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わたしが死神になった日  作者: 葉方萌生
第四章 闘うことを誓い合った日

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4-1

***


 ザクザクザク、と雪を踏みしめる時の音は、生まれてからずっと耳に馴染んでいる。私が歩く道の隣には、楓がいた。アスファルトに降り積もっていく雪。十一月九日は初雪だった。


「なー、朝葉が行きたいケーキ屋さんってここからどれくらい?」


 楓が私に問いかける。これは……あの日の記憶だ。

 私が、事故に遭った日の記憶。

 だとしたら今見ているこの映像は、夢?

 だけど、あの日の現実とは違って、早朝の静けさが漂っている。なぜか、人気がない。世界には私と楓の二人だけがぽつんと存在しているような心地がした。


「たぶん十五分くらい」


 私が答える。楓は「ふうん」と相槌を打った。


「柚葉、今年受験生だよな? 勉強漬けの誕生日なのか」


「うん。今日もケーキはいらないんなんて言うんだよ。さすがに痩せ我慢しすぎだって」


「だな。あいつ、口は達者なのにプライドすげー高いし。なんか無駄なところで今回みたいに我慢とかするし」


「そうそう! てか楓、柚葉の性格よくそこまで知ってるね」


「そりゃ、柚葉ともずっとお隣さんだしな。あいつも幼馴染みたいなもん。それに……」


 そこで楓が言葉を切る。


「お前の妹だから、気になるんだ」


「妹……」


 楓の言わんとしていることを理解し、私も口を噤む。

 楓はたぶん、自分の妹のことを思い出しているんだろう。


 若宮椿。

 楓の二つ下の妹で、私にとっても妹みたいな存在だった。柚葉とも同級生で、二人は性格が全然違うのに仲良しだった。柚葉は気が強く、思っていることをはっきりと口にするタイプ。椿ちゃんはとにかく優しい。よく柚葉の気の強さに負けずに一緒にいられるなと疑問だったが、柚葉は椿ちゃんの優しさの前では妙に素直になるらしかった。


 だけど、そんな優しい椿ちゃんは……。

 ちらりと楓の横顔を見やる。何を考えているのか、じっと前方を見据えて、口を閉じた。むっと結ばれた口が、楓の椿ちゃんへの想いを表しているような気がして、胸が痛んだ。


 あれは確か、私たちが小学六年生で、椿ちゃんが小学四年生の頃だった。


『朝葉、椿ちゃんが、亡くなったんだって……』


『え……?』


 最悪の目覚めだった。リビングで朝ごはんを食べようと二階の部屋から一階に降りて行った時だ。テレビ画面には「小学生女児誘拐事件」の文字。アナウンサーの無機質な声が部屋中に響く。


『昨日未明、二日日前に行方不明となっていた若宮椿ちゃん十歳が、県境の山奥で発見されました。頭部に激しい暴行の跡があり、死因は脳損傷と推定されています。警察は詳しい調査を急いでおり……』


 ぐわんぐわん、と耳鳴りが頭の中をこだました。はっと母の顔を見る。母はぐすぐすと涙ぐみ、父も眉根を寄せて食い入るようにしてテレビ画面を見つめていた。


『嘘だ……』


 信じたくない。

 あんなに優しくて可愛くて、お兄ちゃんから大切にされている椿ちゃんが、なんで……。


『ゆ、柚葉は……?』


 咄嗟に妹の名前を口にする。


『部屋に引きこもってる……。しばらくはそっとしておいた方がいいわね……』


 食卓が陰鬱とした空気に包まれる。椿ちゃんと仲良しだった柚葉の心中を思うと、やりきれない思いだ。同時に、思い浮かぶのは紛れもなく、妹想いの楓の顔だった。


『楓……!』


 自宅を飛び出して楓の家の門を叩く。けれど、楓はおろかおばさんもおじさんも、誰も出てきてくれなかった。椿ちゃんが発見されたばかりで、若宮家が混乱の最中にあるとようやく思い知る。そもそも家にいなかったんだろう。諦めてその日は私も家でじっとして過ごした。


 お通夜とお葬式の後、楓と顔を合わせたのは、それから一週間後だ。

 まだ椿ちゃんへの追悼の気持ちが全然消えないまま学校に行こうとした。

 その時ちょうど若宮家の門が開かれる。出てきた楓は私を見つけて「あ」と声を上げた。


『おはよう』


 いつも通りの挨拶をした楓を、思わずまじまじと見つめてしまう。


『お、おはよう。この度は、なんと言ったらいいか……』


 大人と同じように、「お悔やみ」の言葉を伝えようとした。けれど、そんな私を楓は手で制した。


『そっから先は言わないでほしい。俺の中で、まだ椿は死んじゃいない』


 はっきりとした口調で告げる楓の言葉を聞いて、はっと息をのんだ。


『そっか……そうだよね。ごめん』


 大切な妹が亡くなったのだ。受け入れられないのは仕方がない。私だってまだ、椿ちゃんがいなくなったことを信じられずにいるのだから。


『いや、そんな顔すんな。ほら、一緒に学校行こうぜ』


『う、うん』


 すっと差し出された手を掴む。

 空元気なのかもしれないけれど、気丈に振る舞う楓の存在がありがたかった。本来なら私が楓を励まさなくちゃいけないのに。楓はどうして、そんなにも強くいられるのだろう。


 結局その後も、楓の態度は変わらなかった。

 一ヶ月が経ち、三ヶ月が経ち、一年が経ち、五年が経った今でも。

 楓は椿ちゃんを亡くしたことなんて微塵も感じさせないくらい、明るくて強い。


「ケーキ屋、この辺かあ?」


 十分ほど歩いたところで、楓がきょろきょろと辺りを見回す。


「あとちょっと。交差点を渡って少し歩いて……あ、ほらあそこ」


 私は、交差点の対角線上にある道に佇む、赤い屋根のお店を指差した。今までそこでケーキを買ったことはないが、ネットで調べて口コミ評価が高かったのだ。楓も、初めて行くケーキ屋らしく、「へえ、あそこか」と物珍しそうにお店を眺めていた。


「もう少しだな! ケーキ買って柚葉の喜ぶ顔見るの、楽しみだろ?」


「うん!」


 喧嘩をすることの多い姉妹だけれど、本心ではちゃんと柚葉のことが好きだ。きっと、大人になったら一緒に出かけたりお互い結婚して子育てをしたり、いろんなところでこれからも関係が続いていく。姉妹だからこそ、将来どんなふうに柚葉と関わるようになるか、楽しみだ。


「早いとこ行っちゃおうぜ」


「信号、赤だよ」


「本当だ、あぶねー」


 額の汗を拭う楓に、やれやれとため息を吐く。

 まったく、私がちゃんと見てないと道路に飛び出して轢かれるところだったんだから。

 前しか見ていない幼馴染に呆れつつ、楓と並んで信号が青に変わるのを待つ。


「おかーさーん、まだあ?」


 その時、ふと隣から小さな女の子の声がした。世界には私と楓の二人きりではなかった。舌足らずな声で手を繋いでいる母親に駄々をこねている様子だ。


「まだ赤信号なの。もう少し待って」


「まーてーなーいー! おなかすいたのぉぉっ」


 いやいやと首を振りながら、母親から握っていた手を振りほどこうとする女の子。母親は「はあ」と子供のわがままに辟易している様子で、眉を顰めた。

 なんか、大変そうだな。

 子育てなんてもちろんしたこともないし、近い将来にする予定もまだないけれど、一目で母親の辛さが分かった。


「あの」


 楓も親子のことを見ていたらしく、女の子の方に近寄って声をかけた。が、その時だ。


 ギイイイイイィィィ!


 赤信号がちょうど青信号に変わった瞬間、聞いたことのない摩擦音が耳をつんざくようにして響いた。


「危ないっ」


 曲がり損ねた車が、女の子の方へと向かってくるのが、スローモーションのように見えた。私と楓は咄嗟に女の子を守ろうと同時に飛び出す。だが、先に女の子の身体を覆ったのは楓の方だった。


 その刹那、身体中を突き抜ける衝撃に、何が起こったのか理解が追いつかない。地面に身体を打ちつけたのは分かった。血が流れる感覚などはなくて、けれど身体が麻痺して動かないことは分かった。女の子は楓が上手く突き飛ばしたのか、母親のそばで倒れている。


 そして、視界の隅で、積もりゆく雪が赤く染まっていくのを見た。

 その上でうずくまる、男の子の姿も。

 鼻を掠める血の匂いに、喉をうっと詰まらせる。

 あれは……。


「楓……っ」


 彼の名前を呟いた途端、視界が真っ白に染まる。記憶の中の自分が意識を失うのと同時に、夢から現実へと引き戻されていくような感覚がした。


 待って。

 まだ、覚めないで!

 楓がどうなったのか。私がどうなったのか。知っているのに、なぜか胸のざわつきが止まらない。


 楓、楓は無事なの!? 


 八十神さんと最初に出会った時、楓は軽傷で済んだと言われたし、実際に再会した楓は元気そうだけど、あんなに血が流れていて軽傷だなんて信じられないっ。

 でもこれは……夢だから。

 現実とは違うところがあっても、おかしくはない。

 もう何が本当で何が嘘なのか、判然としない。

 滲んでいく視界の中で現実を直視したくなくて、目を閉じる。

 白と赤のコントラストが瞼の裏でチカチカと明滅していた。


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