8 気になる報酬
場所を移して、豪華な造りの部屋で、サーフたちはお茶をしていた。
香り高い紅茶に、彩りも楽しい茶菓子。メイルは1人ご機嫌だ。小一時間前にあんなに食ってただろうがと、ベールは、呆れた顔をしている。
「それで、娘を蝕んでいたのは邪竜だったのか?」
「あーはい。わたしは500年前の邪竜って見たことはないんですけど、あれは竜の魔力ですね。元は青竜かなぁ?かなり瘴気が濃かったので、ほとんど元の魔力は感じられ無かったですねー」
「史実でも、邪竜は堕ちた青竜だと言われている。奢りが高く、神々に牙を剥き、禁忌を犯し、邪竜に堕とされたと」
サーフの静かな言葉に、メイルはうんうんと頷く。
「あー。俺って凄いだろー、こんなことも出来るんだぜ!感がプンプン感じられる魔力でした。一度は誰しも通る道ですが、500年もあのままって、ある意味すごいですね」
「誰しも通る?」
「はいー、魔力がある生き物は力がついてくると、魔力がこう、爆発的に増える時期があるんですけど。その時に俺スゲェ感が高まっちゃうんですよ。感情が魔力に引っ張られるというか。ただの生理現象なんですけど。あの竜は、そこから戻ってこれなかったんじゃないかなぁ?俺スゲェと勘違いしたまま、禁忌を犯し、邪竜に堕とされたと」
伝説の邪竜が、痛い思春期の子ども扱い。サーフが魔力の高まる時期などあるのかという思いを込めてジグを見てみると、自身に思い当たることがあるのか、ジグは顔を赤らめ俯いている。
「ま、まぁ、その、邪竜が勘違い野郎だとしてもだ。あの強大な邪竜が、ジャイロ王家を恨み、今後もジャイロ王国を狙ってくるのだろう?何か対抗する手立てはあるのか?」
ベールの言葉に、メイルはコテンと首を傾げる。
「あんまり強そうじゃないですよ?来たら倒せば良いのでは?」
「強いです、間違いなく強いです!あんな見たことない呪詛!邪竜の一端の呪詛ですらあの恐ろしい魔力量ですよ?騎士団と魔術士隊の総出でかかっても倒せるかどうか!」
ジグが真っ青な顔で声を上げる。
「あのですね!メイル様の強さは規格外です!いったいどれほどの鍛錬を積んだら、魔術式を手で摘むとか出来るんですか?」
「100年ぐらい?いや、80年目ぐらいには出来る様になったよ?」
「おい、メイル。お前まだ17歳だろ?なんでちょいちょい単位のおかしい年が出るんだよ。大英雄も500年生きたけど体感的には1000年ぐらい生きてるとかよ」
ベールは疑問を口にする。意味が分からずそのまま流してきたが、やはり辻褄が合わない。
「ああそれは、時空魔術を使ってるから」
「時空魔術?」
サーフが目をキラリと光らせる。時空魔術は大魔術士アーノルド・ガスターが編み出したと言われる魔術だが、どういう魔術かは全く伝えられていない。魔術界の中では、時空魔術は永遠の謎、解かれるべき難題、眉唾物の御伽噺と意見は割れている。解き明かすものがいれば、巨万の富と栄誉が得られるとも。それをこの年端もいかぬ少女が使えると言うのか。
「面白い。メイル。時空魔術とは何だ」
サーフが問うと、メイルはうーんと唸った。
「ざっくり言えば時間と空間に影響を与える魔術ですかねぇ。色々ありますよ。まずはさっきの結界魔術。空間に影響を与える魔術です。結界のこちらとあちらを分けるという、空間に作用する魔術ですね。その応用がこの収納魔術」
一旦言葉を切って、メイルはテーブルの上を見る。
「集めろ」
テーブルの上の茶菓子が、メイルの元に集まる。それをメイルが収納魔術で別空間にしまう。
「取り出し」
メイルが言葉とともに茶菓子を収納魔術から出した。
サーフ達の目には、茶菓子が突然一箇所に集まり、消え、そしてあらわれたように見えた。王宮魔術士のジグは、一心不乱にメイルの言葉を書きとっている。
「今、何をした?」
震える声で問うサーフに、メイルは答える。
「空間に魔力を加えてお茶菓子を集めて、しまって、出しました!遠くにあるお茶菓子を取りたい時に便利ですよー」
違う。
そんな呑気な答えが欲しくて聞いたわけじゃないのに、なんなんだ、コイツは。
サーフは頭を抱える。どうやらとんでもなく規格外の魔術士に出会えたようだが、その実感が湧かない。何故だ。
「それでー、体感的には100年っていうのは、ある一定空間を外の空間と別の時間の流れにするっていうことです。例えば…」
メイルは紅茶を蒸らす時間を図るための砂時計を手に取る。
「時間操作」
メイルが砂時計をひっくり返すと、砂がゆっくりとスローモーションのように落ちていく。砂の一粒一粒が具に見えた。
「砂時計の中はゆっくりと時間が流れるように魔術式を組んでいます。外と中の時間の流れが違うのです」
サーフは震える手で砂時計を持ち上げた。愛用の品だ。何か仕掛けがあるようにも見えない。
ジグは食い入るように砂時計を見ている。目が血走っていて怖い。
「まあ、あくまで感覚がゆっくり感じるだけですが。代謝は変わりませんので時間操作の中にいてもお腹も減らないし眠くもなりません」
なので、ひたすら中で修行するのだと、メイルは死んだような目で言った。
「食べもせず、休みもなく、ひたすら10年とか修行ですよー。一食一食がいかに大事かが分かりますよ」
うめくようなメイルの言葉に、一同は少しだけ同情した。
「そ、それではメイル様は、何年ぐらい修行なさったのでしょうか?」
ジグが聞くと、メイルはお茶を飲みながら、「100年からは数えてません。面倒で」と答えた。
「見た目10代、中身は100歳以上か」
「ババアとか言ったら私、帰りますから」
サーフの呟きに、メイルはギリっと睨みつけた。国王にタメ口&その態度は十分不敬で処罰対象だが、邪竜に対する大事な対抗手段だ。咎める事は出来ない。
「それでメイル。邪竜の討伐を受けてくれるのか?」
「はあー。一応師匠の遺言ですので」
「褒美は何を望む?金か?地位か?領地か?」
サーフの言葉に、一同はゴクリと唾を飲み込んだ。この規格外の魔術士は、何を対価に求めるのか。国の覇権も実力で奪えるほどの少女は…。
「えー?別に何もいらないですよ。遺言ですしねぇ。師匠の尻拭いって、私のライフワークみたいなもんですから、ははは。それに普段は山暮らしなんで、お金も使いませんし、地位とか領地とか貰っても使い途ないし、あっ!」
メイルの顔がぴかーっと明るくなる。
「今日お昼ご飯を食べた、椋鳥の巣みたいな、安くて美味しいお店の情報が欲しいです!あと、いつでもご飯食べに来ても良いように、ジャイロ王国へ無料の入国権も欲しいっ!」
実はメイルがジャイロ王国に入国する際、ジャイロ王国の国民ではないため入国料を取られた。入国のたびにお金を取られるのは地味に痛い。
「美味しいお店の情報…?」
「無料の入国権?」
なんだその貧乏学生みたいな願いは。一同は顔を見合わせる。本気なのか?いや、本気の目だぞアレは、とアイコンタクトで話す。
「あー、メイル。邪竜の討伐だぞ?あの大英雄でさえ、生涯成しえなかった、難しい仕事だ。その対価に、そんなチンケな報酬はなぁ…」
ベールが遠慮がちに言う。あまりに高い褒賞を求められても困るが、あまりに安過ぎても困る。邪竜の討伐の危険性と困難さを理解していないのかもしれない。
「生涯なしえなかったんじゃなくて、面倒でやらなかったんですよ」
メイルはシラっとした顔で語った。アーノルド・ガスターの遺言の全容とその性格を。
一同は話を聞き、色々な感情が込み上げてきて困った。まず分かったことは、メイルは悪くないということと、大英雄はアレだということだけだ。
グッタリ椅子に座り込み、各々頭を抱える。何だか叫びだしたいような、何もしたくないような、複雑な気持ちになった。
「なんかすみません、うちの師匠が。そういうわけで、邪竜の討伐はそれ程大変な仕事ってわけでもなさそうなので、あまり褒賞とか気にしないでください。あと、邪竜の魔力探査を掛けてみたんですが、どこに潜り込んでいるのか探し出せないんです。しばらくこの国に留まって、邪竜が出てきた時に倒そうかなーと思いますので、安い宿も教えてください」
冒険者ギルドで日銭を稼ぎながら待てば良いかとメイルは思っている。どこか空き地があれば、自宅を収納魔術でとりだせるのだが。王都に誰の所有でもない空き地などなさそうだ。かといって王都から離れた場所に自宅を置いたら、通うのが面倒だ。
「お前、謙虚にも程があるだろう…」
サーフはぐりぐりコメカミを揉みながら、うめいた。
「とりあえず、今日は王宮に泊まれ。お前の処遇については、ちょっと考えさせろ。アリィシャとお腹の子のためにも王宮に留まって貰った方が良さそうだ」
「宿代はいくらですか?高いとちょっと連泊はムリ…」
「誰がとるかっー!!」
その日一番のサーフの怒鳴り声が、王宮に響いた。




