一人と独り
あなたに見て欲しかった。
あなたに側にいて欲しかった。
あなたに聞いて欲しかった。
「これ以上は無理だよ。もう耐えれない」
耳元から聞こえてくる彼の苦しそうな声。今まで私のやってきたことに耐えていたと、もう限界だと伝えてくるような言葉。
「そんな……なんでもするから! あたなが望むなら、私どんなことでもするから!!」
「そういう問題じゃないんだ! そういう……ことじゃないんだよ……」
「じゃあ、どういうことなの!? なにがいけななかった? もしかしてこの前のデートで少し遅れて行ったこと? それとも昨日渡したお弁当とか?」
彼に拒絶されたくない。必死になにが悪かったか思い出し考える。
化粧が濃いとか?声が少し高すぎるとか?スタイルが残念とか?香水がきついとか?
どこが悪いか考えれば考えるほど、自分のコンプレックスや今まで彼と過ごしてきたことが間違いのように感じてくる。
「だからそういうんじゃなくて!」
私の言葉を遮るように彼は叫ぶ。突然の大声にビクッと体が硬直する。
「もっと自由だと思ったんだよ。気になって、好きになって、告白して、相思相愛って思って、幸せって感じれるようになってこれからもずっとそうなんだなって思ってたんだよ」
「わ、私だってそうだよ。いつまでもあなたと好き同士でいられるって思ってた。いろんなところに行って、時々贅沢にディナーとか行って、でも素朴なものたまには望んでウィンドショッピングとか公園でのんびりしたりして、そんな幸せな時間が続くって思ってた!」
「俺だってそうだよ!」
「ならなんで!!」
わからない。彼はどうして私を拒絶するのだろう。
思い出してみても彼が私に不満そうにしてるところはなく、むしろ一つ一つの笑顔がかけがえなくて、私にかける言葉になにも無理をしているようなものはなくて……
しかし、
「言っただろ耐えれないって……」
彼は耐えれないという言葉しか言わない。
「なにが耐えれないの?私なにを我慢させてたの?」
「……言わなきゃわからないのか?」
「言ってくれなきゃわかろうにもわからないよ……」
そう言ってお互い沈黙してしまう。
なにがいけなかったのだろう…… なにが不安にさせてしまったのだろう。
「お前の……」
「え?」
「お前の一つひとつの行動が重いんだよ……」
「おも……い?」
私の行動?なにかしたのかな?
「お前の俺に対する行動、言動が重いんだよ。よしかかってきすぎて耐えれないんだよ……」
「よしかかるって……どういうこと?」
「何でもかんでも俺のため俺のためってしてきただろ?」
「う、うん。それが?」
彼がいなきゃ私は生きていけない。そう思えるほどに好きで側にいたくて、離れたくなくて…… だから『彼のために』に自分を犠牲にして生きてきた。
「それがだよ。それがきついんだよ……」
「………………」
「俺より頭いいのに、俺と一緒の大学行きたくてランク下げただろ?」
「それは……一緒にいたかったから」
好きで勉強してたわけじゃない。いつのまにか学校内で上位の学力があっただけ。
「保育士が夢だって言ってたのに、試験の日に風邪ひいた俺ためだからって放棄してまて看病してくれただろ」
「試験は一回だけじゃないから。また受けれるから、だからその時はあなたを優先したの」
苦しそうにしてる彼が心配で試験なんかよりも看病したいっていう気持ちが優先しちゃったから。
「就職活動で忙しくて、何社も何社も落ちた俺を支えるためにバイト掛け持ちして俺の生活費恵んでくれただろ」
「大変だろうって思ったから……私はどうでもいいからあなたが心配で……」
もともと仕送りをしてもらっていなかった彼が心配で少しでも支えてあげようと思って。
「それがつらいんだよ!」
「!!」
「お前の……お前の優しが重くて、つらくて、好きなことできないお前の足かせになってるって思って……だからもう終りにしようって話をしたんだよ」
優しさが……重い?足かせになる?
「わ、わたしは……」
「俺のため? 誰が望んだ? 俺は一回も『俺のために』って思ったことはない!」
彼の叫びが心に響く。
携帯を持ってる手が、体が彼の言葉に反応して怖くなって震えてる。
「お前の好きなように生きて欲しいって思った。お互い好きなこと、夢を叶えて一緒にいようって思ってたんだよ」
泣きそうな声で私に話す彼。
「でもお前はそうはさせてくれなかった。俺のためってお前は幸せだっただろうが、それはわがままだよ」
「わがまま……でも」
「でもじゃない! ちょっと自分を軽くしすぎてたんだよ。依存っていうのかな。俺を求めすぎてたんだって……」
求めすぎてた。求めなければ私は私でいられない。そう思ってたから私はいつも彼を求めて、彼の言葉を聞きたくて、彼の温もりを……
「だから別れよ? もう他人になろうぜ?」
温もりが消えてしまう。彼と一緒にいられなくなってしまう。それだけは
「イヤ!イヤイヤイヤ!!」
子供のように駄々をこねる。そんなことしたくはなかったけど、そうしなければ彼は私の方を振り向いてくれない。そんな気がしたから私はイヤと言い続ける。
「イヤイヤイヤイヤ!! 一緒にいてくれなきゃイヤ!! あなたと一緒じゃなきゃ私死んじゃう!私が私じゃなくなる!ねえやめよ? そんな冗談やめよう? 嘘でしょ? あ、今日ってエイプリルフールとかじゃない? そんな嘘ダマされないんだから。もう嘘つくの下手だなー。よし、これから会いに行くから。ねえいまどこ?」
多分壊れてしまったんだろう。彼を求めるあまり心が壊れてしまった。彼無しでいられない。そう思った時から私は壊れて、もう治らなくなってしまったのだろう。
「………………」
「ねえ黙ってないで聞いてる? いまどこかな? あ、家かな。車の音聞こえないし、なんか部屋っぽい感じがする。じゃあ、今から行くね。大丈夫。ちゃんと夕飯の準備もしてあげるし、夜のお供だってしてあげるよ。今夜は寝かせないぞ。キャ。恥ずかしいこと言わせないでよー。でも一緒に寝てあなたの体温感じて、私の体温をあなたは感じて。それだけで私は幸せだから。それ以外なにもいらないから。だからなにかしゃべってよ。お願いだから……お願い……だから……いっ……しょに……いて……よ」
「……ごめん」
ブツッ
悲しみにも似た声。その後に携帯の切れる音が聞こえてきた。
「あ……あぁ……」
ツーツーツーツー
非情にも耳から聞こえてくる通話終了の音。彼の拒絶の音。
その時私は本当に必要とされていなんだと気づいた。彼に私はいらないんだよと言われた気がした。
彼のごめんという言葉がいつまでも耳に残り私は終了した。
想いは幸福で想いは残酷だ。