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わたしが死神になった日  作者: 葉方萌生
第四章 闘うことを誓い合った日

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4-3

***


「あっ……」


 例によって視界がぐにゃりと歪み、身体を覆う寒さの中で再び目を覚ます。潮風の匂い。前回楓と別れたのはいつだっけ……。ぼんやりとした頭で考える。そうだ、海沿いのコーヒーチェーン店の前だ。やがてくっきりと視界に浮かび上がる現実の光景に、自分がどこにいるのかようやく理解することができた。肌感覚と景色の感じから察するに、時刻はお昼過ぎ、といったところだろうか。通りには妙な静かさにシンと冷える空気が漂っている。前回降りたのが十二月二十一日の日曜日だったので、今日は平日である可能性が高い。十二月は雪の日が多いから、多分それほど日は経っていないはず。


 今日の雪は綿雪(わたゆき)。その名の通り、綿のような大きめの雪が降っている。水分が多く、素肌に触れるとじっとりと湿る感覚があった。こんな雪が降っている時は、早いところ室内に入るに限る。近くのバス停からひょいっとバスに乗り、自宅最寄りのバス停までちょっとの間揺られていた。この身体でバスや電車に乗るのはもう慣れっこだ。


——また次会う時は如月家だぞ。分かったな?


 前回会ったときに楓と交わした約束を何度も頭の中で反芻する。

 私がいつ、降りてくるか分からないから。

 こんなにあやふやな待ち合わせは他にないだろう。でも、楓なら空いている時間は私のことをずっと待っていてくれる気がする。自惚れかもしれないけれど、あいつはそういうやつだ。


「遅えっつーの」


 バスを降りて、自宅前へと到着した時、すでに楓は私の家の前で待っていた。ニット帽と耳当て、手袋、マフラーで完全防御している。ニット帽に降り積もった綿雪が重たそうだった。


「まさか、この時間から待っててくれるって思ってなかった。まだお昼過ぎだよね? 学校は?」


「学校なんて、辞めてきた」


「……は?」


 突然、不可解なことを口走る楓。真剣な表情をしていて、まさか本当に? と彼の澄んだ瞳をまじまじと見つめてしまう。


「……ていうのはもちろん嘘。今日、十二月二十四日。終業式だった」


「ああ……なるほど」


 ようやく合点がいった。

 終業式なら学校は午前中で終わっただろう。お昼の時間帯の今、こうして私を待っていてくれているのも頷けた。でも相当長い間待たせていたことは、ニット帽に積もる雪の量を見れば明らかだ。


「待たせてごめんね」


「ん、いや、いいんだけどよ。今日は来ねえかと思った。朝葉のことだから、とぼけて約束忘れてんのかもって思って」


「そんなわけないじゃん! 私、そんなに忘れっぽい人間だった?」


「昔、俺と夏休みに一緒に宿題する約束ほっぽり出してプールに行ってた記憶はあるぞ」


「……それは、はは、あの時はねえ? まだ子供だったし」


「今でも子供だろっ」


 いつのも調子で言い合いが始まる。これじゃやっぱり、自分が死んでいることを忘れてしまいそうだ。


「そういえばほら、これ。お前の分の二学期の通知表」


 何を言い出したかと思いきや、楓は鞄から「あゆみ」と書かれた通知表を取り出してこちらに差し出してきた。


「通知表なんて、今更……」


 二つ折りのそれを開くと、各教科十段階評価の点数がずらりと並んでいる。あまり大きな声で言うことでもないけれど、私は成績は良い方だ。主要科目はほとんど九点か十点と書かれている。けれど、一つだけ。体育だけは六点。苦い気持ちで通知表を見つめていると、楓が「ははっ」と私の手元を覗き込みながら笑っていた。


「朝葉って本当、成績優秀なのに体育だけはポンコツだよな」


「う、うるさい! あんたなんか、体育以外(・・・・)ダメダメなくせに!」


「俺はいいんだよ。別に頭使う仕事に就きたいわけじゃねえし」


「じゃあどんな職業に就きたいの?」


「うーん、まだはっきりとは決めてないけど、バスケのコーチ?」


 からからと笑いながら今適当にでっち上げたかのような「将来の夢」を口にする楓。楓は中学生の頃からずっとバスケ部だ。高校ではキャプテンまでしているらしい。何度か試合を見に行ったことがあるけれど、確かに上手いなと思った。


 それにしても、「バスケの選手」ではなく、「コーチ」と答えるところがいかにも楓らしい。明るい彼の性格からして、子供たちにはさぞ人気になるだろうな。友達に近い先生、といったところだろうか。


「あれ、これ……」


 通知表に再び視線を落としたところで、ふとある項目の箇所に視線が釘付けにされた。

 右側のページの、下のほう。上は「委員会活動」や「部活動」などについて記載されているが、それよりももっと下に「備考」という欄があった。これまでは空欄であることがほとんどだったので、目に留めたことすらない。けれど、今回ばかりは違った。そこに三行ほど、メッセージが書かれていたのだ。



『二学期、よく先生の話を聞き、よく勉強をして良い成績を収められましたね。先生も、クラスのみんなも——特に若宮くんは、如月さんがいなくなってとても寂しい気持ちでいっぱいです。でも、如月さんはまだみんなの中で生きています。これからも頑張りましょうね』



「……っ」


 読み終えた途端、視界がじわじわと涙で滲んでいく。ああ、ダメだ。泣くな。そう言い聞かせても、止まらなかった。


「先生、俺の名前こんなとこで出すなよな」


 私の通知表の「備考欄」のメッセージについて、彼は最初から知っていたんだろう。知っていて、私がどんな反応をするか見守ってくれていた。何よそれ、ずるい。こんなサプライズ、聞いてなかった。


「そこにも先生が書いてるけどさ、俺たちの中でまだ朝葉は生きてる。だから堂々と、俺の隣にいろよ」


 優しい綿雪みたいな言葉が降ってきて、思わず楓の胸に縋った。彼は一瞬「わっ」と声を上げたけれど、すぐに私を抱きしめてくれた。

 しばらく楓の胸を借りて身体を震わせる。そんな私を、楓は何も言わずに見守ってくれていた。


「落ち着いた? 家族に会えそう?」


「う、うん」


 涙でぐしゃぐしゃになった顔をコートの袖で拭う。彼の胸のところも水浸しになっていて、慌てて謝ったけれど、「気にすんな」と言ってくれた。


「じゃあ、インターホン押すぞ?」


「……お願い」


 楓は「如月」と書かれた表札の隣にあるインターホンをぎゅっと指で押した。


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