せっかくヒロインに転生したのに逆ハーが作れない!
「どうしてこんな事になってしまったの…」
簡素な馬車に揺られながら一人こぼした呟きは、誰の耳にも届くことはなかった。
***
私アリスには、5歳の時から前世の記憶があった。
前世の私の最後の記憶は大学生。
とにかくイケメンが大好きで、アイドルやモデル、乙女ゲームといった多様なジャンルでイケメンを満喫していた。
勿論それはリアルな生活でも同じだった。
格好いい男性がいれば透かさず声を掛けたし、SNSで気になった男性を見つければすぐさまメッセージを送る。
友人の彼がイケメンなら奪う事もあった。
勿論それだけの術と容姿があったからこそ出来た事なのだが、そんな私に嫉妬した周りの女友達はどんどんいなくなっていった。
そしてある日の大学の帰り道、後ろから誰かが近づいて来たと思ったら背中に鋭い痛みを覚え、その後意識を失った。
苦しかった事は覚えているが、誰に刺されたのかは分からなかった。
そして次に記憶を取り戻した時には、汚い服を着た少女になっていた。
貧しい家庭に育ち食べる物も満足に貰えなかった私は、肌も髪もボロボロだったが、容姿だけには恵まれていた。
そんな私がこの世界が前世でプレイしていた乙女ゲームの世界だと気付いたのは15歳の時だった。
それからの私の人生はまさにバラ色の様だった。
15歳になった歳にこの世界では珍しい光の魔力に目覚め、実は男爵の子供だった事が分かりゲール男爵家に引き取られる。
男爵家はそれほど裕福ではなかったが、これまでの生活に比べたら天国の様だった。
後はシナリオをこなしていけばいいだけだった。
この世界の元となった乙女ゲームは大人気乙女ゲームなのだが、あまりにシナリオがありきたりで、簡単に好感度が爆上がりするとあって、“チョロゲー”や“クソゲー“と言った酷評が尽きなかった。
しかしそんなゲームがなぜ大人気なのかと言うと、それは作画が最高だからだ。
イラストレーターさんにありがとうメッセージを何度も送った程大好きな作画だった。
攻略対象全員私のタイプで、月に数万課金した事もあるほどだ。
そして各キャラの声優の配役がこれまた最高で、寝る前に声を聞けばホルモンが分泌されて翌日はお肌つやつや間違いなし。
そして、そんな最高イケメンゲームの2周年を記念した大型アップデート後、ついに逆ハーレムルートが追加されたのだ。
逆ハールートの解禁条件は、全キャラ通常ルートのクリアだったが、そんなものはとっくに2巡目も制覇していた。
そしてあと少しで逆ハー完成と言うところで私は死んでしまった。
となれば、前世の無念を晴らすためアリスとして現世で逆ハーを達成するしかない。
むしろそのために神様が転生させてくれたに違いないとさえ思う。
幸いな事に、アリスとしての私の容姿はとても恵まれていた。
その上ゲームの知識がある為、各攻略キャラの攻略法は完璧だ。
一つの懸念は、ゲーム攻略に絶対不可欠な悪役令嬢もまた転生者である可能性だ。
前世で流行っていた悪役令嬢物は大体悪役令嬢が転生者で、ヒロインをぎゃふんするものが多かった。
しかし悪役令嬢のジャクリーヌは高慢だと男爵が言っていた。
転生者である可能性は低そうだ。
そうなれば早速一人、攻略対象を落としに行くとしよう。
私が向かったのは町の外れにある酒場。
寂れた店内は貴族が来るような酒場ではないが、一人明らかに貴族と分かる青年がカウンター席に座っていた。
彼の名はロイク・ジョスパン。
私の一つ年上で、騎士団長の息子である。
ロイクの父親は最年少で騎士団長になり、剣の腕はおろか、人としても皆から慕われる立派な人だった。
そんな父を持つロイクは周りからの期待に押し潰されそうになり、不安を抱えていた。
ゲームでは、そんな彼に寄り添う事で好感度を上げることが出来るのだ。
私はこの酒場のマスターの娘と知り合いで、この日は手伝いに来ているという設定だ。
ロイクの席の隣に座ると、私は言葉巧みに悩みを聞きだした。
そして一言…。
「貴方は貴方よ。父親の様にならなくてもいいじゃない」
私がゲームと同じ言葉を発すればいとも簡単にロイクは落ちた。
そして数か月後、次の攻略対象者モルガン・テリエへの接触に成功した。
真面目な彼は将来について悩んでいた。
宰相の職は世襲制ではないが、次期宰相の名にはモルガンの名が挙がっている。
それを彼は父親が宰相であるが故、自分が選ばれたのではと思っていた。
それならそれでいいではないかとも思うが、彼は真面目で潔癖。
曲がった事が大嫌いなのだ。
「私は貴方の創るこの国を見てみたいわ。きっと素敵に違いない」
またもやゲームと同じ言葉を言えば、簡単に落ちてくれた。
彼は学園入学後王子マリユスとの出会いに欠かせない存在の為、攻略必須だ。
そして学園入学の半年前、私は王宮へと呼び出された。
そして、そこで攻略対象者の一人と出会う。
「初めまして、アリス・ゲール男爵令嬢。私はユーグ・ダンビエ、魔術師団長をしている」
黒地に金の刺繍の入ったローブを纏う男は、今年28歳。
妖艶な雰囲気を纏っていてアリスの好みそのものだった。
彼は一見まともに見えるが、とても変わっている。
その為友人が一人もいない。
今日呼び出されたのは魔力量の確認の為。
いくつかの検査の後私はユーグと二人きりになった。
「僕には昔から友達がいないから、君のように皆に好かれる子が羨ましいよ」
『来たぁ!』そう心の中で叫びながらも、いつも通りゲームのセリフを言う。
「では、私がお友達第一号になってもいいですか?」
その言葉にユーグは目に涙を浮かべて喜んだ。
そして学園への入学を控えたある日、私はある侯爵邸にやって来ていた。
「お待ちしていました。ゲール男爵令嬢」
そう言ってこの邸の主人、イルマシュ侯爵に案内されて一つの部屋の前へやって来ていた。
侯爵が部屋の扉をノックすると中から大きな物音が聞こえた。
慌てて扉を開けるとそこには包帯をぐるぐると巻いた少年がいた。
「出て行け!」
まだ声変わりしたばかりの男の子は、私を見るなり大きな声で叫んだ。
勿論彼が攻略対象なのだが、私は彼が少し苦手だった。
彼は顔がとてもかわいらしく、女の子に間違われる程だ。そんな彼は人気ランキングで常に3位をキープしていた。
勿論私もとてもタイプだったが、彼の性格があまり好みではなかった。
私はどちらかというと好き好きと言われたいタイプなのだが、彼は好きと言って欲しいタイプだ。しかも定期的に言わないと拗ねるから面倒なのだ。
そんな彼はあるトラウマから女性と接する事が出来なくなっていた。
彼は侯爵と使用人の母親との間に生まれた子だった。
しかし母親は彼が6歳の時に病気で亡くなった。
それから侯爵邸で暮らしていたのだが、彼が10歳になる頃にはその容姿が完成していた。
そして彼の義姉と義母に立て続けに襲われる事となり、女性恐怖症になってしまったのだ。
そしてなぜここに私が呼ばれたかと言うと、彼の記憶からトラウマとなった事件の記憶を消すためだ。
光魔法にそんな力があるのか不思議だが、何て言っても乙女ゲーム。
ご都合主義万歳なのである。
私は彼に向かって両手をかざした。
すると辺りは温かい光に包まれる。
暫くすると彼の顔から恐怖と嫌悪の色が消え、柔らかな表情になった。
「貴女の名前は?」
「アリス・ゲールよ」
彼の問いに答えると、彼は嬉しそうに笑った。
「僕はレミ・イルマシュ。アリス、僕と結婚して」
その言葉に私は一瞬怯むが、逆ハーには誰一人として欠かすことは出来ない。
仕方なく私は笑顔で答える。
「ふふ。とても素敵な提案ね」
そして、運命の学園入学の日がやって来た。
攻略対象は残り3人。
二人は入学後学園で出会う。
もう一人は街で出会うのだが、これが厄介なのだ。
彼は謎の商人として街で偶然出会うのだが、彼との出会いイベントにはその他の攻略対象の好感度がMAXでなければならない。
まあ、チョロゲーなのでそれは簡単なのだが、なんせ時間がかかる。
いくつもの学園内でのイベントを熟さなくてはならない。
早く逆ハーを完成させたい私としては非常にもどかしい。
とは言え、逆ハールートを選択してしまった私はイベントを地道にこなすしかないのだ。
「アリス!」
私が悶々と思考を巡らせていると聞きなれた声が聞こえた。
「モルガン様」
声の聞こえた方を見れば、そこにはモルガンがいた。
そして驚く事にその後ろには攻略対象のマリユスと、その婚約者で悪役令嬢のジャクリーヌがいたのだ。
「え…私の知っている出会いイベントと違う…」
「ん?何か言ったかい?」
私の呟きが聞き取れなかったのか、モルガンは首を傾げていた。
「い、いえ。なんでもありません」
私が慌てて答えていると、モルガンの後ろからマリユスが一歩近づいた。
「君が噂の光の魔力の使い手だね?私はマリユス・パドラス。それから婚約者のジャクリーヌ・ポシェットだ」
マリユスが言うとジャクリーヌが礼をした。
その姿はとても美しく、私との違いを見せつけられた様だった。
しかしそんな気持ちもすぐに消え、反対に彼女に憐みの気持ちさえ覚えてしまった。
逆ハー完成後、ジャクリーヌは修道院へ送られる。
惨めに婚約破棄され家からも見捨てられ、全て失ってしまうのだ。
それも自業自得だ。
私に酷い仕打ちをして、私を愛する彼らの逆鱗に触れてしまうのだから。
そんな事を考えながらジャクリーヌを見ていると、彼女が不思議そうな顔をした。
「アリス様?私に何か?」
「いえ。何でもないです」
私はハッとして慌てて答えた。
するとジャクリーヌは怪訝そうな顔をして言った。
「そう。それでしたら人の顔を不躾に見るのは失礼でしてよ」
その言葉に私は拳をそっと握った。
やっぱりジャクリーヌは悪役令嬢だ!!
このままイベントを熟せば簡単に逆ハーエンドまっしぐらだ!
その時はそんな風に思っていたのだ。
「どうして何も起こらないの!?」
私は寮の自室で叫んでいた。
入学して6か月、イベントが一つも起きていない。
ゲームのシナリオ通りに行けば、すでに二つ大きなイベントが起きているはずなのだ。
「やっぱり悪役令嬢が転生者のパターンなのかしら…そうよ、そうとしか思えない」
私は奥歯を噛みしめると、現状を整理するために紙とペンを持って机に向かった。
「まずいわ。とにかく好感度をあげないと。逃したイベント分も取り返さなくちゃ」
翌日、私はマリユスの傍から片時も離れなかった。
寮の食堂の調理場を借りてお弁当も作った。
これで前世では簡単に男を落とせた。
「…すまないがアリス嬢、私は人の作った物を口に入れる事は出来ないんだ」
お弁当を渡した私に向かって、マリユスは申し訳なさそうな顔をした。
「では、代わりに僕が頂いても?」
そう言ってモルガンがお弁当を受け取ると、すぐに平らげてしまった。
「すごくおいしいよ、アリス」
「…そ、そう。それは良かったわ」
私は必死に笑顔を作ると、空になったお弁当箱を片付けた。
結局この日も何の成果も上げる事が出来なかった。
翌日、私はもう一人の攻略対象者に接触してみる事にした。
彼との出会いはもう少し後の予定なのだが、こうなったからには四の五の言ってはいられない。
しかも彼は、このチョロゲーの中でも群を抜いてちょろいのだ。
「ヴィトン先生!」
私はすぐにお目当ての彼を見つけると、声をかけ駆け寄った。
「ヴィトン先生。実は先日の授業で分からない事がありまして…」
そう言って教科書を広げると、彼の顔はみるみるうちに綻んでいく。
落ちた。私はすぐにそう確信した。
彼は化学担当の教師、パトリス・ヴィトン23歳。
彼は大の化学オタクで、もっさりとした髪に分厚い眼鏡をかけた見た目から、学園では生徒達からもバカにされる程だった。
しかし、眼鏡を外して髪を整えれば、忽ちイケメンに大変身なのである。
ゲームでアリスはそんな彼の授業中に質問をする。すると彼の好感度メーターが一気に上昇。
なので、今回授業について質問をする事で彼の好感度を上げられるのではないかと踏んだのだ。
失敗しても好感度を下げる事はないだろうとは思っていたのだが、結果は予想以上にちょろかった。
「有難うございました」
質問を終えた私はパトリスにお辞儀をすると、足早にその場を去った。
これで残りは二人。
マリウスの好感度をMAXにするには、ジャクリーヌにいじめて貰わなければならない。
その為には彼女に嫉妬してもらう必要がある。
結局はマリユスと距離を詰めなければ…しかし本当にジャクリーヌが転生者ならば簡単にいじめては来ないのでは…そんな堂々巡りを繰り返すうち、私は一つの名案を思い付いた。
翌日私はジャクリーヌを呼び出した。
「ジャクリーヌ様、突然呼び出してしまってごめんなさい」
私は俯きがちにジャクリーヌに向かい合った。
そうすれば、周りからは私がジャクリーヌに責められているように見える。
いじめてこないのであれば、いじめられている様に見られればいいのだ。
「いえ。それよりお話というのは何かしら」
「その…私、ジャクリーヌ様の事、とても尊敬しています。だから私、マリユス様の事を諦めようと…でも、マリユス様も私と同じ気落ちだという事が分かって…だから…その…」
私がわざと言い辛そうにしていると、予想通りジャクリーヌが痺れを切らした様に責めてきた。
「それで、何が言いたいのです?マリユス様と愛し合っているから別れろとでも言いたいのですか?」
「そんな…私そんなつもりは…」
高圧的なジャクリーヌの態度に、大袈裟に怯えて見せた。
「では、どういうつもりでお話を?マリユス様からお話があるのならともかく、なぜ貴女にその様な事を言われなくてはならないのです?」
「それは…」
「話があると言ったのは貴女ですわ。言いたい事があるのならはっきり仰って」
ジャクリーヌが私を責め立てていると、何人かの生徒がその様子を遠目から見ていた。
私はそれを確認すると、顔を手で覆い泣いた振りをして駆け出した。
その後、しっかりモルガンに泣き顔を見せジャクリーヌの事を仄めかしておいた。
また翌日、登校したと同時にマリユスとモルガンに早速呼び出された。
案内されたのは空き教室で、そこにはすでにジャクリーヌが腕と足を組んで座っていた。
「お、おはようございます。ジャクリーヌ様。昨日は失礼を致しました」
私はわざと大袈裟に怯えて見せた。
するとジャクリーヌは立ち上がって私の前までやって来た。
「おはようございます。アリス様。私こそ申し訳なかったわ。あんな話を聞かされてつい動揺してしまったの」
「…え、あ、はい。えっと…」
ジャクリーヌの顔はほんのり赤く、目も少し腫れている様に見えた。
「とにかく話をしようか。座って貰えるかな」
マリウスがソファに座るように促し、マリユスとジャクリーヌ、私とモルガンが隣り合って座った。
「アリス嬢。誤解があってはいけないからこの際はっきりさせて貰おう」
そう言ってマリユスは長い足を組んだ。
「私とジャクリーヌは政略結婚ではあるが、その事にお互い納得している。それから私は愛妾を持つ気もない。君がどういった勘違いをしているか分からないが、今後は彼女に誤解を与えるような事はしないで欲しい」
そう言ったマリユスは、今度はモルガンに視線を移した。
「モルガン、君の交友関係についてとやかく言うつもりはないが、一人の人間に執着し、偏った考えを持つ事のないよう気を付ける事だな」
モルガンはマリユスの言葉に黙って頷いた。
モルガンと私は二人で部屋を出ると、黙ったまま廊下を歩く。
ふと立ち止まったモルガンが頭を下げた。
「すまない、アリス。僕が早まってしまったせいで君の印象まで悪くしてしまった。僕からもマリユス殿下にもう一度ちゃんと話しておくよ」
「いえ、モルガンは悪くないわ。悪いのは私よ。ジャクリーヌ様は高慢だという噂を聞いたものだから、殿下の事を思ってつい…でも余計な事をしてしまったみたい」
私は眉をさげ首を傾げて困った様に笑う。
「でもモルガン、ありがとう。貴方がいてくれてよかったわ」
そう言うと私は一人足早に教室へ向かった。
今のできっと、
モルガンの庇護欲がそそられた。
今後もきっと私の見方をしてくれる。
私は別の手段を考えなくては…ジャクリーヌは恐らく同じ転生者。
どうすればよいか…私は思考を巡らせた。
***
その日の放課後、イルマシュ侯爵家に数人の男性が集まっていた。
「殿下がジャクリーヌ嬢に?」
「ああ。アリスの話しではジャクリーヌ嬢は何らかの力を使っているらしい…」
「力?」
「ああ…なんて言っていたか…ああ、そうだ“テンセイシャ”とかいう力だ」
「テンセイシャ…?」
「初めて聞く言葉だな…ダンビエ魔術師団長殿はご存じか?」
ロイクの問いかけにユーグは首を傾げた。
「いや、そのような力は聞いた事がない。しかしアリスがそう言うのなら間違いないのだろう」
「とにかくこのままでは殿下が危険なのでは?」
「そうだな、とにかくジャクリーヌ嬢を何とかしなければ…」
集まっていた男たちはアリスに攻略された5人。
モルガンから昨日と今日の出来事について報告を受け、急遽緊急会議が開かれた。
「ねえ、僕に良い考えがあるよ」
そう言い出したのレミだった。
「ジャクリーヌ嬢がいなくなればアリスは喜ぶんでしょう?それなら消しちゃえばいいんだよ」
さも簡単な事の様な口ぶりでレミは言って見せた。
そんな大胆な提案に4人は顔を見合わせた。
皆最初は困惑の顔をしていたが、最終的にレミの提案に同意した。
「アリスが喜ぶのなら…」
そうしてその日は解散した。
それから一週間後、王宮内は騒がしかった。
「昨晩何者かがポシェット侯爵邸へ侵入し、ジャクリーヌ嬢が誘拐された」
その報告を受けたマリユスは思いの他冷静だった。
そしてその視線は同室にいたモルガンへ向けられた。
モルガンは平静を装ってはいるものの、マリユスの目を直視出来ないでいた。
「…モルガン、君はとても優秀だ。君を失うのはこの国にとって痛手だろう。しかし、悪事を見逃がすことは出来ないよ」
突然言われた言葉に、さすがにモルガンは動揺を見せた。
その頃イルマシュ侯爵邸では、他の攻略対象者とアリスが地下へと向かっていた。
***
「本当にジャクリーヌ様を誘拐したの?バレたらみんなまずいんじゃない?」
私はロイクからジャクリーヌを誘拐したと報告を受け、レミの家にやって来ていた。
「大丈夫。アリスは何も心配しなくていいよ。君に害が及ぶことはないから」
「そう?ならいいけど」
パトリスの言葉に安心して足取りが軽くなった私は、地下へと続く階段を駆け下りた。
階段を降り切った私は地下にあった一つの扉の前で立ち止まった。
「ここかしら」
そっと扉を開けると、そこには項垂れて壁にもたれる女の姿があった。
「きゃっ。嘘。本当にジャクリーヌ様がいた」
私はなんだか嬉しくてジャクリーヌに駆け寄った。
「きゃはは。酷い恰好。ごめんなさいね。こんなのシナリオにはなかった事なのだけど、最初にシナリオを変えたのは貴女だし、悪く思わないでね」
私は彼女の髪を掴み上げ顔を覗こうとした時、掴んだ髪がひょいっと抜けてしまった。
「きゃ!なに!?」
掴んだ髪はカツラだった様で、短く切りそろえられた本来の髪が現れた。
「え!あなた誰!?」
私の叫び声に慌てて走って来た男達も、その姿を見て驚いた。
ジャクリーヌだと思っていた女性は、背格好や顔の雰囲気はジャクリーヌに似ているものの、まるっきり別人だった。
そしてその直後、慌ただしい靴音が地下へと近づいて来た。
男たちは私を庇うように立ち、ロイクとレミは剣を抜き、ユーグは詠唱を唱えだした。
パトリスは丸腰で拳を構えた。
「素敵。これぞヒロインだわ」
皆が私を庇う場面を見て感動して、この場にカメラがない事を悔やんだ。
「ここにあと二人いたら完璧なんだけどなあ」
私は残り二人の攻略対象者がここにいない事を残念に思いながら、この場面を忘れない為にしっかりと四人の背中を見ていた。
しかし四人はあっという間に押し寄せた騎士に捕まり、後ろ手に縛られ連行されていった。
そして私も両端を騎士に抱えられながら連行されそうになったので、叫んだ。
「私は関係ないわ。あの人たちが勝手にした事よ。私は何も知らなかったの!」
力いっぱい叫ぶも、引きずられるように連れていかれた。
後から聞けば、ジャクリーヌだと思って誘拐された女性は実は囮で、女性騎士だと言う。
事前に五人の計画を知ったマリユスの指示で、ジャクリーヌに変装していたと言う。
後日六人の刑が決まった。
ジャクリーヌの誘拐を企てた五人は一旦投獄された。その後各自処罰を受ける。
私は計画こそ知らなかったものの、犯行を誘発したとして修道院送りになった。
***
「そんな。私は光魔法の使い手ですよ。マリユス様、どうか修道院だけは…」
泣き叫ぶ私にマリユスは冷ややかな目を向けた。
「修道院送りは随分憂慮した結果だ。毎日修道院で国民の幸せを願うんだ。それが君の償いになる」
「そんな。私は何も悪くないじゃない!私が何したって言うのよ!このクソが!」
ついにぶち切れた私を尚も冷めた目で見るマリユスが兵士に合図を送ると、馬車の扉が閉められた。
「所詮乙女ゲームはゲームでしかない。思い通りになる人生なんて存在しないんだ」
直後呟かれたマリユスの声が私の耳に届くことはなかった。
***
酒は怖い。
俺はフリーランスのイラストレーターだった。
ある日友人と酒を飲んだ帰り道、酔った俺は橋から落ちて死んだ。
気が付けば、自分が作画を担当した乙女ゲームの世界に転生していた。
最初は夢かと思ったが、時機に状況を受け入れた。
俺はメイン攻略キャラのマリユスに転生していた。
マリユスはヒロインと結ばれるために婚約者を断罪する。
何て酷い男だと思いながら描いたイラスト案は悉く却下された。
仕方なく綺麗系イケメンに描き上げ、ようやく採用された。
ヒロインは感情移入しやすいようにと顔はぼかされた。
だから俺は王子に捨てられるかわいそうな悪役令嬢を、俺好みの女に仕上げた。
だから仕方がないのだ。
目の前にいる彼女、悪役令嬢のジャクリーヌが超絶俺の好みだという事は。
これだけの美貌ならば、多少の我儘はかわいく感じるし、なんなら嫉妬してくれるなんて最高でしかない。
しかし嫉妬させてしまえば彼女は断罪ルートまっしぐら。
それだけはどうにか阻止したい。
だから学園入学後はとにかくアリスと距離をとった。
おまけに彼女も明らかに転生者。
モルガンは俺にアリスを近づけたがっていたが、のらりくらりとかわしていた。
しかしある日、モルガンからジャクリーヌがアリスを苛めていたと聞いた。
俺は急いでジャクリーヌに事情を聴きに行くと、とんでもない事を聞かされた。
それは俺がアリスに対し、好意を口にしたと言う内容だった。
いや、あり得ない。そもそもアリスはタイプではない。
それどころか確実に彼女は逆ハールートを狙っている。そんなビッチな女は嫌だ。
「ジャクリーヌ、俺は彼女の事は何とも思っていない。誓うよ。俺は生涯君だけだと」
ジャクリーヌを安心させたい一心で必死に気持ちを説明する俺は、甘い言葉の一つも浮かばず、あたふたしていた。
しかしそんな締まらない俺を見たジャクリーヌは、目に涙を浮かべながら笑った。
その時俺は前世を含め、初めて恋に落ちた。
その後アリスに攻略された攻略キャラ達が、ジャクリーヌの殺害計画を立てていることを知り警戒していた。
正直モルガンはこちらの世界に来て初めて出来た信頼できる友人で、本当ならば犯行を止めたかった。
しかし彼はかなりアリスに心酔していて危険な状態だった。
これを機に目を覚まさせる事が出来れば、とも思っていた。
他の攻略キャラも同様、乙女ゲームというシナリオに囚われてしまっただけで、本来は優秀で優しい青年達だ。
今回の関係者の報告書を読みながら考え込んでいると、ドアがノックされた。
返事をすると一人の男が部屋へ入って来た。
「やあ、レオン。もう国へ帰るのかい?」
「ああ。この国にも俺の運命の女性がいなかったからね」
「はは。もう諦めてレジアド国王の決めた相手と一緒になったらどうだ?」
レオンの本名はレオポルド・レアンドロ。彼は隣国レジアドの王弟だ。
運命の女性を探すため身分を偽って商人として街で暮らしていた。
当然の事のように彼も攻略対象者の一人。
「嫌だよ。兄上が決めた相手なんて。俺は本当に好きになった女性と結婚したいんだ」
「うーん。案外それが運命だったりするんじゃない?」
俺がジャクリーヌを思い浮かべながら言えば、レオンは半目で睨みつける。
「ふん。余裕だな。好きな女と結婚出来るんだから、お前はいいよな」
そんなレオンに俺は「まあね」と笑った。
***
「お尻が痛い…」
王都を発ってから何時間経ったのだろうか。
一度も休憩することなく馬車はひたすら走る。
窓の外を見れば周りは山だらけ。王都からは随分離れた事が分かる。
日が落ちかけた時、ようやく馬車が止まった。
馬車の扉を開く音が聞こえ、すっかり固まってしまった腰を解しながら立ちあがった。
そして開いたドアに目を向けると、そこにはモルガンが立っていた。
最後に見た時より随分痩せていて、うっすらと髭も生えていた。
「え…モルガン!?もしかして助けに来てくれたの?」
私は嬉しくてついモルガンに抱き着いた。
そしてその瞬間、腹部に覚えのある痛みが走った。
「…え…モル…ガ…」
私はすぐに状況を察した。
慌てて助けを呼ぼうとするが、それを遮るようにもう一度腹部に痛みが走る。
込み上げてきた何かを口から吐き出す。
それは真っ赤な血液だった。
「助け…て…モルガ…やめ…」
やっとの思いで絞り出した声は自分で思うより小さな声だった。
腹部が燃えるように熱い。何も考える事が出来ないくらいに意識が朦朧としだした。
「理沙、今度こそ来世で一緒になろう。次の来世では浮気なんてしたら駄目だよ。そしたらまた理沙を殺さなくちゃいけなくなるからね」
理沙…そうだ、私の前世の名前…。
どうしてモルガンが…しかしもう何も考える事が出来ない。
体中が熱い、だるい、眠い…。
ああ、私はどこで間違ってしまったのだろう…。
お読み頂き有難うございます。