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46 文官たちの驚き

 エリックとロンは、再び驚愕に目を見開いていた。


「えっと、こっちが魔力剣、これが魔力ポーションで、これが結界石…」


「騎士団との調整予定がこれでー」


「魔術士隊との調整がこっち」


「メイル様の予定表です」


 ドサドサドサと目の前に積まれる書類の山。山。山。


「あ、あの、これ、まさか皆さんで処理していたんですか?」


 ロンが堪らず聞くと、4人の弟子達はキョトンとしている。


「うん?魔力剣とかは材料調達のための予算と商会との調整と、その後の量産体制のための事業計画と予算書作成ぐらいだし」


「騎士団と魔術士隊は隊長クラスの日程押さえるのと、場所確保、練習費用の調整」


「メイル様のスケジュール管理が一番難しいかなぁ。全然休んでくれないんだよー。色々な予定がすぐ入るし」


 差し出されたメイルのスケジュール表は真っ黒だった。何だこの鍛錬と研究で埋まった殺人的なスケジュールは。


「僕らだけで課題を進めているときはある程度、変更もできたけど他部署も絡むと難しいんだよね」


「かと言って、鍛錬をサボるとすぐ鈍るしなぁ」


 ちなみに弟子達4人のスケジュールを見せてもらったが、メイルに劣らず真っ黒だった。ロンはそれを見て、呆れた様にため息をつく。


「こんなんじゃ身体壊すでしょうがっ!ココとココ、入れ替えて、この予定はこっちと一緒に!俺ちょっと騎士団行ってくるわ!」


「あー、じゃあロンはスケジュール修正宜しく。スーランさん、魔力剣とかの基礎資料見せてください。大体の構造を頭に入れてから、事業計画と予算書の修正していきますから」


 瞬時に働き出した文官2人に、今度は弟子達がポカンとする。弟子達も専門ではないながらも書類仕事をこなして来たつもりだが、やはり専門家は違う。書類を読みながら見やすい様に分類していき、机の上の書類はどんどん整理されていった。


「やっていますね」


 文官2人がテキパキ働いていると、ミルドかやって来た。いつもより大きな箱を携えている。


「メイル様は?」


「アリィシャ様の診察です。もう戻られると思います」


 書類仕事を奪われた弟子達は、所在なげにしていた。それにミルドは微笑んだ。


「これからは細かな書類仕事は彼らに任せて、貴方達は鍛錬と課題に専念なさい。彼らは若いですが、非常に優秀です。私が鍛え上げてある程度の社交も担わせますので、少しは楽になるでしょう」


「でも、本当なら俺たちがやらなきゃいけない仕事なのに」


「こういった仕事は普通、文官の仕事ですよ。今まで居なかったのがおかしいんです」


 ロンが書類から顔も上げずに言い、エリックも頷く。


「大魔術士隊は特殊な事情があるため、今まで文官を就けられずにいましたが、彼らなら大丈夫。ちょうど良く部署の統廃合で彼らの手が空いて良かったです」


「そうなんですか…」


「………」


 統廃合というか、ミルドが思い切り良く潰してしまったのだが。あそこに勤めていた上司、同僚達は良くてクビ、中には不正の内容が酷すぎて本人は投獄、家は取り潰しになった者もいる。

 穏やかな笑顔に騙されるものも多いが、ミルドはこういう事に躊躇いも忖度もない。必要ならば徹底的に潰し、後腐れない様に処理をする。そこが王の絶大な信頼を得ているが故である。


「ただいまー、いい匂いがするー。あ、ミルドさーん」


 満面の笑みで帰ってきたメイルが、ミルドを見つけるとすぐに駆け寄ってきた。


「お疲れ様です、メイル様。前に気に入っていらっしゃった店の新作のお菓子をお持ちしました。お茶をご一緒にと思いまして」


 菓子には目もくれず、メイルはジッとミルドを見上げる。ミルドは不思議に思って、メイルを見返した。


「どうかなさいましたか?」


「うーん。お菓子も嬉しいけど、ミルドさんに会えた方がもっと嬉しいなぁ。久しぶりだもんね?」


 ふふふ、と嬉しそうに頬を緩めるメイルに、ミルドは目を細める。


「おや、嬉しい事を仰る。この所忙しくて、無沙汰をしてしまいましたからね」


「サーニャさんが頻繁に来てくれて慰めてくれたよ?あ、サーニャさんの嫁ぎ先のラカルシュ家にも招いてくれたよー」


「えぇ、サーニャを吐かせ…いえ、話を聞きました。ラカルシュ家に行く際は、私もご一緒します。王宮魔術士隊のリュート・ラカルシュとはもうお会いになりましたか?」


「リュートさんと?いや?何だか予定が中々合わなくて。スーランはもう会えたんだっけ?」


「は、はい、何度か。魔力ポーションの改良を手伝っていただいています」


 スーランは言えなかった。メイルとリュートが会えていないのは、目の前にいる宰相様が裏から妨害工作をしているからですよ、とは。そのせいでサーニャさんの機嫌が非常に悪いんです、とは。


「そっかー。私も会ってみたいなぁ…。やっぱり専門に研究しているだけあって、植物の知識も発想力も違うもんなぁ」


 リュートが魔力ポーションの開発に加わる様になって、確かに味の改良は進んでいるのだ。あの絶望しかない味が、僅かずつであるが、人の飲める味に変化していた。


「貴族なのに、とても気さくな方ですよ。俺らにもいつも気遣ってくれて。誠実で穏やかで仕事熱心で、魔術に対する知識も深くて、さすがあのジグ様の一番弟子って感じで、本当に魅力的な方です」


 スーランの手放しの賛辞に、メイルはへぇっ?と少し意外な気がした。少し捻くれたところがあり、貴族に対してあまりいいイメージを持っていないスーランが、こんなに絶賛するとは。珍しい事もあるものだ。


 見れば他の弟子達も、コクコクと頷いている。彼らもリュートを気に入っているようだ。


「ふぅん。ますます気になるなぁ。早く会ってみたい…っ?」


 グイッと後ろに手を引かれ、メイルはぽすんと温かなものにもたれかかった。視線を上げれば、にこやかなミルドの顔があった。

 ミルドに手を引かれ、彼の胸に後ろ向きに凭れるような体勢になっていた。


「つれない方だ。他の男に興味を持たれるなんて。貴女の口から私以外の他の男の名が紡がれるのは、我慢なりません」


 突然、氷の宰相から漏れた甘く情熱的な言葉に、エリックとロンが口をポカンと開けて硬直している。


 弟子達はそんな事には慣れっこだが、ミルドの言葉で、メイルの前で迂闊に他の男を褒めすぎたと青くなった。単にリュートが良い人だと褒めただけのつもりが、身の破滅を招く事になりそうだ。


 当のメイルは、ミルドの突然の抱擁に驚いていたが、くしゃりと破顔し、そっとミルドの頬に手を伸ばす。


「ふふふ。私、ミルドさんが一番の仲良しですよ?」


「…一番、好きですか?」


「はいっ!」


 ニッコニコで即答のメイルに毒気を抜かれ、ミルドは深く息を吐いてメイルを離す。どことなく気落ちしている様子のミルドに、メイルは不思議そうにしながらもヨシヨシと頭を撫でた。


 なんなんだこれは。一体何を見せられてる?

 文官2人は口を開いたまま呆然としている。

 

 あの、鬼の、氷の、宰相が。

 大魔術士に。

 甘えている?

 

 大魔術士って陛下の愛妾で、毒婦と噂で。凄いワガママで嫌な女って。

 しかし実際会ったメイルは、親しみやすく、スケジュールを見る限りは勤勉で。

 あの弟子達との鍛錬を見ていたら、かなり実力のある魔術士なことは間違いない。大魔術士の地位に相応しいぐらい。


 あれ?

 それなら何故、そんな実力のある魔術士が後宮に入ったんだ?陛下の愛妾って、宰相との関係を見る限り、そんなふうには見えない。あの切れ者の宰相が、陛下と同じ女性に懸想するなど。


 エリックとロンは思い出していた。

 メイルは後宮の()()()()のために大魔術士に任じられたのだ。

 そう王家から発表された時、様々な噂と憶測が飛び交い、最終的には賢帝サーフが、若い娘に目が眩んだ挙句の愚行と嘲笑われていた。

 

 しかしそんな事、この敏腕宰相が許すだろうか。陛下に忠義を尽くし、王家の露払いをしてきたこの宰相が。わざわざ、陛下の評判を落とす様なことを何故許した?


 メイルが真実、サーフの愛妾ならば、そんな必要はなかった筈だ。密かに囲って仕舞えばよかった。公にせずとも、暗黙の了解の愛人など、これまでの王家にだっていたのだから。

 それをしなかったのは何故か。わざわざ、メイルを大魔術士に据えて、後宮に置いたのは。


 魔物を防ぐ結界石の大量生産。魔力剣の開発。魔力ポーションの改良。騎士団との調整。魔術士団との調整。死に物狂いの鍛錬。


 エリックとロンはゾッとした。

 何かが起ころうとしている?

 それに備えて、この人達は、秘密裏に動いているのか?


「あら。なかなか察しが良さそうな子たちだね。優秀ー」


 ふふふと笑ってメイルが言う。


「私としては、異動になった時点で気づいて欲しい所ですがね?」


 メイルの髪を一房手に取り、名残惜し気に口付けて、ミルドはエリックとロンの前に立つ。


 その後ろで、4人の弟子達と護衛のダインの気の毒そうな顔が、やけに印象的だった。


「さて君達、覚悟は決まったかな?今から話す事を、墓場まで持っていってもらうよ?」


 微笑む宰相は、今まで出会ったどんなものよりも恐ろしかった。

 

 


 






 






 

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