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「あれ……どうしてだろう。懐かしい、匂いがする。お姉ちゃんの匂い……」
「えっ」
驚いて声を上げたのは私ではなく楓の方だった。私もびっくりして思わず柚葉の顔に視線を落とす。目の下も鼻も耳も真っ赤に染まっていて、小さい頃に外で走って転んで泣いていた彼女の顔と重なった。
「お姉ちゃんに会いたいって思ったからかな。気のせいだと思うけど、この匂い、すごく好きだから嬉しい」
湿り気を帯びていた胸に、ぽっと温かな灯火がついて、じわりと熱くなった。
そんなふうに思ってくれて、私の方が嬉しいよ。
ずっと柚葉には嫌われている気がしていた。姉なのに、意気地がない私のことを、彼女は恥ずかしいと思ってるんじゃないかと思って、本音を聞くのが怖かった。
でも今なら分かる。柚葉は私のことを、ずっと大事な姉だと思ってくれていたこと。それだけで十分、勇気を出して家族に会いに来た甲斐があったと思う。
「あの、楓くん」
「ん?」
柚葉が再び口を開く。
「お姉ちゃんは、その、事故に遭った日に、私の誕生日ケーキを買いに行ってくれていたんだよね」
「そうだよ」
「その話をお母さんから聞いて……私、ずっと自分を責めてたの。お姉ちゃんを殺したのは自分かもしれないって、怖かった」
初めて聞く妹の本音に、私の胸は再びざわざわと揺れる。
楓も、まさか柚葉がそんなふうに感じているとは思っていなかったのか、ぴくりと眉を上げた。
「楓くん……お姉ちゃんのこと奪って、ごめんなさい」
しんしんと降る雪の中、柚葉の涙混じりの声が雪と一緒にこぼれ落ちる。
そんなふうに感じてたんだ……。
あの事故に遭ったのは決して柚葉のせいではない。ケーキを買いに行ったのは私の意思だ。だから彼女が十字架を背負う必要なんて全然ないのに。胸がつんと突かれたように痛い。
助けを求めるようにして楓の顔を見た。彼は私の切実な思いを受け取ったのか、「あのな」とゆっくりと口を開いた。
「朝葉が死んだのは、柚葉のせいじゃねえ。それだけは絶対、断固として否定できる。ケーキを買いたいと言ったのは朝葉だし、そもそも柚葉はいらないって言ってたんだろ? だから、お前のせいじゃない。むしろ……俺が、朝葉を守れなかったんだ。だからお前から大事な姉ちゃんを奪って、本当にごめんな」
二人ともが、私が死んだのは自分のせいだと主張して、顔を歪めている。同時に、私の心がくしゃりと泣いた。
違う……違うよ。
二人のせいじゃない。全部、不幸な事故だった。誰も自分を責めてほしくない。
「私は……っ! 二人のどっちかが悪いなんて微塵も思ってないから! だからもう、自分を責めるのはやめてっ……お願い」
楓にしか聞こえない声で目一杯叫ぶ。楓がびっくりして目を丸くした。
そして、ふっと目を細めて「そうだな」と呟いた。
「俺たち、どっちが悪いとか思うのはやめようぜ。天国の朝葉が浮かばれねえ」
楓が私を見ながら、柚葉に語りかける。
そうだよ、その通りだよ。二人が自分を責めていたら、いつまでもみんな辛いままだ。だからもうやめにしよう。誰も彼も、悪くない。ただ、運が悪かっただけだ——。
「そう……だね。ごめんなさい」
「いや、謝ることじゃねえよ。柚葉はずっと一人で背負ってきたんだろ? もうその重荷は下ろしちまえよ」
「う、うん。楓くんの話を聞いて、心が落ち着いた。だから、ありがとう」
ほっとした表情を浮かべる柚葉を見て、私もようやく彼女を自分の腕から開放する。
柚葉はきっともう大丈夫だ。
この時そう確信した。
それから柚葉は、「まだ勉強しなくちゃいけないから帰るね」と立ち上がった。
「家まで送ろうか?」
「いや、大丈夫。もう道路に飛び出したりしないし」
「そうか。気をつけて帰れよ」
「ありがとう、楓くん」
先ほどまでとは打って変わってすっきりとした表情で背中を向けて、柚葉は公園から出ていった。




