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6 王様の登場!

 メイルがフルーツタルトを食べ終え、コーヒーを飲み終わったころ、ベールは手紙を読み終えた。顔を両手に埋め、ため息をつく。


 ここはどうしたの?の聞くべきだろうが、聞いたら負け、逃げ出せなくなりそうな気がして、メイルはそっと店員を呼び、会計を済ませた。あとは帰るだけだ。


「話を聞けって言ってんだろうが」


 両手に顔を埋めたまま、ベールは低い声で唸る。


「いやー、私、忙しいから。今から冒険者ギルドに戻って、報酬と素材を売ったお金を受け取らなきゃいけないし」


「ギルドに行くのは後回しにしろ。先に一緒に来てもらいたいところがある」


「今日泊まる宿も決まってないし。昨日遅くに王都に着いたから、宿が高級宿か低級宿しか空いてなくて酷い目にあったし」


「そこは迷わず高級宿を選べ。女1人で何かあったらどうするんだ。…いや、宿がないなら俺の家に泊めてやる」


「え?タダ?」


「当たり前だ!」


「後から宿代の請求とかしません?」


「しねぇよ!」


 なんとベールはメイルの飲み食いした代金まで払ってくれた。女性に払わすなど貴族の恥だと言い切った。見かけによらず紳士的な男である。


 ベールの後をついて行くと、なんと王宮に向かっている様だ。


「俺には子どもが2人いる。息子のカート、娘のアリィシャ。娘は俺に似ず、美人でな。1年前に嫁いだ」


 歩きながら、ベールは語り始めた。


「その娘が、最近子を孕った。息子はまだ結婚していないから、俺にとっては初めての孫だ」


「ふーん。おめでたい話だね」


 歩幅の大きいベールに合わせ、メイルはほとんど走る様に付いていく。途中で気付いたベールが、ペースを落としてくれた。


「それがあんまりめでたくねぇんだ。子を孕ってから、娘は毎晩夢を見るようになった」


「夢?」


「生まれたばかりの我が子が奪われ、目の前で大きな黒い竜に食べられる夢だ」


「……」


「一晩だけなら子を産む不安からたまたま悪い夢を見ちまったと慰めも出来るが、毎晩だ。毎晩続いている。娘は今じゃあ満足にメシも喉を通らない。夜も眠れない」


「……」


「国一番と言われる王宮魔術士に診せたが、娘の腹の子に、強力な呪詛が掛かっているとしか分からねぇ。俺は何も出来ねえ。何が騎士団長だ!苦しむ娘一人、助けることもできねぇんだ!」


 ギリギリとベールは拳を握る。全身に怒りが溢れていた。何も出来ない自分を責めているように見えた。


 2人は王宮の前に立っていた。昨日メイルが門前払いをされた、その門の前に。昨日の兵士が、驚いた顔でこちらを見ている。


「娘はこの国の王の元に嫁いだ。アリィシャ・シーズ・ジャイロ。この国の王妃だ」



◇◇◇



 昨日もアリィシャはうなされていた。

 短い睡眠の中、ようやく寝付いたと思ったら、か細い悲鳴をあげて飛び起きた。

 気丈なアリィシャが、夫であるサーフの胸に縋りつき、子を助けてくれと泣きじゃくっていた。偉大なジャイロ王国の王であり、生まれてくる子の父であるサーフは何も出来なかった。泣き縋る妻に、ただの夢だ、何も心配することはない、俺が守ると繰り返すことしか出来なかった。


 一体何が起こっているのか。数ヶ月前、アリィシャから恥ずかしそうに、でも誇らしそうに子を孕ったと告げられた時は、幸せの絶頂にいたはずなのに。


 本来なら、今頃はアリィシャと子の使う産着や玩具などを相談しながら揃える楽しい時期のはずだった。王の第一子、男児なら世継ぎだ。国内外からも気の早い祝いの品など届いている。もちろん我が子の使うものだから、吟味を重ねて選ぶつもりだった。


 だが、アリィシャの状態があまりに悪すぎた。毎晩うなされて、食事も取れない。幸いにもまだ赤子の発育には影響が出ていないようだが、か細い妻がますます痩せ細っていくのを、サーフは何も出来ずに見守る事しか出来ないのだ。今は政務の手が空けば、できる限りアリィシャに付き添っている。アリィシャの母ティアナにも、特別に王宮に留まってもらい、アリィシャの側に付き添ってもらっている。


 全く集中できずに政務をこなしていると、侍従より緊急の謁見の申込があると告げられた。相手はアリィシャの父で騎士団長のベール・ガイドレックだった。


 彼は確か鉱山の青大蜘蛛(ブルースパイダー)の確認に行っているはずだ。騎士団長という重鎮に関わらず、すぐに自分で行動してしまう。もう少し部下に仕事を振れと言っているのだが、現場第一のベールは聞きやしない。


「よい、通せ」


 侍従に許可を出すと、何やら困惑した顔をしている。侍従の珍しい様子に、サーフは不思議に思った。


「陛下、失礼いたします」


 許可をするとすぐに、ベールが執務室にやってきた。しかも、連れがいた。長い銀髪に青い目の、小綺麗な顔をした少女だ。丈の長い白のローブを羽織っている。


「陛下、会っていただきたい者がいます」


 ベールが深々と頭を下げる。隣の少女はポカンと突っ立ったままだ。


「この者はメイル。アーノルド・ガスターの弟子です」


 アーノルド・ガスター。サーフも勿論知っている名前だった。ジャイロ王国の危機を救った大英雄。ジャイロ王国の王を助力し、邪竜を討伐した国の大恩人。ただし、500年前の。


「ベール…なんの冗談だ」


 苛立ちを隠さず、サーフは義理の父と詐欺師であろう女を睨んだ。騎士団長ともあろうものが、こんな大昔の大魔術士の弟子を騙る阿呆みたいな詐欺師に騙されて、まんまと王と謁見させた。これが他の貴族に漏れでもしたら、ガイドレック家の瑕疵となり、ひいては王妃の瑕疵となる。アリィシャが万全でない状況で、ガイドレック家に間違いがあれば、王妃に相応しくないと引き摺り下ろされるかもしれないのだ。


「陛下、まずはこちらをご覧ください」


 ベールはサーフの鋭い視線を受けても怯みもせず、手紙を差し出した。少女は物珍しそうに部屋を見回しているだけだ。


「なんだ?…これは!」


 見慣れた印章に、サーフは目を見開いた。先先代の頃まで使われていた印章だ。先先代時代に大きな災害があり、神殿からの信託があって穢れを払うために印章を作り替えたと聞いている。今でも古い書類などにはこの印章が押されているので、よく目にしていた。


 手紙を読み進める内に、サーフは顔が青ざめていった。500年前に存在した邪竜。巷では御伽噺のように語られるその話は、王家にとっては紛れもない史実だ。時の王マルクシュタインが盟友アーノルド・ガスターとともに邪竜を討ち取った、そう言われているが、本当は討たれてはいない。封じただけなのだ。そしてマルクシュタインは亡くなる寸前にそのことを次の王である息子に伝え、邪竜の封印はジャイロ王国の中でも限られたものしか知らぬ事実。


 ベールが持ってきた手紙は間違いなくマルクシュタインの筆跡だった。そして印章もジャイロ王家特有の魔力を帯びている。本物だ。


 サーフは目の前にぼーっと立っている少女に目を向けた。相手が王だとわかっても、特に畏まることもない。その態度は史実に語られる、誰にも膝をつくことがなかったアーノルド・ガスターを思わせた。


「…メイルとか言ったか。アーノルド・ガスターの弟子というのは本当か」


「ええ、まあ、そうですね」


 非常に嫌そうな顔で、メイルは答える。一応弟子を名乗っているが、人に改めて聞かれると嫌な気持ちになる。アレの弟子とか恥ずかしい。


「アーノルド・ガスター殿は、存命なのか?」


 まさか500年前の人物が生きているとは信じられないが、一応サーフは聞いてみた。もしかしたら知らぬところでアーノルド・ガスターに師事したものが脈々と今まで続いてきたのかもしれない。

 しかし少女の返答は、サーフの期待したものではなかった。


「あー。一昨日亡くなりました」


「生きてたのか?」


「生きてましたね。もう大分原型を留めない形で。私が拾われた頃から霞がかってましたので、いつ消えてもおかしくなかったんですけど、一昨日とうとう消えました」


「500年前の英雄だぞ?」


「実年齢は500歳ぐらいでしょうけど、体感的には1000年ぐらい生きてたんじゃないですかね?」


 サーフは少女が何を言っているのか分からなかった。ベールも訝しげな顔をしている。


「あなたはこの国の王様ですか?」


 少女に問われ、サーフは瞠目する。王かと尋ねられたのは初めてだ。サーフの顔と名を知らずに謁見する者はいない。怒るべきかと思ったが、目の前の女の飄々とした様子に毒気を抜かれ、サーフは気まずげに咳払いをした。


「ああ、余はジャイロ王国の国王、サーフ・アジス・ジャイロだ」


「へーっ、本当に魔力が強い聖を帯びている。珍しいー。素でそれって凄いですねー」


 目をすがめる様にして、少女はサーフを見つめる。


「なるほどー。これで邪竜を封じてたんだー」


 完全に素材を見る目だ。王家への敬意は微塵も感じない。


「おいメイル!不敬だぞ!」


 ベールが慌てて制する。メイルははーいと軽く返事して視線を外した。


 サーフは戸惑っていた。王族として生まれ、敬われるのが当たり前の人生だったので、メイルの態度はひどく戸惑うものだったが、特に不快には感じなかった。それよりも邪竜だ。もしかしてアリィシャが見る夢と関係があるのか。


「メイル。この手紙にある邪竜が復活したらどうなる?」


「師匠が言うには、封印が解けるのは封じてから500年後のはずだったんですが、師匠が見に行った時には封印場所はもぬけの殻だったそうです。早めに解けちゃったんですかねぇ。完全復活するにはジャイロ王国の10歳以下の子どもの血肉を食べる必要があるそうです。10歳以上だと聖なる力が強くなるから逆に封印が強まるそうです。まあ、復活したら、500年も封じられていた憂さ晴らしに人間を襲うんじゃないですか」


 どこまでも軽いメイルの言葉。それも史実に語られるアーノルド・ガスターを思わせた。どんな時も動じず、飄々としていたという彼の大魔術士に。


「今我がジャイロ王国に10歳以下の子どもはいない。今度生まれる余の子以外」


「あー、だから狙われてるんですね」


「余の子が邪竜に狙われているのか?」


「はぁー。多分。見てみないことにはなんともー」


 なんとも気の抜ける少女だ。敬意も敵意も気負いも緊張も見受けられない。ただ流されるまま行動しているようだ。ここでサーフがアリィシャとの面談を受け入れても断っても、どっちでも良さそうだった。


「いいだろう、アリィシャとの面談を許そう」


 気がつけば、サーフはそう口にしていた。








 







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