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わたしが死神になった日  作者: 葉方萌生
第五章 死神と知った日

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『<あらすじ>因幡国に住む八上姫(やかみひめ)に求婚する八十神たち。 八上姫が大国主命(おおくにぬしのみこと)を選び八十神たちを拒んだために、 八十神たちは継兄弟である大国主命を殺害しようと企てます。赤猪退治とごまかし、石を焼いて受け止めさせたり、木の股に挟み込んで苦しめたり、あの手この手で命を狙いますが、 難を逃れた大国主命によって退治されてしまいます。』



「ええっ、八十神ってひどいやつじゃん」


「本当だ……悪役って感じだね」


 思っていたよりも意地悪な神様たちのことだと知って、胸がざわつき始める。念の為、本文の方にも目を通した。分かりやすい言葉でまとめらているので、私たちのような子供でも神話を読んですぐに内容を理解することができた。


 印象的なエピソードは、因幡(いなば)の白兎の話だ。

 八十神たちが八上姫への求婚に向かう際に、毛をむしられて泣いているうさぎを見つけた。八十神たちはうさぎに、「海水を塗って山の上で陽を浴びれば傷が治る」と嘘をついた。信じたうさぎはさらに痛い思いをしてしまう、というもの。


 かなりひどい話だと思った。

 嘘をついて白兎を苦しめる——八十神たちが一体なぜそんな卑劣なことをしたのかは分からないけれど、“神”と名がつく人が、そんなことをしていたなんて、あまり信じたくはなかった。同時に、八十神について、ここに来る前より随分解像度高く理解できたと思う。


「朝葉が会話をしてるっていうその八十神も、こんなにひどいやつなのか?」


「うーん……そんなふうには思えないな。第一、声が女の子の声みたいで可愛らしいの。加工されてるような感じもするけど、口調からしてたぶん女の子。悪いことをするようには見えない。実際、これまで意地悪を言われたこともないし。まあたまにちょっと冗談みたいに嘘をつくところは考えものだけどね」


「女の子の声……ふうん」


 顎に手を当てて何かを思案するように相槌を打つ楓。どうしたんだろう。何か引っ掛かることでもあるのだろか。


「どうかしたの?」


「いや……全然関係ない話なんだけどさ、最近夢でよく誰かに名前を呼ばれるんだよ。俺は、真っ白な空間で眠っているみたいに意識を失ってて、そんな自分を俯瞰して見ている、みたいな。その時に『楓』って呼びかけられる。その声が女の子の声なんだよな。どこかで聞いたことがあるような声なんだけど、思い出せなくて」


「へえ、面白いね。八十神さんとは関係なさそうだけど、女の子の声っていうのが同じだ」


「ああ。でもまあ、本当に関係ないわ。話逸らしてごめん」


 それから楓はぐーっと伸びをして、「今日のところはこれぐらいにしておこうか」と言った。


「八十神がちょっと……いや、だいぶ意地悪な神様だっていうのは分かった。でも、朝葉が聞いた声とはあんまり関係なさそうだな」


「うん……そうだね。ごめんね、せっかく調べようって言ってくれたのに、収穫なしで」


「何言ってんだよ。関係ないっていうのも立派な収穫だ。それに、俺はこうして朝葉と過ごせるだけで幸せなんだよ」


「楓……」


 幸せ、という言葉に頭がすっと熱くなる。青々とした紅葉が紅く色づいていくところを想像した。楓は、自分の発言に恥ずかしさを覚えたのか、こめかみをぽりぽりと掻いている。


「なあ、今俺冬休みだしさ、休みの間、遊びまくろうぜ」


「遊びまくる? あの、一昨日話した作戦は?」


「そんなもん、遊びながら考えればいいだろ。どうやったら俺が死なずに済むか。案外簡単なことかもしれないし」


「簡単じゃないよ……でも、うん。楓のことを一人にするのは不安だから、遊ぶ。遊ぶっていうか、そばにいさせて」


 言いながら、本心では楓の言う通り、冬休みの間ずっと楓のそばにいることを望んでいたことに気づく。


「よおし、そうと決まれば楽しくなってきたぞ」


「楽しい?」


「ああ。だって今年の冬休みは朝葉と遊び放題じゃん。親に勉強って言われたって聞いてやらない。聞かない口実が

できた」


「いや、おばさんは私の存在なんて知らないんだし、その言い訳は無用だと思うけど」


「うっせえ、余計なこと言うな!」


 いつもの調子でノリツッコミを繰り出して、くつくつと笑い合う。楓が近い将来に死んでしまうかもしれないなんて、微塵も感じないぐらい温かな空間が広がっていた。外は降り頻る雪のせいでしんしんと空気は冷えているはずなのに。楓と二人の間には、焚き火の(ほむら)が燃えているようだった。


「あ、そういえばこれ。遅くなったけどクリスマスプレゼント」


 唐突に、彼が持っていたリュックの中に手をつっこみ、ラッピングされた袋を取り出す。


「えっ」


 まさか、プレゼントをもらえるなんて一ミリも考えていなかった私は素直に驚いた。大きさはA4ファイルぐらいで、手触りはふわふわとしている。


「開けてみて」


 彼に促されるがままに丁寧にラッピングされたリボンを解く。すると、中には赤いマフラーが入っていた。


「わ、かわいい」


 取り出して、感触を確かめる。柔らかくて首に巻けばとても暖かそうだ。真っ赤ではなくて、ワインレッドのような落ち着いた赤色で、大人っぽい色をしていた。


「朝葉、薄着だから寒そうだなって思ってたんだ。それつけたら少しはマシになるだろう」


「う、うん。ありがとう」


 幽体になって、生身の身体の時よりは暑さ・寒さを感じにくくなったとはいえ、楓の言う通り、十一月の格好のまま一月に突入するのはちょっと不安だった。だからマフラーをもらえたのはとてもありがたい。早速首に巻いてみると、ふんわりとした生地に包まれて、首だけじゃなくてつま先まで温まるような気がしたから不思議だ。


「あったかい……」


「すげえ似合ってるよ」


 照れたように笑う楓の顔を見ていると、幸せすぎて思わずため息が漏れた。生きている時は、こんなふうにお互いに素直な感情を顔に出せていなかった気がする。そう思うと、この特殊な体験ができていることに、やっぱり感謝すべきなのかも、と感じた。


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