52 大魔術士の遺産の研究
新たに大魔術士隊に着任した補佐官たちは、大変良い働きをしている。
名目上は上司である文官のエリックやロンを補佐しつつ上手に扱き使い、仕事をみるみる片付けるばかりか、エリックとロンもきっちり教育している。
これまで他部署の文官や騎士や魔術士たちに舐められていたエリックとロンであったが、そのお陰で大分強かになったし、こちらの要望を通すのも上手くなった。
短期間で目に見える成長だったが、補佐官たちの指導が良かったというよりも、他部署の者たちに負けて帰った時の補佐官からのお説教の方がえげつなかったので、死に物狂いで成果をもぎ取って来るようになっただけだ。他部署の文官の圧力や嫌味が可愛く感じるぐらい、補佐官たちのお説教はえぐい。確実にエリックとロンの心を折りにきていた。
そういうわけで、大魔術士隊の仕事は着々と熟されるようになり。仕事が進むようになったエリックとロンはほっとしたし、メイルたちも魔術により打ち込める環境が整って、皆、補佐官たちには感謝をしていた。ある一点、彼らの困った趣味を除けば。
「ふぅむ。やはりこの32番手記からすると、アーノルド・ガスターの一番の好物は、水牛のチーズに違いないですねぇ」
「何を言うか、レイド。一番の好物は48番手記の黒鳥の燻製だ。見ろ、ここに2カ月連続で酒のつまみにして楽しんだとあるじゃないか!」
「いやいや、ゴダ卿。それは目新しさに続けて食べただけに過ぎない。やはり14番手記にあった王道の炎蛇のから揚げが……」
「ボーダ卿。それを言うなら22番手記にある大角兎のパテではないか。毎朝食したとあるのだぞ」
レイド、ゴダ卿、ボーダ卿、ビルズ卿が、白熱した議論を交わしているのは、アーノルド・ガスターの一番の好物は何かということだ。真剣な顔で、むしろ仕事よりも熱心に語り合っている。
彼らがこうしてアーノルド・ガスターの同好の士として語り合うのは、休憩時間や仕事終わりなので誰も咎める事はしないのだが。傍から見るといい年したオッサンたちが子どもの様にキラキラした目でどうでもいいことを語り合う姿は、大変鬱陶しいものだった。
「うむぅ。埒があかない! やはりここはメイル様に判断して頂くのが一番じゃ!」
そして漏れなく巻き込まれるメイル。なにせ彼女は大魔術師アーノルド・ガスターの唯一の弟子である。彼女以上にかの大英雄を知る者はいないのだから、根ほり葉ほりと色々な事を聞きたくなる心境も分からないではないのだが、巻き込まれるメイルとして大迷惑であった。
「ええー。師匠の一番の好物なんて知りませんよー。飽きっぽいし悪食だから何でも食べてたし」
醒めた目で4人の補佐官たちにそう告げるが、そんなことで引き下がる彼らではなかった。
「いえいえ。そうはいってもやはり大好物はあるでしょう?水牛のチーズとか」
「むう! ずるいぞ、レイド! メイル様、黒鳥の燻製ですよね!」
「炎蛇のから揚げ!」
「大角兎のパテ!」
補佐官たちに詰め寄られ、メイルは苦し紛れに視線を泳がせる。
「はぁ……。そういえば可愛い女性が作ってくれたりお勧めしてくれたものの方が、断然旨いってよく言ってましたねー」
「「「「可愛い女性……!」」」」
メイルの適当な言葉に、補佐官たちは慌てて手記を読みだす。ちなみに、彼らはアーノルド・ガスターが各地に残したと言われる手記を収集しており、それぞれに番号を振って内容を研究し尽くしている。メイルが持っていた師匠の手記も、魔術や研究に関係ないものは全て彼らに寄贈した。誰がどう読んでもどうでもいい落書帳だったのに、メイルが引くぐらい喜ばれた。
「た、確かに。水牛のチーズは宿屋で働く女性が故郷の家族が贈ってくれたものを分けて貰ったとありますね! 」
「黒鳥の燻製は行きつけの食堂の、看板娘のお勧めだな! 」
「炎蛇のから揚げは、当時口説いていた未亡人の得意料理! 」
「大角兎のパテは、冒険者ギルドの受付嬢がギルド内の食堂で勧めた一品だ!」
大発見だといわんばかりに喜ぶ補佐官たちをよそに、メイルは自分の適当に言ったことが当たっていたことに驚いていた。いや、たいして驚く事ではないか。あの惚れっぽい師匠のことだ。十分に予想できたことなのだから。
「どうでしょう、皆様。アーノルド・ガスターの一番の好物は『タイプの女性のお勧め、又は手作り料理』との結論でよろしいですか?」
「「「異議なし!」」」
しばし検討していた補佐官たちは、レイドの言葉に重々しく頷いた。その言葉を受けて、レイドが紙になにやら書きつけている。たぶん、アーノルド・ガスターについてまとめている研究資料だろう。あんなに真面目な顔をしているのに、本気で『タイプの女性のお勧め、又は手作り料理』なんて書いているのかと思うと、メイルはなんだか残念な気持ちになった。
「そ、それでは。今日も残りの時間は、別室にて鑑賞会にしようかと思いますが、いかがでしょうか?」
「「「……異議なし」」」
レイドが遠慮がちな声で、こそこそと提案をする。残りの補佐官たちも、メイルに気を遣いながら、嬉しそうな顔で賛同した。
いそいそと別室へ移動する補佐官たちを、メイルは呆れた目で見送った。彼らがこそこそと行動しているのは、メイルを気遣っているからだ。彼らは今日もあの『箱入りエロ本』もとい、アーノルド・ガスターの立体映像を見に行くのだろう。
「別に私に気を遣わないで堂々と見に行けばいいのにね」
希少な立体映像の魔術が使用されているが内容が全力でくだらないという、扱いに困るが一応国宝としてジャイロ王国の宝物庫に仕舞われていた『箱入りエロ本』だったが。レイドを筆頭とする補佐官たちの必死の懇願で、国王サーフは彼らに研究資料として下げ渡すことにしたようだ。一応、サーフからメイルに『許可してもいいか』と聞かれたが、メイルにとっては要らないゴミなので、快く『どうぞ』と答えた。
それ以来、補佐官たちは飽きもせずに毎日、あの立体映像を鑑賞しているのだ。メイルがあの立体映像に怒り、魔力を漏らした経緯を知っているので、メイルを気遣ってコソコソしているようだ。
一度、メイルは補佐官たちが立体映像を鑑賞している所を見かけたのだが。彼らはアーノルド・ガスターの立体映像に感激し、喋る声に涙を流して喜んでいた。かと思えばアーノルド・ガスターが語る言葉を逐一漏らさず書き写し、内容について議論し始めた。
誰もが立体映像の魔術の方に価値を感じる中、内容の方に興味があるなんて、アーノルド・ガスター同好の士たちはやっぱり変わっているなとメイルは思った。オッサンのどうでもいい妄想武勇伝(弟子たち評)を研究するなんて、物好きにもほどがある。
「まあ、人の趣味にケチをつけるつもりはないけどねぇ」
メイルだって趣味といえば魔術だが、例えば『人体には害はないが、ものすごく臭いにおいを出す魔術』などというくだらない魔術でも、あれば調べたいと思うし使ってみたくなる。未知の魔術の探求は、魔術師にとっては性分なのだ。
それでもやっぱり『アーノルド・ガスターの同好の士』たちのことは理解できないと、メイルは溜息をつくのだった。




