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楓の通う函館西南高校は一月半ば、十四日から学校が始まった。
午前中から雪が降っていたので、始業式が終わるまで校門の前で楓を待っていた。でも、待てど暮らせど楓は現れない。そっと学校に入り、二年四組の教室を覗く。帰り支度をしながら友達と喋る生徒の中に、楓はいなかった。
おかしい。もう学校から出ていっちゃったんだろうか。でも、始業式が終わる前から校門にいたのに、楓は校内から出てこなかった。だったらまだ校舎の中にいるはず——そう思いながらふらふらと廊下を歩いていた時だ。
「え……うそ。朝葉……?」
聞き馴染みのある声が後ろから飛んできて、ぴくりと身体をこわばらせた。
恐る恐る、振り返る。視線の先で揺れている、友達だった秋山野々花の顔が、驚愕に見開かれていく。彼女は右手で両目をごしごしと擦った。目を閉じたり開いたりを繰り返す。けれど、夢を見ているとか、目がおかしくなったとか、そういう類のものではないと悟った様子だった。紛れもなく現実の中で、私と対峙している。彼女は恐ろしさに震えながら、それでも私を凝視して、「朝葉、だよね?」と問うてきた。
「朝葉……なんでここに? というか、幽霊なの……? 私、霊感ないはずなのに、おかしいな……」
「……っ!」
野々花が私に触れようと手を伸ばしてきたのを、咄嗟に避ける。頭に浮かぶのは、ここに降りてくる前に八十神さんと話した、「朝葉のことを見えた人が、一ヶ月以内に死んでしまう」という真実だ。視界がぐにゃりと歪む。野々花からジリジリと後退りして、ついに背中を向けて駆け出した。
「待って、朝葉っ!」
野々花の叫び声が廊下に響き渡る。ダメ。振り返ったら。彼女と関わったらダメだ……! 彼女の生命力を奪ってしまう。彼女が死んでしまう。走って走って、一階の下駄箱を抜けて、校門まで駆けた後、ようやく野々花が追いかけてきていないことを知って、ほっと胸を撫で下ろした。
「なんでこんなこと……」
友達だった。生前、私は彼女と仲が良くて、昼休みや放課後に二人でよく恋バナなんかをして盛り上がった。
そんな彼女に、もう一度名前を呼んでもらえたことは嬉しい。だけど、それ以上長く会話をすることも一緒にいることも、彼女を傷つけてしまうと知ってしまったから。
彼女の前に一分一秒でも長く姿を見せることはできなかった。
「はあ……」
ガックリと肩を落とし、函館西南高校から遠くへと歩く。楓を探したい気持ちは山々だが、野々花に再び会うわけにはいかない。学校の前で待つより、自宅の前で待つ方が得策だろう。
じっとりとした水雪が頭を濡らしていく。気持ち悪さを覚えながら、自宅へと続く道を歩いた。
待つこと一時間。
楓はやっぱり自宅の前にも現れなかった。
家の中の電気はすべて消えていて、誰もいないことが分かった。友達と遊びにでも出かけたのかもしれない。今日は始業式なので、まだお昼過ぎだ。これから帰ってくるまで待つか……。待つのは慣れている。特にこの身体になってから、待つということが増えた。
「若宮家」の表札の下に座り込み、降る雪を見上げて曇天の空を眺める。
何時間も、そこに座っていた。
途中、うちを出入りするお母さんや柚葉の姿を目にしながらも、若宮家には誰も帰ってこなかった。
夜になる。
楓のお父さんが帰ってきた。だけど、おばさんはまだ仕事から帰ってきていない。楓もいない。どうして? おじさんはバタバタと焦っている様子で家に入り込む。そして、十分と経たないうちに、大きな荷物を持ってまた玄関から出てきた。
どこに行くんだろう。
楓とおばさんは、どこにいるんだろう。
訝しく思いながら、おじさんが車庫の車の鍵を取り出した。後部座席の扉を開けて、大きなボストンバッグを入れる。頭でじっくり考える暇もなく、私は咄嗟に後部座席に乗り込んだ。おじさんには私のことが見えていない。おじさんが後部座席の扉を閉めて、運転席に座った。
どうして自分でもこんなに積極的な行動に出られたのか分からない。ただ、楓に会いたいという衝動に駆られていた。おじさんが楓とおばさんの元へ行こうとしてるんじゃないかって、どこかで確信していたのだ。
窓からさめざめと降る水雪を眺める。車窓に映る自分の顔は、自分でも気づかないくらい、固く強張っていた。
そして、車に揺られること三十分。
おじさんの車がようやく止まる。総合病院の駐車場だった。




