令嬢スレイヤー
立ち並ぶ商業ビル、農業ビル、畜産業ビルが並ぶ、海底都市アンダーオキナワのビルの森の中を走るモノレール。
モノレール内は人がさながら押し寿司めいて詰め込まれており、運よく座ることの出来た者以外はいつ群衆雪崩が起きるかヒヤヒヤしながらも、自分は死なないだろうという楽観的確信を持って通勤・通学していた。
子供一人満足に動くことすらできないモノレール車内の一角、連結部分にある令嬢専用席にて一人、肉汁垂れるサンドイッチを食べるセーラー服を着た少女の姿。
一口食らう度にニンニクと玉ねぎの香りがまき散らされ、早朝の通勤一般人の腹を刺激する。ドリンクをストローで吸いこむたびに、喉の渇きを否が応にも刺激される。
さながら嫌がらせに近いものがある。だが、誰も文句を言えない。
何故なら彼女は、令嬢なのだから。
令嬢とは、絶対的力を持つ暴力の権力者。人の姿と言葉を得た、人ならざる怪物の総称。
仮に満員状態のモノレール内で熊がBBQをしたところで、誰が文句をつけられるだろうか。仮にライオンがガーリック香るTボーンステーキを食べていたところで、誰が毒づくことができるだろうか。
令嬢に逆らうことは、即ち死を意味する。彼ら一般人はそれを、DNAの奥底に刻み込まれている。彼らは、いつもならば誰も座らない席に、偶然令嬢が居合わせた己の不幸に嘆くしかないのだ。
彼女がドリンクを全て飲み干した瞬間、外から一筋の光が漏れ出た。
不幸にも窓の外を見ていた一般人が、その光の正体を目撃してしまう。
「なんですかあれは」
「光!?」
「鳥!?」
「いや、違う。あれは……あれはっ……!?」
その光の正体に気付いた男が、咄嗟に身を伏せようとする。
だが思い出してほしい。ここは子供も動けぬ満員電車、令嬢専用席は不可侵状態なので誰も逃げ込めない。そんな中、外の真実に気付いた人間が突如本能的に伏せようとしたらどうなるか。
ショーギ・ドミノだ。雪崩のように人間が積み重なり、つぶし合う。どこかでくぐもった悲鳴が聞こえる。
だがそれもまた比較的幸運であっただろう。モノレールの外を飛ぶ存在に気付かずに済んだのだから。
「アイエエエエエ!!!! 令嬢!? 令嬢ナンデ!?」
特殊加工合金製ドレスのスカートをたなびかせ、背中のジェットパックでハヤブサめいて飛ぶ少女。令嬢を目撃せず済んだのだから。
背嚢ジェットパックから飛び出したマジックハンドが、ブースターの炎で葉巻に火を点火させ、桜色の唇に咥えさせる。人工風にたなびく銀髪の下に覗くオキシデーション・ブラッドめいた目が、対象をロック。
「見つけたぜ、ヤーボヤーボ。山じゃなくて海の底だけどな」
照準を付けるはモノレール。両手に構えるはガトリング・ガン。条例で禁止されている実弾兵装か!?
否、放たれるは無数の令嬢ダガー!! それが矢めいてモノレールを突き刺し、破壊し、血雨を降らせる!!
令嬢ダガーの雨を浴びて無残に破壊されモノレールが止まる。ぼたぼたと令嬢ダガーの刺さった一般人の死体が落ちていく。
否、落とされていく! すし詰め満員電車の内部に少しでもスペースを作るため、死んだ人間をゴミとして外に捨てているのだ!
もはや古の奥ゆかしき思いやりなどは存在しない! 少しでも己の快適さを守る為に、試射の尊厳を踏みにじる事すらいとわない!!
落とされ砕けていく一般人の雪崩を眺めながら、鋼鉄の令嬢は葉巻の火を落とした。
「仇は取ったぜ、スリングショット=サマ……」
「随分と豪快なアイサツだな」
「アイエッ!?」
その声はモノレールからのものではない! 空飛ぶ鋼鉄の令嬢が見上げると、ビルの側面、側窓とサッシの間に両足を付けた、赤黒い令嬢ドレスを身にまとった黒髪の見麗しい少女がそこにはいた。
少女はそのまま大きく跳躍! そのまま横転空中逆さカーテシーで着地し名乗りを上げる!!
「ゴキゲンヨー、トリーズナーです」
「ゴキゲンヨー、トリーズナー=サマ。サンダーボルトです。この鋼鉄の鷹を見下ろすとは、なんたる不敬な!!」
サンダーボルトもまた、なんともワザマエなカーテシーを返す!
カーテシーは令嬢にとって絶対不可侵、決して疎かにしてはならない令嬢礼儀作法。令嬢聖書にもそう記されている。されたら返す、それが礼儀だ。
天空スクリーンから放たれる人工太陽の光が、ビルの森に躍り出た令嬢二人に殺戮ダンスのスポットライトで照らす!!
はたして一日の終わりを迎えるのはどちらか!!
「井の中の蛙大海を知らず、この海底都市で蛙の王様をしていた貴様には良いクスリとなったであろう」
「吠えるではないかトリーズナー=サマ……ならば貴様を青い空の向こう側に送ってやろう!! カクゴー!!」
RATATATATATA!!!!
放たれる令嬢ダガー! だがそれをトリーズナーはイナズマめいた不規則機動で回避!!
そして、死体から抜き取った令嬢ダガーを投げ返す! ジェットパックを操作し回避!!
そして放たれる令嬢ダガー! 投げ返す!! 放たれる!! 投げ返す!! 放たれる!!
ああ、しかして均衡は破られた!! トリーズナーの投げ返した令嬢ダガーがガトリング・ガンに突き刺さる!!
「ヌーンクッ!!」
見事な状況判断! サンダーボルトは二丁のガトリング・ガンをトリーズナーへと投げつける!! トリーズナーは直感的にジャンプ回避!!
瞬間、モーターが焼け切れ爆発!! 内部に装填されていた令嬢ダガーがパイナップル・ボムめいて爆散!!
「ンアー!!」
両腕を咄嗟にクロス防御! 致命傷は回避!! だが刃はトリーズナーの身体を切り裂く!!
そして、顔と首を守るという視界を封じる行為! サンダーボルトはそれを見逃さない!!
「これでトドメだ! アノヨでスリングショット=サマに詫びろ!! トリーズナー=サマ!!」
血中ブドウを令嬢ダガーとして形成! 急降下ジェットパックの勢いでトリーズナーにダガーを突き立てる!!
視界を封じられる時間は一瞬、だがそれで充分! 勝利を確信し、サンダーボルトが微笑む!
だが、しかし……おお、なんたることか! 腕に包まれた目が不敵に歪む!! だがサンダーボルト、これに気付かない!!
「死ねぇ! トリーズナー=サマ!!」
サンダーボルトが心臓めがけてダガーを突く! だがトリーズナーはそれをブリッジ回避!!
「ナニィー!?」
「ハァーッ!!」
「ンアーッ!!」
そのまま勢いを乗せて、サンダーボルトの合金ドレスにサマーソルト・キック!! 装甲がへこみ、サンダーボルトの身体が空中に打ち上げられる!!
大リーグボールめいて回転する身体! ニューロンを集中させサイバネジェットパック起動!!
「アバーッ!!」
勢いを無理やり殺したせいで身体にGがかかり、口から血があふれ出る。
だが体勢は立て直した。制空権を制しているのはこちら側、地の利は天をも含むのだ。
「軽量化しているとはいえ最新のサイバネ合金装甲にヒビを入れるとは、なんたるブドウの持ち主……だが!!」
血中ブドウから令嬢ダガーを生成!! だが、ああ、なんたることか……その刃渡りはダガーというにはあまりにも大きい!! さながら中世の処刑道具、ギロチンめいている!!
それを翼のように構えるサンダーボルト。鋼鉄の鷹の異名は、ジェットパックの起動をサポートする両翼のスタビライザーの事ではない。巨大な羽根のように見える令嬢ダガーの事を指すのだ。
懐に潜り込んだ結果迎撃されたのであれば、懐に潜り込まずなで斬りし続けるのみ。出血多量で動きを封じたところでゆっくり首をカイシャクすればいい。脳内アドレナリンでハイになった知能が冷酷に結論を出す。
だが、しかし……人工投影太陽が、サンダーボルトとを繋ぐ糸をきらりと光らせた!
「なんだ……これアバーッ!!」
突如、羽をもがれた鳥めいて地面へと叩きつけられるサンダーボルト! サイバネ合金装甲ドレスにひびが入る!! 糸の先には、トリーズナーが何かを引っ張る動きをしていた!!
「こっ、これは……これはっ!!」
米軍御用達カーボンワイヤー!!
露骨な宣伝めいた文句がニューロンに刻み浮かび上がらせられる。
あの一瞬の攻防で、身体にワイヤーを突き刺したとでもいうのか! あり得ない、ブドウの天才でもなければ、ハイロード令嬢がブドウを極めでもしなければ、そのようなことは……!!
「ハァーッ!!」
考察思考がトリーズナーの令嬢シャウトにより現実に引き戻される。
ゴム紐に繋げられたテニスボールめいてトリーズナーの方へ引き寄せられるサンダーボルト!! トリーズナーを迎え撃つ令嬢ダガーギロチン!!
だが、自由飛行による急降下襲撃による空の利ではなく、主導権を握るのはトリーズナー!! ギロチンが来ることを読みジャンプ回避!!
「ハァーッ!!」
「ンアーッ!!」
そのままきりもみ回転蹴り!! ボールめいて飛んでいくトリーズナー!! ギロチン令嬢ダガーが手元から離れビルの窓を突き破る!!
引き寄せられるサンダーボルト!!
「ハァーッ!!」
「ンアーッ!!」
殴りかかろうとするも当然回避され、蹴り飛ばされる!
引き寄せられるサンダーボルト!!
「ハァーッ!!」
「ンアーッ!!」
ギロチン・レッグラリアートを仕掛けようとするも当然回避! 蹴り飛ばされる!!
引き寄せられるサンダーボルト!!
「ハァーッ!!」
「ンアーッ!!」
許しを請うように両手をあげる!! 当然無視!! 蹴り飛ばされる!!
引き寄せられるサンダーボルト!!
「ハァーッ!!」
「ンアーッ!!」
引き寄せられるサンダーボルト!!
「ハァーッ!!」
「アバーッ!!」
引き寄せられるサンダーボルト!!
「ハァーッ!!」
「アバーッ!!」
「ハァーッ!!」
「アバーッ!!」
「ハァーッ!!」
「アバーッ!!」
「ハァーッ!!」
「アバーッ!!」
特殊合金装甲ドレスが砕け散る! 鍛え上げたしなやかながら美しい身体が蹴りにより割れる!! 視界が真っ赤に染まる!! 空中が怖い!! 浮遊感が怖い!!
既にサンダーボルトの繊維は喪失していた。彼女にあるのは恐怖。早くこのむごたらしい拷問が終わるよう神に祈るだけ。
ああ、だが悲しいかな。彼女はグレーター令嬢。なまじありふれたレッサー令嬢と違い、耐久性が高い。
そして最後の攻撃。もうこれが続くのは嫌だ。サンダーボルトは令嬢ダガーを生成し、柄をトリーズナーの方に向けて投擲する。
これでカイシャクしてくれ。楽にしてくれ。その意図を組んだのである、トリーズナーは──
それを回避。
「このっ、この血も涙もない外道がああああ!!!!」
「外道を先に働いたのは貴様らだ!! ハァーッ!!」
「あっ、アバーッ!!」
トリーズナーは地面を勢いよく蹴った! ギロチン・飛び蹴り!! 反作用で戻ってきたサンダーボルトの腹に穴をあける。
そのままサマーソルト!! サンダーボルトの身体が縦に裂けた!! 人工太陽に照らされながら、サンダーボルトの血液が飛び散り赤い雨を降らせる!!
「ごっ……ゴキゲンヨー!!」
そのまましめやかに爆発四散!!
「……ふふ、ふははははは……ふはははははは!!」
朝を告げる小鳥が鳴き、血の雨を浴びながらトリーズナーは悪魔めいた笑みを浮かべた。
青少年には決してお見せできないむごたらしい処刑、惨劇。だがこれも、これから始まる魑魅魍魎共の地獄絵図を思えば、ほんの序章に過ぎないのであった。