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わたしが死神になった日  作者: 葉方萌生
第三章 きみに好きだと言われた日

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3-4

「お兄さん」


 楓が紡さんに声をかける。紡さんは最初、自分が話しかけられたことに気づかずにぼうっと海の方を見つめていたが、楓が次に「紡さん」と呼ぶと、はたとこちらを振り返った。


「きみは……えっと」


「若宮楓って言います。昨日、クリスマスマーケットでツリーの前にいました。覚えてますか?」


 単刀直入に楓が告げた。紡さんは空虚なまなざしのまま、「ツリー……」とぼやく。なんだか痛々しくて見ていられない。覇気のない言葉尻に、定まらない視線。人は、大切なものを失うとこんなふうになってしまうのかと恐ろしく感じた。


「ああ……思い出した。絃葉(いとは)が声をかけた子か……」


 関西弁のイントネーションで、彼が反応を見せる。


「は、はい、そうです。その……昨日の事故で、彼女さん、亡くなったって聞いて……。この度は何というか、お悔やみ申し上げます」


 楓が深々と頭を下げる。私もつられて同じようにお辞儀をした。

 あのお姉さんの名前、絃葉さんっていうんだ……。

 私の朝葉という名前と似ていて、余計胸がツンとした。


「俺もまだ、現実を受け入れられてないねんけど……お気遣いいただいて、ありがとうございます。……そっちのきみは、彼女さん?」


 どういうわけか、紡さんが私の目に焦点を合わせて問うた。


「え?」


 胸がざわざわとさざなみのように揺れる。痛い。胸が痛い。失ったはずの心臓の音がうるさい。ドックン、ドク、ドクン、と脈が乱れて気持ち悪い。


「お兄さん……私のことが見えるんですか?」


「え? うん、もちろん見えるけど……どうして?」


 ドックン、と一際大きく心臓が跳ねる。最悪だ。分かってはいたけれど、どうして、とういう疑問が拭えない。


「なんで……」


「え?」


「なんで……私のことが見えるんですか?」 


 声が震えた。紡さんの瞳が私に焦点を合わせるたび、胸がざわざわと掻き乱される。昨日、彼には見えていなかったはずなのに。


「え? もちろん見えるけど……どうして?」


 紡さんの無垢な問いに、頭の中で何かが弾けた。絃葉さんの倒れた姿がフラッシュバックする。


「まさか……後追いする気ですか?」


 言葉が勝手に口から零れ落ちる。紡さんの瞳が揺れ、拳がぎゅっと握られる。彼の沈黙が、私の推測を肯定していた。


「そんな……ねえ、本当に?」


 相手が年上であることも忘れて、紡さんの方に詰め寄った。楓が「おい」と私の肩を掴む。私はその手を払いのけた。


「恋人が亡くなったから、あなたも彼女のところへ行こうとしてるんですかっ?」


 声が震えて止まらない。

 誰かに聞かれでもしたら溜まったもんじゃない。けれど、幸いなことに周りの人間に私の姿は見えていない。

 紡さんの両肩を掴んで、ぐらぐらと揺さぶる。その身体が、生気を失ったかのように重くて冷たいことに気づいた。彼は何も反応を示さない。それこそが、私の言葉に肯定していると物語っていた。


「なんで! どうして後追いなんかっ。だめですよ、やめてください。そんなことしたってきっと、絃葉さんは喜ばないっ!」


「朝葉、お前どうしたんだよ。落ち着けって」


 猛り狂う私を、楓がなんとか止めようと割って入る。ほとんど羽交い締めにする勢いで私の身体を抑えつける。痛い。けれど、目の前の彼がこれから消えてしまうかもしれないと知っている心の痛みとは比べ物にならない。


「だって止めないと……! 目の前で死のうとしてる人を、見殺しになんてできないよっ!」


 ありったけの声で叫び散らかす。楓がすんと息をのみ、私の身体から手を離した。

 お願い。ねえ、お願いだから。

 どうか届いて! 死なないで。

 私の姿が見えても、消えなくて済むんだって証明してみせてよ。

 でないと私、私は——。


 楓の瞳がふるりと揺れる。彼を、失いたくない。楓は私を失ってしまったけれど、私は楓に死んでほしくない。わがままだって分かっている。自分勝手で、そんな都合の良いこと起こりっこないって薄々気づいている。けれどもし、何かの間違いで、私がこうして自ら働きかけることで紡さんを死の運命から救うことができるのなら、楓のことだって助けられるんじゃないか。


「ごめんね、朝葉さん」


 ふと、くっきりとした声が降ってきた。紡さんがまっすぐな目で私を射抜くように見つめている。その瞳に光はない。だけど、彼の意思だけはしっかりと宿っているように感じて、私は身体が硬直するのが分かった。


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