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わたしが死神になった日  作者: 葉方萌生
第四章 闘うことを誓い合った日

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4-12


 やがて再び私の方に顔を向けて、大きく息を吐く。


「一人で抱え込むの、辛かっただろう」


「……え?」


 聞き間違いだろうかと、本気で耳を疑った。

 普通、自分がもうすぐ死んでしまうことを知ってしまったら——もっと取り乱すのではないか。死にたくないと叫んだっておかしくない。それなのに楓は……まず真っ先に、私のことを心配するの? ねえ、どうして。どうしてあなたはそんなに強くいられるの。


「朝葉、今まで一人で、そんなに辛い現実と向き合ってたんだよな。それってどれだけ苦しかった? ごめん……俺、何も知らなくて。朝葉が俺を救うために、俺のそばにいてくれたなんて、思ってもみなかった。俺はただ……朝葉の未練とか後悔とかを、なくしたいって思ってたんだ。だけどお前は、ずっと俺のことを、考えて」


 言いながら、途中で楓の声が青く湿っていることに気づいた。

 初めて見る、彼のぐしゃぐしゃの泣き顔だった。

 椿ちゃんが亡くなった時だって、私にこんなに辛そうな顔は見せなかったのに。ずっと、我慢していたのかもしれない。幼馴染の私に、格好悪いところを見せまいって。


「苦しかったな……辛かったよな……自分のことが見える人たちが死んでいくなんて、そんなの悲しすぎる。そんな重たい荷物を背負わされて、隣で何も知らずに手ぶらで歩いて、ごめんなっ……」


「っ!!」


 今度は私が、大粒の涙を流す番だった。

 楓に心中を言い当てられて、胸にツウウウンと深く、鋭い痛みが駆け抜けるのを感じた。

 そうだ……私。辛かったんだ。誰にも打ち明けられない悩みを抱えて、楓に絶対に死んでほしくなくて、一人で考え込んで、空回りして。何度もメンタルが崩壊しかけて、楓に寄りかかりたくなっていた。

 楓、やっぱり私は、あなたがいないとだめなんだ。


「もう、一人で抱え込むなよ。確かに朝葉の話を聞いてショックだったのは事実だ。でもそれ以上に、俺はお前が一人きりで闘って、自分は何もできないことの方がよっぽど辛い。だって、そうだろ? 俺たち、物心ついた時からずっと一緒にいたじゃないか。楽しいことも、悲しいことも、半分ずつ。今も、それは変わっちゃいない」


 流れていく涙を、楓の指が拭ってくれた。楓だって、顔は涙で濡れていて、目の下もまぶたも真っ赤に染まっているのに。指先から伝わる温もりが、全身を強く温めていく。


「私……本当は、死にたくなかったっ。楓を、死なせたくない」


 胸にたった一つ、いちばん切実に思っていた後悔と願いが真っ白な雪の上にこぼれ落ちる。震える身体を、楓が抱きしめる。この身体になってから、何度だって彼は私のことを抱きしめてくれた。でも今この瞬間、いちばん欲しかった熱が、じんわりと私の身体に浸透していく。


「そうだよな。生きたかったよな……。俺も、ずっと朝葉の隣にいたかった。……いや、今からでも遅くない。これからもそばにいる。そのために、俺は死なない。絶対死なないよ」


 雲の切れ間から降り注ぐ、柔らかな陽の光のような彼の言葉が耳から胸へと溶けていく。

 ああ、まだ私、生きている。

 死んでいるはずなのに、そう思えるのは、“神様”になって楓ともう一度出会うことができたからだ。楓が一ヶ月以内に死んでしまうということを度外視すれば、こうして楓と再会できて、救われた。何も知らないまま遠くへ旅立った後、現世で楓が塞ぎ込んでいるのを知ったら、きっとやりきれなかっただろう。だから感謝すべきなのだ。大切な人と、もう一度向き合うことができる。この状況を、私は喜ぶべきなのかもしれない。


「朝葉、少しは落ち着いたか」


 いつのまにか、楓の声が涙混じりではなくなっていた。いつもの、頼り甲斐のある声が、何かを決心したように最初よりもずっと落ち着いて聞こえる。だから私も、呼吸を整えて「うん」と返事をすることができた。


「ありがとう、楓。嫌な話聞かせちゃって、ごめんね」


「言っただろ。俺は、朝葉が一人で抱え込んでることのほうが辛いって。それよりこれからのことを考えようぜ」


「これからの、こと」


 さっと前向きになれる楓が、不思議でもあり、心強くもあった。

 やっぱり私には、きみはまぶしいよ。


「俺が、どうしたら一ヶ月以内に死ななくて済むか。ずっと朝葉の隣にいられるか」


「ずっと、隣に……」


「絶対、何か方法があるって信じてる。だからさ、もう涙は拭いて、俺と一緒に闘ってくれないか? ……いや、違うな。朝葉と一緒に、闘わせてください」


 ガバッと頭を下げる楓の頭には、白い雪が積もっていた。

 突然頭を下げられて、あわわ、と慌てて肩を軽く叩く。


「顔、上げてよ。私の方が頭、下げなくちゃいけないのに」


「そんなことねえよ。俺の方が」


 押し問答が始まろうとしていた雰囲気を察知して、くすりと笑みが溢れる。


「こんなところで張り合わなくていいよね」


「あ、ああ。そうだな。ついいつもの癖が出ちまった」


「楓と話してると、何も変わらない、普段の日常が戻ってきたみたいだなって思えるよ」


「それは奇遇だな。俺も。朝葉がちゃんとまだ隣で生きているって感じてるぞ」


「残念、もう私、幽霊なんです」


「あれ、幽霊じゃなくて神様じゃなかったのか?」


「あ、そうだそうだ。神様、です。敬ってください!」


「もう、お前なあ〜」


 からからと笑い声を響かせて、久しぶりに二人で笑った。胸の中では今もなお切なさが広がっているのに、から元気でも笑い合えたことで、どこかすっきりとした気分になれた。それもこれも、前向きで明るい楓のおかげだった。


「よおし、とにかく明日から早速、作戦会議だ」


「うん、そうしよう」


 楓が、どうしたらこの先も生きていられるか、二人で考える作戦会議。

 できることなら二人で生きていきたかった——そう思うのは、もう今日でやめにしよう。楓だって辛い気持ちは一緒なのだから。

 

 冬景色の公園の端っこで、私たちは互いの息遣いを確かめ合うようにして、拳をコツンと突き合わせた。



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