48 人員不足
「ほぉう。事前に報告を受けてはいたが、恐ろしい量だな」
サーフはこめかみに青筋を浮かべて、口元をひくつかせた。
サーフの目の前には、整然と並べられた書類がある。見やすく分類されているが、いかんせん、量が多い。書類だけで小山になっていた。
「これでも厳選した方なんですよ? レポートの中には全く役に立ちそうにないものも多くて」
以前、無意識にメイルが発動させ、弟子たちがその仕組みを解明した『逆さまになって本を読む魔術』も、きちんとレポートが出来ていた。使い道がないだろうと初めはレポートに纏めるつもりはなかったようだが、せっかく仕組みが分かったのだから書き留めておこうという事になったらしい。更にそこから改良を加え、より少ない魔力で安定性を強固にした魔術に昇華したらしいが、弟子たちは最後まで『何に使えばいいんだろう?』と悩んでいた。
また、メイルがミルドとのデートの際に披露した、『両手両足に魔術を仕込む方法』は、4魔術士団長たちに非常に好評だった。あの、いつも取り澄ましている魔術士団長たちが、競ってレポートを読んでいたぐらいだ。発声なしに魔術を発動する方法は画期的なのだが、人気の理由は『秘密兵器っぽくて格好いい』から、らしい。理屈ではなく、『なんか格好いい』のは、男子心を大いにくすぐるのかもしれない。
山のような報告書の中から、何気に手に取った一つにパラパラと目を通して、サーフは固まる。それほど厚みはないのに、実現するなら恐ろしいほど有益な新技術が気軽に書かれていた。次に手に取った報告書にも、その次にも。
「ミルド……。これを余にどうせよというのだ」
げんなりしたサーフに、ミルドが微笑む。
「『魔術の恩恵は世界に返せ』だそうですよ、陛下」
「なんだ、それは」
「伝説の大魔術士、アーノルド・ガスターが残した言葉です。『魔術士は全ての魔術の探求者。日々怠るなかれ。その恩恵は世界より受けし実りの果実。魔術の恩恵は世界に返せ』。メイル様も弟子たちも、その教えを忠実に守り、この成果を世界に返したいと切望しておられます。その一助となれるのなら、我が国の誉れといえるのではないでしょうか」
真摯に訴えかけるミルドに、サーフは胡乱な目を向けた。
「つまり、研究と開発は好き勝手にするが、その結果、出来たものはどうにかしろということか?」
「ははは。陛下。淑女の願いをストレートに口にするのはどうかと思いますよ?」
「何が淑女だ。研究バカの世間知らずどもが、面倒事を押し付けてきただけであろう」
「身も蓋もありませんねぇ。どうしてこんなに情緒のない事を仰るのか。私の育て方がいけなかったのでしょうか」
悩ましげに首を振る宰相に、サーフは青筋を立てる。
「お前なんぞに育てられた覚えはないわ」
サーフはハーッと深いため息を吐いた。色々悪態はついているが、これらの成果は勿論、ジャイロ王国に恵みをもたらしてくれるものだ。施政者として、他国に流すなどありえない事だと理解はしているのだが。メイルがジャイロ王国に来てから、全く気の休まる暇がない。いや、妻子の命の恩人だと感謝はしているし、ジャイロ王国を守ろうと奮闘してくれるのは有り難いのだが、それにしたってもう少し規格内におさまってくれてもいいじゃないか。
「今、大魔術士隊に付けている文官は2人だったな。その2人で捌けるのか?」
「……あの2人は、若くセンスもあり体力もありますが、いささか経験が足りないかと。数年は仕込まねばこれらを扱うのは難しいでしょうね。あっという間に取り込まれますよ」
優秀ではあるが、エリックとロンでは圧倒的に経験と貫禄が足りない。そもそもの身分も男爵家と平民だ。目ざとくずる賢い高位貴族相手に、立ち回れというのが無理だろう。
「これらを捌けるぐらいの熟練した文官なぁ……」
ミルドがサーフにこの段階で声を掛けたということは、手元に相応しい人材がいないということなのだろう。今つけている文官2名も、元々あった部署を(ミルドが)潰して用意したのだ。
「少数精鋭で熟していたのが仇となったな」
「無能を無駄に雇うのは性に合いませんので」
ニコリと穏やかに微笑むミルドに、サーフは口角を上げる。ミルド率いる宰相部は能力主義を徹底している。身分やコネや賄賂で人を雇う事は国庫の無駄と言い切る男だ。部下たちの能力が高いお陰で、最小の人数で仕事が回るのだろうが、不測の事態には対応しきれないという事か。
ふと、サーフは違和感を持った。ミルド程の男が、たかが数人の文官を用意できないなど、あるのだろうか。今はまだ平時であるが、国の危急ともなれば人手はいくらあっても足りない。この切れ者が、それを想定せずに人事を行うとは思えないのだが。
「おい、ミルド。本当にお前の元から回せる人材はおらんのか?」
「いませんね」
キッパリと断言するミルドに、サーフはますます不信が増した。ミルドとは長い付き合いだ。返事の早さに、いつもとは違った思惑を感じた。
「いくら少数精鋭とはいえ、お前にそんな抜かりがあるはずがない」
「他の仕事であればもちろん余裕はございます。ですが、メイル様のお側で働かせるのあれば、相応しいとはいえません。今つけている文官2名も、別部署に飛ばしたいぐらいです」
微笑んでいるのに全く笑っていない目で、ミルドは言い切る。
「メイルに付けている文官2名は、身分が低いとはいえ優秀なのだろう? なぜ……」
ミルドの表情を見ている内に、サーフは唐突に悟った。そして、思わず半眼になった。
「ミルド。メイルに付ける文官の条件はどうなっている? 優秀で信頼のできるという以外に、妙な条件をつけてはおらんだろうな? 例えば、若くて独身の者は不可だとか……」
「それは必要不可欠な条件です。メイル様に不埒な真似をするような者は排除せねば」
堂々と認めた宰相に、サーフは頭を抱えた。よもやこの男の悋気が人手不足を招いているとは。
「あの山猿に懸想するのはお前ぐらいだ。即刻、条件を緩めて文官を手配しろ!」
「何を仰います、陛下。陛下のタイプからは外れているかもしれませんが、メイル様の魅力は計り知れない程の破壊力があります。メイル様をお守りするためにも、条件を緩める事などできません」
「万が一、不埒な真似をしようという輩がいても、メイル程の魔術士が自分の身を守れない筈がなかろう。余計な事をしないで、さっさと文官を選出しろ」
「はっはっは。嫌ですね」
穏やかに、朗らかに笑うミルドだが、長い付き合いのサーフには分かっていた。この男、一片も妥協する気がないと。
「お前のいう条件の文官など、どこの部署も離したがらないわ!」
「宰相部の者も条件に合う部下は、どうにも動かし難く。我が王に頼らざるを得ませんねぇ」
飄々と言ってのけるミルドに、サーフは青筋を立てる。こんな時だけ、王として扱いやがって。
だが結局、サーフが折れるしかないのだ。滅多にない敏腕宰相の願いだ。主であるサーフが叶えないはずがないと、ミルドも分かっているのだ。
「よかろう、ミルド。お前の望み通りの者をやろう。だが、お前の条件を呑んだ俺の人選に、文句をつけるでないぞ」
「御意」
後に。サーフの選んだ大魔術士隊の文官たちに、今度はミルドが額に青筋を浮かべることになるのだが。
サーフとの約束通り、ミルドは渋々と新たな部下を受け入れたのであった。




