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わたしが死神になった日  作者: 葉方萌生
第二章 きみを失いそうになった日

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2-5


 雪が降っていなければ、ちょうど日が傾いて夕暮れ時の光が、雪道を琥珀色に染めている頃だ。あのキラキラと美しく輝く雪の表面を、私はもう二度と見ることができないのだと思うとちょっぴり切なくなる。

 そんな感傷的な気分は心の奥底に閉じ込めて、幼馴染と久しぶりの「デート」を楽しむべく、一歩足を踏み出した。


「楓はこっちを歩いて」


 私は、当たり前のように道路側を歩く楓の腕を引っ張って、楓を歩道の奥に追いやった。「え、やだよ。道路側は俺が」


「私はもう幽霊だからいいのっ」


 納得していない様子の楓だったけれど、しぶしぶ言うことを聞いてくれた。楓を死の危険から少しでも遠ざけたい。その一心だった。


 雪の降る函館の街を、二人並んで歩く。足音は二人分ちゃんと響いている。でも、私のことが見えない周りの人からすれば、私の足音は聞こえないんだろう。雪の上に残る二人分の足跡に気づく人も、きっといない。人間誰しも関心のないことは見ようとしないものだ。どれだけはっきりと目に見えるものであっても、心が閉じていればそれは見えていないのと同じ。


「ほら、見えてきたぞ」


 隣を歩く楓が前方を指差した。雪景色の中に浮かぶ、赤レンガの建物。吸い込まれるようにして倉庫群の間の道へと進んでいく人々。灯り始めた電飾。目の前に広がる光景は、これまで幾度となく目にしてきたものだ。けれど、毎年新鮮な気分でこの恒例行事に参加することができるのは、やっぱり赤レンガ倉庫と雪、イルミネーションの織りなす幻想的な風景に心奪われるからだろう。


「いつ見ても綺麗だね」


 思わずため息が漏れるほど、港の景色は美しい。

 いや、年々、去年見た同じ風景よりも綺麗だと思っている。それはきっと、自分が成長するのに伴って、美しいと感じる心が育っているからだ。


「ああ、すげえ綺麗。こんな風景、日本中どこを探しても見れないわ」


「ふふ、それは日本中探してから言ったら? でもそれくらい、本当に素敵」


「いやいや、間違いないね。なんてったって、ここにはお前が——朝葉がいるから」


 だろ? といたずらっ子の笑みを浮かべる楓の瞳には、そこかしこに煌めくイルミネーションの光の珠が映り込んでいる。

 今の台詞はどういう……。

 楓に問いただしたい衝動に駆られたけれど、さすがにそんな野暮な質問はできない。ずっと一緒にいるのに私の気持ちに気づかないほど鈍感な楓が、気の利いた口説き文句みたいなことを言ってくるなんて、なんだか信じられない気分だ。いや、楓のことだから単に友達として一緒にいると楽しい、とう意味で言っただけかもしれない。


 彼の発言一つで悶々と考え込んでしまう自分は、完全に恋の病にかかっていた。


「おおっ、今年もでっかいツリーが見えるぞ!」


 赤レンガ倉庫の間の道を進み、突き当たりの海の方まで歩くと、そこには巨大なクリスマスツリーが鎮座していた。毎年見る光景には違いないけれど、その圧倒的な迫力と煌めきに目を奪われる。


「昔俺んちとお前んちの家族で来た時さ、ツリーの点灯式を見たよな」


 楓が細い目をして語りだす。


「うん、見たね。懐かしい」


「特に椿がめちゃくちゃ興奮してた。あいつ、こういう綺麗なとこが大好きだったからな」


 確か、物心がついて初めてやってきたクリスマスマーケットでの出来事だ。楓の言う通り、椿ちゃんがツリーを見てぴょんぴょん飛び跳ねていた記憶がある。私はというと、ツリーの明りがばっと光って、びっくりして尻餅をついたのを思い出す。ちょっぴり恥ずかしい思い出だ。


「あの時さ、朝葉は覚えてないかもしれないけど、俺ちょっと体調が悪かったんだよな。それで、朝葉はずっと『楓は大丈夫?』って泣きそうな顔で聞いてきて。せっかくの楽しいイベントなのに、朝葉に気を遣わせて悪いなって思った記憶がある」


「そうだったっけ」


 とぼけつつも、本当はしっかりとその日のことは覚えていた。ツリーの点灯式の時も、その後屋台を見てまわっている間も、楓は一人青い顔をしていた。椿ちゃんと柚葉は無邪気にはしゃいでいたけれど、私はずっと楓のことが気がかりだった。


「朝葉は基本心配性だしマイナス思考だからな〜。大丈夫かなってちょっと心配になることがあるぞ」


 揶揄うような口ぶりでそう言うが、彼が私のことを本気で案じてくれているのはなんとなく分かった。


「だ、大丈夫って! 私、精神は図太いし」


「そう言うけどさ、実際テストの点数が悪くて凹んだり、体育でバレーの試合で負けて落ち込んだりしてたじゃん」


「うう……そう言われたら何も言い返せない……」


 鋭い指摘を受けて、ぐうの音も出ない。渋い顔をした私を見て、楓は「ごめんごめん」と両手を合わせて謝った。


「でもまあ、朝葉が何事にも前を向いてくれるようになったら嬉しいかな、俺は」


 どうしてか分からない。楓のその言葉が、私の胸をじんわりと湿らせた。

 楓は、私が死んでしまった今もずっと、こうして私のことを考えてくれているんだ。 

 それが嬉しくて切なくて、胸が締め付けられた。


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