47 うたたね
ちょっと書いてて小っ恥ずかしかったです。
そして適当な設定です。
どうしてこうなった。
ソファの端っこで身体をカチカチに硬直させ、エリックはそう思った。
寒さが増す中、久しぶりにポカポカと弱い陽光が気持ちいいぐらいの良い気候だ。
昨日も多分、夜更かしをしたのだろう。
少し重めの昼食だった。腹が一杯になればその気持ちは分かる。分かるが。
エリックはそっと視線を自分の膝に向けた。
何度見ても、幻では無い。
メイルが、エリックの膝を枕に、スヤスヤと眠っている。
長く銀の髪は柔らかな光沢を放っている。美しい青の瞳は閉じられていて分からないが、まつ毛が長く、頬は滑らか、整った顔立ち。化粧気はないのにぷるりと赤い唇。
左膝に感じるのは、ややうつ伏せのメイルの柔らかな身体だ。どこが膝に当たっているのか考えては行けない。幼い顔立ちに似合わず大きくて物凄く柔らかいものが膝に当たっているようだが、それが何かは絶対に考えてはいけない。
初めはメイルも起きていた。魔力ポーションの成分を表にまとめる作業をエリックとしていたのだが、並んでお互い調べ物をしている間にウトウトしはじめ、コテンとエリックの肩にメイルの頭が乗った。そして起こす間も無く、メイルの頭がエリックの身体を滑り落ち、膝に乗ったのだ。
決して、メイルからいい匂いがして起こすのが勿体無いとか、柔らかな身体が気持ちよさそうだとか不埒なことを考え、起こすのを躊躇ったわけではない。うん、少しだけ、ほんの少しだけしか躊躇っていない。
スヤスヤと膝の上で熟睡するメイル。長い髪がエリックの手に落ちる。ふわふわと柔らかく、滑らかで気持ち良い。これはずっと触ってられる。
「おいエリック。ここの数字、どこの資料が根拠なん……だ……」
ノック無しにドアを開けたロンが、資料片手にノックも無しに部屋にズカズカ入ってきて、言葉途中でピシリと固まった。エリックは突然の事に動揺し、メイルが起きてしまうかもと咄嗟にメイルの頭を宥めるように撫でてしまった。
「お、お前っ!」
驚愕するロンに、更に動揺し、エリックはメイルの髪を撫でる。うん、触り心地は抜群だ。
エリックの動揺を正確に読み取ったロンが、書類を放り出して駆け寄ってきた。伊達に長年、彼の相棒を務めていない。女性の髪を撫でるなどと、普段なら絶対やらない行動を取っている奥手な相棒は、現在、死ぬほどパニックになっているのだ。
「バカ、いい加減に正気に戻れっ!なんでこんな状況なんだっ!」
「うぅ、メイル様と調べ物をしていたら、うたた寝をされて……。最初は肩に頭が乗って、滑り落ちて膝に。全然起きないし、いい匂いで綺麗で髪の毛サラサラで気持ち良くて膝に柔らかいものが当たっている、そしていい匂いだ」
メイルの頭を撫でる手を止めず、エリックは泣きそうな顔で事情を説明する。ロンは目を片手で覆って一瞬空を仰いだが、すぐに立ち直った。
「バカっ! すぐに起こせ!」
「あ、うん、め、メイル様〜」
力無く声を掛け、肩を揺すって起こそうとした。しかしメイルは本当に疲れているのか、もぞもぞと動きはするが、起きる気配はない。
普段からメイルのオーバーワーク気味な生活を知っているだけに、折角寝ているのなら寝かせてあげたいと言う気持ちになってしまう。幸い、ソファは寝るのには十分な大きさだ。
「起こすのがかわいそうだ……」
ロンが呆れてメイルを起こそうとするが、やはりその寝顔に手が止まってしまう。
「毛布持ってくるか?」
「あぁ、今日は少し暖かいとはいえ、風邪をひくといけないし」
サラサラの髪を撫でながらジッとメイルを見つめ、エリックは頷く。可愛い寝顔だ。いくら見ていても飽きない。
「お前、あんまメイル様に触るなよ。殺されるぞ?」
ロンに注意される。誰に、などと敢えて分かりきっている事は口にしない。
エリックも後からバレた時の恐ろしさは感じているのだが、メイルの髪があまりにサラサラフワフワで、手が離せずにいた。極上の動物の毛皮も、こんな肌触りなのだろうか。
「あぁ、うん。でもこの髪、触り心地良くて止められない」
「へぇ?どれどれ」
ロンが興味を持って、メイルの髪に手を伸ばす。
その手が髪に触れる寸前、ガシリと掴まれた。
「何をしている?」
気配など感じなかった。2人ともメイルに注視していたが、部屋に入ってきてこんな近くに寄るまで気づかないなんて、ありえるのだろうか?
ブリザードの方がまだ暖かく感じるような冷ややかな声に、エリックとロンは本能的に危険を感じた。
「寝ている女性にベタベタ触るなど、何を考えているのですか?」
普段の自分を棚に上げて、ミルドは微笑む。
笑っているのに恐ろしいほどの殺気を感じる。終わったと、エリックとロンは悟った。短い人生だった。
「うん……?」
ふと身じろぎして、メイルが起き上がった。とろんと寝ぼけた顔のまま、キョロキョロと辺りを見回す。
ミルドの殺気が霧散した。今を逃すと死ぬと、すかさずエリックは立ち上がり、ソファから距離を取る。入れ替わりにミルドがソファに座り、遠慮がちにメイルに声を掛けた。
「メイル様、ここで休まれては風邪を…」
「んー」
パタリ。今度はミルドの膝に頭を乗せ、メイルはこてんと寝てしまった。反射的に、ミルドはメイルの頭を撫でる。髪を梳くように撫でると、メイルの顔が気持ち良さそうに緩んだ。
「ん……。やっぱりミルドさんがいい。魔力も匂いも撫で方も落ち着く……」
しばらくモゾモゾしていたが、再びすうすうと寝入ってしまった。
「………」
「あ。俺、毛布持ってきますね」
「ロン、ついでにクッションも。あの体勢、長くなるとミルド様も辛いかもしれないから」
「分かった」
ロンがパタパタ駆け出して行き、エリックはニコリと微笑んだ。
「ミルド様。お茶をご用意しますので、暫くご休憩なさってください」
「………分かりました」
エリックの言葉に、ミルドは頷く。お茶の準備をするため、部屋の外に出たエリックは、自然と顔が綻ぶのを感じた。
メイルが自分の膝よりミルドの膝の上の方が落ち着いた顔で寝ていたのに、何故か安堵を覚えたのもあるのだが。
何より、顔を真っ赤にするミルドという、世にも珍しいものを見て、どこかくすぐったい様な気持ちになったのだ。
◇◇◇
「ごめんね。ミルドさん」
かなり時間が経って、目を覚ましたメイルは、モコモコの毛布に包まりながら猛省していた。
「脚、痺れてない?」
「大丈夫ですよ。メイル様は少しは休めましたか?」
書類を書く手を止め、ミルドは穏やかに微笑む。結局メイルはあれから数刻眠り続け、ミルドはメイルを寝かせたまま、仕事を始めたのだ。
メイルを膝枕したまま、会議や調整も終わらせたと聞いて、メイルは恥ずかしくなった。最近はこういう光景を見慣れていたミルド直属の部下達も、流石にギョッとしていたらしい。
「休めたよー。ミルドさんに撫でてもらえると、凄い安眠出来るんだよ。不思議。魔力の相性がいいからかなぁ?」
のほほんと答えるメイルに、ミルドは微笑む。
「おや。では毎日、メイル様に添い寝をしましょうか?」
甘く掠れた声と熱の籠った視線。普通の令嬢なら、ダダ漏れる色気に顔を赤らめるだろうが、そこはメイルだ。
「えっ? 本当に? ならお願いしようかなぁ。あぁ、でも、ミルドさん忙しいし。無理はダメダメ。お昼寝する時に、サーニャさんにお願いしてみるー。兄妹で、魔力似てるし」
「私は別に忙しくなど……」
ミルドの頬を両手で包み込み、メイルはじっと視線を合わせ、ニコリと微笑む。
「ほらー、疲れた顔してる。ミルドさんもちゃんと休まなきゃ。はい、回復」
包まれた頬から温かな魔力が流れ込み、ミルドの疲労を軽くする。じんわりとメイルの魔力が全身に満たされ、ミルドは心地良さに悩まし気な息を吐いた。
「ふふー。少しは楽になりましたか?」
子どもの様に頭を撫でられて、ミルドは困った様に微笑んだ。
「敵いませんねぇ……」
あの手この手で迫っているが、メイルには全く通じない。恐らく好かれている自信はあるが、それが色恋が絡む好かれ方なのかは疑問が残る。どこか浮世離れしたメイルの心を手に入れるのには、一体どうしたらいいのか?
「メイル様。先程の様に他の男に容易に寝顔を見せてはいけませんよ」
「他の男?」
「先程、エリックの膝枕で寝ていたでしょう?」
「え? そうだった?」
メイルは首を傾げ、暫し考え込む。いつの間にか寝ていたので、記憶が飛んでいる。
「確かエリックさんと調べ物してて。んー? なんだか寝心地が悪くて落ち着かなくて。でも急に寝心地が良くなって、起きたらミルドさんの膝枕だったよ?」
あぁ、寝心地が悪かったのは最初はミルドさんじゃなかったからかと笑うメイルに、ミルドは頬を染めて視線を外す。
こちらの心をグラグラ揺すって鷲掴みにするのはやめてほしい。何の屈託もないのは分かっているが、男を目の前にしてこんなに開けっ広げに好意を示すなんて、無邪気すぎやしないだろうか。
少しはこちらを意識して欲しい。そんな事を思いながら、ミルドはメイルをそっと引き寄る。驚くメイルに顔を近づけ、その頬に口付けた。
指先や手の甲に口付けた事はあったが、頬には初めてだ。いつもよりはるかに親密なその行為に、メイルはどんな反応を示すのか。
メイルはキョトンとしていたが、口付けられた頬を抑えてパァッと破顔した。そしてミルドの頬にお返しとばかりに口付ける。
甘いメイルの香りと柔らかな唇の感触を感じて、ミルドは一瞬、頭が真っ白になった。
「『友愛』ですよね?」
「は、は?」
「手の甲への口付けは『敬愛』、額は『親愛』、頬は『友愛』の意味があるんでしょう?」
キラキラと嬉しそうに目を輝かせて、メイルにそう言われ、ミルドはがっかりする。
確かに古来から口付けの場所にそういう意味があるのは知っているが、まさかメイルがそう解釈するとは。
「……そうですね」
「うふふー。私もミルドさんが大好きです!」
『友愛』でそんなに嬉しそうにされても、ミルドはちっとも嬉しくない。嫌われていないだけマシだろうが。
「あとは、手の平が『博愛』、それから、他に何かあったっけ?」
「……唇が『最愛』ですね」
「おおー。さすがミルドさん、博識ですね」
パチパチと拍手され褒められて、ミルドは諦めの混じったため息をついた。メイル相手に雰囲気を作るのは至難の技なのだ。
本当に捧げたいのは『最愛』だと知ったら、この人はどんな顔をするのだろう。




