」と呼んでいる。夏になると海水浴で多くの人が賑わうけれど、雪の日の今日はさすがに人気がなかった。函館の冬らしい静けさが横たわるばかりだ。


 そういえば昔、ここで楓と雪だるまをつくったっけ。

 雪の積もる、冬の砂浜で、楓と楓の妹の椿ちゃんと、私の妹の柚葉の四人で遊んだ記憶が鮮明に蘇る。


『楓、いくよー!』


『おわっ!?』


 思いっきり投げた雪玉が楓の顔面に直撃して、ものすごく心配した。


『わ、大丈夫!?』


 慌てて彼の元に駆け寄ると、楓が雪の上でひっくり返って鼻を真っ赤に染めていた。


『大丈夫……』


 と笑って答えてくれたけど、罪悪感で胸がいっぱいになった。家に帰るまで、私はずっと泣き腫らしていた。柚葉が「お姉ちゃん気にしすぎ!」と宥めてくれたことも記憶に残っている。


「今日は何月何日だろう」


 八十神さんからは、「雪の降る日に現世に現れることができる」と言われただけで、具体的にいつ降りられるのかを聞いたわけではない。というか、自然現象なので八十神さんに聞いても答えてくれないだろう。

 十一月の函館のことだから、私が事故に遭った十一月九日から、そんなに日にちが経っているとは思えない。十一月の何日なのか。まあ、分からなくても今の私には関係ないことなのかな。

 だって私はもうすでに死んでるんだし——。

 そこまで考えて、ダメだ、と思考を振り払う。どうしても考えがネガティブな方に向かってしまう。昔から私の悪い癖だ。

 テストで上手くいかなかった時、「六十点くらいかな」と最初から最悪の想像をしておけば、実際返却されたテストの点数が八十点だった時、ほっとすることができる。

 つい、ここぞという勝負時に保険をかけてしまう。



 あれは確か、中学三年生の夏だったか。中学最後の運動会の後に、楓に自分の気持ちを伝えようとした。けれど、もし告白が失敗した場合、友達にすら戻れなくなるかもしれないと思うと怖くて。一緒に帰る約束をしていた楓にこんなふうに伝えた。


『楓と、これからもずっと一緒にいたい』


 精一杯の気持ちを伝えたつもりだった。心臓の音はこれ以上ないってくらい激しく鳴っていたし、人生で一番緊張した瞬間だった。けれど、私が楓に伝えた言葉の中にはどこにも楓のことを「好きだ」という気持ちが見つからなかった。

 怖かったから。

 無意識のうちに、その確信的な二文字を伝えるのを避けてしまったんだ……。

 楓は私の告白を聞いて、きょとんとした顔でこちらを見つめ返した。

 それからニカっと白い歯を見せて笑った。


『もちろん、俺だってずっと一緒にいたいって思ってるぜ!』


 屈託のない笑顔を見ると、はっきりと気持ちを口にすることができなかった後悔は少しだけ溶けて。“ずっと一緒にいたい”というところだけでも、同じ気持ちで良かったと安堵した。

 その後、高校二年生の今に至るまで、私は楓に想いを伝えることができないままだ。



「できないまま、死んじゃったんだ」


 もう保険をかけることも予防線を張ることもできない。

 楓に好きと伝えられない。

 今頃になって胸を襲いくる猛烈な後悔が、この世からすでにいなくなっているはずの私の胸を締め上げる。


「この気持ちも、雪と一緒に溶けてしまえばいいのに」


 アンニュイな気分に浸りながら、雪が積もりゆく歩道を歩く。ザ、ザ、という雪の上を歩く時の独特な音は生まれた時からずっと馴染みのある響きだ。北海道に住んでいる人なら皆同じかもしれないが、冬の凍てつくような寒さは日常の延長線上にあるもの。雪も、例外ではなかった。


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