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わたしが死神になった日  作者: 葉方萌生
第二章 きみを失いそうになった日

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2-9

「ねえ、もうすぐ花火が始まりそうだよ。港の方に行かない?」


 いつのまにか、鼠色だった空が群青色に変わっていた。花火は「クリスマスファンタジー」の期間、毎日十八時から十五分程度打ち上げられる。だからこの季節になると、どこからともなく聞こえてくる火薬の破裂する音が、クリスマスの風物詩になっていた。


「お、もうそんな時間か。行こう」


 楓がスマホで時間を確認すると、時刻は午後五時四十五分だった。

 フランクフルトを食べ終えた私たちは、二人並んで再度港の方へと歩いていく。途中、キャンドルハウスで見かけたキャンドルホルダーが可愛くて、楓におねだりして買ってもらった。スノーマンが描かれた丸みのあるキャンドルホルダーは両手で持たなければならないほど、ずっしりと重みがあった。


「これ、楓の部屋に飾ってもらえる?」


「俺の部屋? いいけど、朝葉はそれでいいのか? せっかく朝葉にと思って買ったんだけど」


「うん。私は置く場所ないから」


「それもそうかー。分かった、俺んちに置くよ」


 納得してくれたのか、楓はうんと頷いてくれた。その後も楓がキャンドルホルダーを手に持ったまま、二人で花火の見えるところまで歩いた。すでに人だかりができていて、その中に入る勇気はなかった。私たちは少し離れた場所で花火を鑑賞することに。

 幸い雪はまばらになっていた。このまま止むかもしれない。そうしたら花火は綺麗に上がるだろうけれど、私はその花火を見ることができない。なんというか、複雑な状況だった。


「始まるぞ」


 午後六時、花火大会の開始の合図とともに、一筋の光が打ち上げられる。

 ババババン!

 夏にも聞いた花火の開く音がどーんと心臓に響く。最初は不快に感じていた音も、慣れたらどうってことない。まだ少しだけ明るい空に咲いた花火は、これまでに見たどの花火よりも儚く沈んでいくように見えた。


 綺麗なのに変だな……。


 隣で「おお」と感嘆の息を漏らしながら花火を見上げる楓は、今年の夏に二人で夏祭りで花火を見ていたときの表情と同じだ。同じはずなのに、あの時よりもどうしても気になってしまう。

 楓は今、何を考えているんだろうって。

 これが、私と見る最後の花火になるかもしれないって思ってる? もしそうなら、この花火は綺麗なだけじゃないって感じているのかな。


 周りでは「綺麗」とか「すごい!」とか、純粋に花火を楽しむ人の声が散らばっている。私だって、一年前の冬花火を見た時はそうだった。ただ夜空に美しく咲き乱れる光の芸術に目を奪われていた。

 その場にいるみんなが様々な想いを抱えて花火に見入っている。厳かで透明なその時間に、突如それ(・・)は起こった。


 パアアンッと、これまで聞いていた音とは違う爆発音のような凄まじい音が会場に響いたかと思うと、会場にいた人々が一斉に音のする方を向いた。


「え、何!?」


 咄嗟に声を上げたのは私だけではなかった。あっちでもこっちでも、「どうした!」「きゃあっ」と悲鳴が上がる。

 パリィィィンと、楓の手のひらからキャンドルホルダーが滑り落ち、割れた。はっとして、割れたキャンドルホルダーの破片に意識が飛んだ。楓は轟音が鳴った方向を茫然と見つめている。


「うわぁあああああああぁぁ!」


 一際大きな叫び声が上がったかと思うと、地上でバチンと火花が散っているのが見えた。雪が火花を飲み込んでいく。何が起こったのか、瞬時に理解することができない私は、楓の腕にしがみついて震えていた。全身が凍りつくような恐怖に襲われる。楓が咄嗟に私を抱きしめる。彼の腕の中で荒い呼吸を繰り返す。キリリと胃がしめつけられるような感覚に陥った。


「誰か助けてっ」


 衝動的に叫ぶ。私の声が聞こえるのは、楓だけなのに。


「朝葉、あっちだ!」


 身を守らなくては、という防衛本能が働いたのは楓も同じだったらしい。私たちは互いに手を握り合い、花火会場からできるだけ遠くへと駆け抜けた。他の観客たちも、ぞろぞろと後方へ逃げてくる。後ろを振り返って見た光景は、何人かの人間が地面に倒れ込み、悶えている悲惨な姿だ。とても見てはいられなくて目を瞑る。その中に、クリスマスツリーの前で「写真を撮りましょうか」と声をかけてくれたお姉さんの姿が見えて、目が眩んだ。


「消防をっ!!」


 口々に誰かがそう叫ぶ。悲鳴、混沌、足音、耳鳴り。

 会場に響き渡る音は、とてもじゃないがこれから迎える聖なる夜を祝しているものとは思えない。とにかく、逃げなくては——そう思うのに、足がすくんで動かない。


「ここを離れるぞ」


「うん、でも……」


 頭の中で、倒れていた人たちの姿がフラッシュバックする。

 写真のお姉さんは、どうなったんだろう。

 もしかしてフランクフルトのお店の人も、あの中に……?

 ズキンズキン、とこめかみが疼く。吐き気を催して口元を手で覆った。けれど、何も吐き出すものがなく、「おえっ」とえずくだけで精一杯だった。


「朝葉、しっかりしろ! 巻き込まれるぞ!」


 楓が、震えている私の手を握る。そこでようやく気がついた。楓の手も、これ以上ないくらい震えていた。

 私が……私が、楓を守らなければ。

 楓の手をぎゅっと握り返す。

 私たちは二人三脚でクリスマスマーケットの会場から離れた。もともとクリスマスマーケとの入り口の方にたむろしていた人たちも、騒動を知ってどんどん外へと流れていた。

 遠くから消防車のサイレンの音が聞こえる。

 全身に当たっていた雪が、少しずつ少なくなっていく。

 このまま止んでしまう……?

 そう予感した時、ふと雪が止むのを全身が拒否しているのに気づいた。


「やだ、止まないでっ! もうちょっと楓のそばにいさせて!」


 突然狂ったように叫び出した私を見て、楓がぎょっと目を瞬かせる。


「どうした朝葉……?」


 花火の事故で私の頭がおかしくなってしまったと思ったんだろう。心配そうな楓の声がぐわんぐわんと響く。


「このまま雪が止んだら……そしたら楓は……」


 いなくなってしまうかもしれない。

 消防車が来てくれたおかげで、騒ぎは鎮火している様子だった。けれど、このまま楓を置いて昇ってしまえば、二度と楓に会えなくなる——そんな予感がして仕方がない。


「落ち着け朝葉、俺はここにいるぞ。雪が止んで朝葉が昇っちまっても、また雪が降れば会えるだろう?」


 私を安心させるような楓の声。

 違う、違うんだよ。

 私たちは雪が降れば永遠に会い続けられるわけじゃない。楓は、私の未練を昇華するまでは会えると思ってるけれど、そうじゃないんだ。

 真実を伝えたいのに、伝えられない。

 私とあなたの間に残された時間が、そう長くはないということ。


「私は楓と……ずっと一緒にいたいよ」


 楓を救いたいよ。

 だからできるだけ長く、そばにいたいんだ。

 それなのに神様は、意地悪だから。 

 止みかけた雪は、次第にどんどん勢いを弱めていって。

 楓の瞳に映る、憔悴しきった自分の顔を目にした途端、目の前がまたホワイトアウトした。



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