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わたしが死神になった日  作者: 葉方萌生
第二章 きみを失いそうになった日

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2-3

 昼休みになると、朝よりは寒さがましになっていた。幸いというのもおかしな話かもしれないが、まだパラパラと雪は降っていた。吹雪いていないのはありがたいことだ。

 それにしても、どこか違和感を覚えるんだよな。

 この感じ、どうしてだろう。

 ぐるりと周りを見回してみる。すると、気づくことがあった。


「桜の木がない……?」


 昇降口の周りをポツポツと桜の木が植えられていたはずなのに、木があるはずの場所には何もなかった。

 私の記憶違いだろうか。

 高校の風景なんて、流れていく日常のほんの一コマでしかない。ここではなくて、別の入り口にあったのかも。


「よう」


 疑問に思いながら昇降口の裏で楓を待っていると、お弁当を食べたばかりの彼がひょっこりと姿を現した。


「待たせてごめん」


「ううん、待ってないよ」


 昼休みになるまで、校内をふらふらと歩き回っていた。校舎の中には入らずに、運動場や体育館を脇から眺め、ピロティ、下駄箱までは覗いてみた。当たり前だけど、私がいなくなった学校は、私がいなくなる前と変わらずいつも通りの日常が流れていた。知らないうちに鼻の奥がツンとしていた。


「朝葉ってご飯は食べるの? お腹空いたりするのか?」


「いや、食べられるけど基本食べないよ。幽霊が食事してたら、食べ物が宙に浮いたりして怖いじゃん。お腹は空くけど、食事しなくても平気だし」


「はは、それもそうか。じゃあ便利な身体だな」


 便利。

 幽体である私をそんなふうに表現するなんて、相変わらず楓は面白い人だ。


「でさー、朝葉。俺考えたんだけど」


 楓の話はいつも唐突だ。コロコロと話題が変わることも多くて、初対面の人間からすれば彼の話に追いつけないことも多々あるだろう。


「朝葉の未練について、ここ三日間ずっと考えてたんだ。それでさ、一番それっぽいのはなんだろうって予想してった。ずばり、妹のことじゃないか?」


「……柚葉のこと?」


 驚いた。楓が私の未練が何かを四六時中考えてくれていたなんて。それに、導き出された結論が妹の柚葉のことだというのは、予想外だ。


「ああ、だってお前はその……死ぬ前に、柚葉の誕生日ケーキを買いに行ったじゃないか。今年受験生だろ。ケーキ、いらないって言われたのに買いに行くぐらいには、妹のこと好きじゃん。俺もよく知ってるけど、朝葉と柚葉、性格は正反対なのに、お互い本当は好きなんだろうなあっていうのが見え見えで。朝葉のことだから、柚葉が心配

で、成仏できないんじゃないかって思った」


 真面目に語り出す楓の言葉を、すんと飲み込む。

 楓の言う通りな部分と、そうでない部分は半分ずつだった。

 確かに私は柚葉のことが心配だ。私と違って気が強くて、それが原因でよく姉妹で喧嘩になることがある。柚葉は優柔不断な私のことを、「お人よしな姉」だと思っている節がある。煮え切らない私の態度に、何度もイライラさせてしまった経験があった。自分の意見をはっきり口にする柚葉のことだから、この先も友達や両親とぶつかることが多いんじゃないかって、気になってはいた。

 だから正解なのだ。

 楓の推理は的を射ている。


 だけど、それが私の未練かと言われればそうではない。第一、私はそもそも未練を抱えて現世に降り立っているわけではないのだから、到底真の答えには辿り着けないのだけれど……。

 もし、私が何かに対して後悔を抱いているのだと言うのであれば、それは——。


「楓、私とその……デートしない?」


 デート、という言葉を楓の前で使ったのは初めてだった。

 あの日、私が命を落とした日だって、デートではなく「二人で出かけようぜ」と楓に言われた。幼馴染だから。今更二人でどこかへ出かけることを“デート”と呼ぶのは仰々しく、また恥ずかしかったのだ。


「デート? なんだよ、改まって。てかさっきの柚葉の話は……」


「柚葉のことは心配だけど、未練じゃない。あの子は私よりずっと強いから。きっとそのうち立ち直ってくれる。って、もう立ち直ってるかもしれないけど」


「いや……それはない」


 楓の表情に翳りが差した。私の家と楓の家は隣同士だから、楓は私が死んだ後のうちの家族のことを、少なからず気にしてくれているようだ。


「……まあ、まだそうだよね。適当なこと言ってごめん」


「朝葉が謝ることじゃねえけど。俺の家族もお前の家族も、みんなすごく落ち込んでた。そりゃそうさ。家族が一人、いなくなっちまったんだからな……」


 しんみりとした口調でそう言う楓の姿を眺めるのは心底胸が痛かった。神様になった私を前にして、楓はわざと明るく振る舞ってくれていたのかもしれない。当たり前のことに今更気づいて反省する。


「とまあ、暗い感じになってごめんな。少なくとも俺や、お前の家族はお前がいなくなって悲しい。でもそれをずっと引きずっちゃだめだと思ってる。まあ、朝葉が柚葉のことをはっきりと未練じゃないって言うなら、違うのかもな。で、さっき言ってたデートのことだけど」


 私の家族や楓自身の現状を語った後、それでもなお、彼は私の気持ちを尊重してくれるようだった。その心遣いが嬉しく、そして切なかった。


「突然デートだなんて、びっくりさせてこちらこそごめんなさい。その、楓と行きたいところがあったなあって思い出して」


「お、おう。そうか」


 改めて口にすると小っ恥ずかしい。お互いに目を合わせたり、逸らしたりを何度か繰り返す。降りゆく雪のおかげ

で、耳や鼻の頭が赤くなるのも、寒さのせいだと言い逃れできるのは救いだった。


「行きたいところってどこ?」


「クリスマスマーケット。覚えてる? 楓と最後に出かけた日にもうすぐクリスマスマーケットが始まるねって話したこと」


「ああ、クリスマスマーケットか。確かに話したな」


 楓の表情が一瞬だけぴくりと曇った。

 最後に一緒に出かけた日——それは、私と楓が事故に遭った日に他ならない。彼の反応にも頷ける。


「うん。今年も当たり前に一緒に行けるんだと思ってたから、やっぱり行かないと寂しい」


 びっくりするぐらい素直な気持ちが口から漏れる。生きている頃は、こんなふうに誰かの前で自分の気持ちを主張するのが苦手だった。特に幼馴染の楓の前では、気恥ずかしくて言えないことも多い。

 でも今は。

 今しかないこの時間を、一秒でも無駄にしたくない私は、今はまだ目の前にいる彼に、できるかぎり向き合いたいと思う。


「俺も、毎年の朝葉との恒例行事ができないってなるとめちゃくちゃ寂しい。だから行こうぜ!」


 私の気持ちを汲み取ってくれた彼は、いつもの太陽みたいな笑顔を浮かべてグッと親指を立てた。


「ありがとう。あ、でも日程が難しいね。私、雪が降る日しか出てこられないし」


「それもそうだな。えっと」


 楓はポケットからスマホを取り出して、天気予報アプリを開いた。


「予報では週末、土日両方雪になってる。とりあえず二十日の土曜日にしない? それで土曜日に雪が降らなかったら、次の日の日曜日ってことで」


「私はそれで大丈夫なんだけど、楓はいいの? 他に何か予定とか」


「大丈夫。朝葉との予定を優先したいし」


 思わぬ嬉しい言葉に、耳がカッと熱くなる。


「どうした朝葉?」


「な、なんでもない!」


 恥ずかしくなってついそっぽを向いた。

 もう、どうしてこういう時だけ勘がいいのよ。

 幼馴染の素直すぎる言葉に、命を失ってもなお、取り乱される。私は結局、楓のことが好きなんだ。楓の言葉、一挙手一投足に、いまだに振り回されている。

 この気持ちはきっと、楓と会えなくなるまで伝えられないんだろうな——……。

 どこかでそう諦めてしまっている。

 ううん、きっと伝えちゃいけないんだ。

 楓が、この世界からいなくなってしまうまでに。


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