魔法使いのぬいぐるみ
「よし、これで完成っと」
私はたった今完成したばかりの熊のぬいぐるみを一周見回してほつれや汚れがないか確認した。特に問題もなさそうだ。このまま包装してしまおう。
「君はどんな人のところに行くんだろうねぇ」
包装しながらぬいぐるみに話しかける。私は駆け出しのぬいぐるみ作家だ。ぬいぐるみ好きが高じてハンドメイドをしており、インターネットに載せていた。そのうちにぬいぐるみが欲しいという人が現れ、少しずつ販売をするようになった。ぬいぐるみに話しかけてしまうのは昔からの癖だ。
「幸せになるんだよ」
包装を終え、願いを込めて抱きしめて最後のお別れをする。
ぬいぐるみに話しかけたり、お別れをするのはぬいぐるみにも命が宿っていると考えているからだ。私がそう思うようになったのは子供の頃のある出来事がきっかけである。
3,4歳の頃、私は街中で迷子になってしまった。街は人で溢れかえっており、その人混みのせいで母とはぐれてしまった。
「お母さーん、どこ行ったのー!!」
泣きながら探し回る。しかし、母は見つからない。たくさんの大人たちに囲まれている状況が更に恐怖を強くしていった。途中で声をかけてくれた人もいたかもしれない。しかし、そんな声は耳に入らないほど怖かったし、混乱していた。
「痛っ!」
きょろきょろと辺りを見回しながら走っていたため、前にいた人にぶつかって転んでしまった。
「大丈夫?」
転んだ私のことを助けようとしてくれた人を見て、私は魔法使いが現れたんだと思った。
その人は黒いマントのようなものを着ていた。風に靡くマントと綺麗な顔立ちからまさに絵本の中の魔法使いのようであった。
「お姉さん誰?」
「お姉さんか。一応これでもお兄さんなんだけどね」
苦笑しながら答えたその声は顔と同じく中性的で、子供には判別が難しいものだった。
「うーん。迷子なのかな? お母さんはいる?」
「お母さん……。お母さんはどこ? おかあさぁぁあん!! うわああん!!」
お兄さんからお母さんの行方を聞かれ、私は迷子になってしまったことを思い出し、泣き出してしまった。
「あ、あ。ごめんごめん。どうしよう。飴食べるかな?」
「うわああん。いらないー!!」
お兄さんが差し出してくれた飴を私は全力で振り払った。
大人になって思い返してみると、傍から見ると誘拐犯だと間違われてもおかしくない状況であっただろう。
「よし、じゃあこれ見て」
「え?」
突然、お兄さんの声が変わった気がした。泣いていた私もそれに驚いて泣き止みお兄さんを見上げた。
その時、本当にお兄さんが魔法使いなのだと思った。キラキラしていて、魔法にかかったみたい。
「君にお友達を紹介しよう」
そしてお兄さんはどこからともなく私の目の前に熊のぬいぐるみを差し出した。
『やぁ、こんにちわ。どうして泣いているのかな?』
「わあ! 喋った!」
『君が悲しそうな顔をしているから元気を出して欲しくて会いに来ちゃった。何か困っているのかな?』
熊の表情は泣いている私を気遣うかのようだった。
「お母さんいなくなっちゃったの。どこに行ったか知ってる?」
『そうなんだ……。それは寂しいね。じゃあ僕も一緒に探してあげるよ!』
「ほんとに!」
『うん。だから泣かないで』
そう言って熊のぬいぐるみは私の涙を拭ってくれた。
『お歌を歌いながら探そうか』
熊のぬいぐるみは歌を歌い始めたが、所々調子はずれなところがある。
「熊さんのお歌変。私が歌ってあげる」
『う、嘘……。そんなに変かな』
「うん、お手本教えてあげるね」
熊のぬいぐるみはしょんぼりと落ち込んでいる様子だったが、私が歌い始めると調子をできるだけ合わせるように、時々変な部分はあったけど、一緒に歌ってくれた。
そんな風にして街を歩いているうちにお母さんを見つけて……。
子供の頃の記憶だから、この後は曖昧でよく覚えていない。でも、迷子になった私はきっと魔法使いさんに会って、喋るぬいぐるみと一緒にお母さんを探したんだって信じている。
昔のことを思い出しながらぼんやり作ったぬいぐるみを眺めていると部屋の扉がノックされた音が聞こえ、お母さんが入ってきた。
「そろそろご飯だけど。ってまたぬいぐるみ作ってたの?」
「そう。結構可愛く出てきてると思わない?」
「本当ね。上手に作るわね」
お母さんができたぬいぐるみをしげしげと見ながら褒めてくれる。
「あ、そういえばお母さんは覚えてる? 私が小さい頃に迷子になって魔法使いみたいな人に助けてもらったこと」
「なにそれ……? あー、そんなこともあったわね。誘拐されたのかと思って本当怖かったのよね」
「誘拐?」
「そうよ。知らない男の人に連れてかれたのかと思って。結局はぬいぐるみを使ってあやしてくれてただけだったんだけど。演劇とかの勉強をしてる大学生の子だったかしら。腹話術もできるからあんたすごく喜んでたらしいけど。その後から魔法使いだぬいぐるみだってよく言うようになったわよね」
「そ、そんなぁ……」
お母さんの話を聞きながら、私は子供の頃の夢を打ち砕かれた気持ちになった。
「ま、そんなことよりご飯冷めちゃうから早く来なさいね」
「はーい」
なんだかやる気も元気もなくなり、机に突っ伏してお母さんに返事をした。
でも、例え真実がそんなありきたりなものだとしても、私はこのぬいぐるみが誰かを元気づけてくれるようなものになるって信じてる。
そんな願いを込めながら私は最後のリボンを結んだ。
終わり