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わたしが死神になった日  作者: 葉方萌生
第四章 闘うことを誓い合った日

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4-9

「ふーっ」


 柚葉の姿が完全に見えなくなった後、緊張で張り詰めていた糸がぷつんと切れてしまったように、楓が大きく息を吐いた。


「良かったな、柚葉とちゃんと話せて」


 私の目を見てにっこりと歯を見せる楓の笑顔を見て、ほっと心が和らぐ。


「うん。柚葉が、あんなふうに考えてくれてたなんて知らなかった。知らないまま、逝こうとしてたんだ……。そうならないで良かった。ありがとう、楓」


「俺がお礼を言われることではないよ。でもやっぱり、姉妹がすれ違ったままなのは嫌だからな」


 そう言う彼の声には、どこか切なさが滲んでいて。思わず聞かずにはいられなかった。


「楓は……後悔していることがあるの? その、椿ちゃんのこと」


 ふるりと彼の瞳が揺れる。心の中で感じていたことを言い当てられた時のような反応に、私の方が一瞬戸惑った。

 しばらくの間、楓は口を噤んでいた。

 だがやがて、降り頻る雪がどんどん激しくなっていくと、ようやく観念したかのように彼は口を開いた。


「後悔……とはちょっと違う。罪そのものを背負ってるから」


 初めて聞いた椿ちゃんへの楓の想いに、心がざわめきだす。


「罪そのもの……? それってどういう」


 彼の言葉の意味が分からなかった。椿ちゃんは誘拐犯に攫われて命を失ったと聞いていた。とても可哀想な、不幸な事件。その話のどこに楓が罪を背負う必要があるのか、見当もつかない。

 楓は、全身の感覚を研ぎ澄ませて私の反応を窺っている様子だった。

 しばらくして、思い詰めたように唾をのみこむ。彼が何かを決意した時の癖だ。思わず反射的に身構えた。


「ここから先は、家族以外、誰にも話していないことだ。本当は朝葉にだって話すつもりはなかったんだけど、柚葉のお前への気持ちを聞いて、心が揺れた。……話を聞くことで、朝葉は後悔してしまうかもしれないし、俺も話したことを後悔するかもしれない。でも……話したく、なった。聞いて、くれるか」


 胸の痛みに耐えるような、切実さを孕んだ声が脳に直接響いてくる。

 私はじっと揺れる彼のまなざしを見つめながら、「うん」と頷いた。


「ありがとう。話を聞いて、俺のことを軽蔑するかもしれない。でも、朝葉ぐらいしか、もう話せる人がいないから」


 そう前置きをすると、彼は冷たい空気と一緒に大きく息を吸い込んだ。


「椿が亡くなったのは、俺のせいなんだ。あの日……あいつが、誘拐犯に攫われた日、二人で街へ出掛けていたんだよ。親から、デパートで期間限定スイーツの販売をやっているから買ってきてほしいって言われて。その頃さ、俺、小六で一丁前に一人で出かけるのにはまってたんだよ。まだまだ子供なのに、もうすぐ中学生になるからって大人のふりしてさ。その時は一人じゃなくて椿と二人だった。母さんもたぶん、俺のこと信頼して頼んでくれたんだと思う」


 そこまで話すと、楓の表情に一気に翳りが生まれる。

 これから話すことの顛末を想像すると、背筋にすっと冷気が流れ込んできたような気がした。


「無事にデパートで目的のものをゲットして、そのまますぐに帰ろうって、椿から言われたんだ。でも俺は……せっかく子供だけで街へ繰り出したんだから、ちょっと遊んで帰ろうって提案して。椿も、本当は遊びたかったんだろうな。あいつは俺以上に正義感が強いやつだったから、親に内緒で勝手に遊びたいなんて、自分からは言い出せなかったんだ。俺の提案にはにんまり笑って了承してくれた」


 大きな街で、小さな子供二人がデパートへ行くところを想像する。お菓子を買って、仲良く並んで話をしているところも。きっと、その時の二人は、自分たちだけで大人になった気分だったんだろう。


「デパートから少し歩いたところに、ゲームセンターがあった。俺、普段あんまりそういうところ行かないから、外からゲーセン見た時、すげえワクワクしてさ。ほら、この辺ってゲーセンないだろ? その時が初めてだったかもしれない。椿もめちゃくちゃ入りたそうな顔をしていたから、二人で入店したんだ。ぱっと明るい照明の下で、クレーンゲームの機械の間を歩くのは新鮮で、胸が躍った」


 私も、何度か訪れたことのあるゲーセンではクレーンゲームに夢中になった記憶がある。あれ、結局商品は取れずに終わるんだけれど、「取れるかも」と期待するひとときが楽しいのだ。


「椿が大好きなうさぎのキャラクターのぬいぐるみがあった。大きくて、取れる自信はまったくなかったんだけど、『可愛いなあ』ってぼやく妹見てたら、無性に取ってやりたくなってな。財布を覗いたら、小銭は二百円しか入ってなかった。一回二百円だから、一度やったらもう終わりだ。でも、もしかしたら奇跡が起こるかもしれないと思ってチャレンジした。結果はもちろんダメだった。『難しいよねえ』ってちょっと落ち込んだ椿の顔見て、思わず『ちょっと待ってろ』って言ってしまった。店の端の方に両替機があるのを知っていたから、両替をしに行ったんだ。どうしても、椿にあのぬいぐるみをプレゼントしたくなって」


 そこで一度、楓は言葉を切った。

 しばらく虚空を見つめて、ざわめく心を整えているような様子だ。

 私は、彼を見つめながら生唾をのみこんだ。


「両替はちょっと混んでて、前に二組並んでいた。少し待ってから両替を終えて、うさぎのぬいぐるみのゲーム機のところに戻った。でもその時……椿が、いなくなっていたんだ」


「え……?」


 初めて聞く話に、胸を銃弾で撃ち抜かれたような衝撃が走る。


「最初はトイレにでも行ってるのかと思った。トイレはお店の二階にあるみたいだったから、ちょっとその場で待った。でも、待てど暮らせど椿は戻らなくて、さすがにおかしいと思った。近くにいた店員に話を聞いたけれど、まったく何も分からない様子だった。怖くなって、母親に電話した。母親が車で駆けつけるまで待っていたけれど、やっぱり永遠に椿は現れなかった。その二日後に、ニュースで流れた通りのことが起こった。パニックに陥って、その時の前後の記憶はもうほとんど抜けてるけど、ずっしりとした罪の意識だけは残ってる。俺のせいなんだ……。俺が、ゲーセンに寄りたいなんて言わなければ。俺が、両替なんかしに行かなければ。椿は……今頃、元気でここにいたのにっ」


 普段、明るく陽気な態度で接してくる楓からは想像もつかないぐらい、悲痛に満ちた声が公園に響いた。楓が抱えていた「罪」の告白を聞いて、胸が灼け焦がれそうになった。こんなに寒いのに。やけどしそうなほど激しく燃えている彼の心の(ほむら)を、私はどう消したら良いんだろう。

 唖然としたまま、言葉を紡ぐことができないでいる私に、楓ははっとした様子で「ごめん」と謝った。


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