44 封印の地
「その、ご苦労だったな、メイル」
「ご迷惑をおかけしました。まだまだ修行不足です……」
どんよりしたメイルが、珍しくも殊勝にサーフに向かってペコリと頭を下げる。
「いや、アレはなぁ。お前が怒るのも無理はない。何というか、壮大に無駄な技術の使い方だな。冗談かと思っていたが、彼の大魔術士は本当に史実通りの性格なんだなぁ……」
サーフは昨日、弟子達から見せてもらったエロ本を思い出し、何とも言えない顔になった。映像化など目を見張る様な画期的な魔術だと言うのに、何故、自著伝などという無駄話に使った。なんたる有り難みのなさか。
しかも結局重大な事柄は、落書きのように薄い冊子に書き殴っていただけ。何のためにあのエロ本を作ったのかと、今は女神の御許にいるであろう大魔術士に問い質したい。
ちなみにあの映像付き元エロ本は、厳重に王宮内の宝物庫に納められた。類稀なる技術を駆使して作られた本だが、内容が全力でくだらないいう、どうにも処分に困る物だった。宝物庫の珍品の一つとして、納められている。王宮魔術士のジグは、感激して有難がっていたが。
「それで、邪竜の封印場所に行くのか? 北のラールター教会に」
「はい。弟子2人を連れて行ってきます」
「護衛のダインは連れて行くのか?」
サーフの言葉に、メイルは首を傾げる。ダインは、名目上はメイル専用の護衛だが、メイルが殆ど出かけないので専ら部屋の前で待機に徹している。外に行くのなら連れて行くべきなのだろうが……。
「弟子達と飛行魔術で行く予定なんですけど……。ダインさんって飛べます?」
邪竜の封印場所は王都から飛行魔術で数刻の場所だ。馬だと数日掛かってしまうし面倒なので、飛んでいくつもりなのだが。
「そんな非常識な魔術はお前らにしか使えん。まぁ、こっそり外に出る分には、護衛は必要なかろう。ダインは、大魔術士として対外的に外に出る時には必ず連れて歩け。ミルドとのデートの時もだぞ」
揶揄うようなサーフの言葉にもメイルは特に反応せず、はーいと気の抜けた返事をするのみだ。揶揄われても恥ずかしがる素振りもなく、サーフは内心つまらなかった。
「ごほんっ。あの辺は王家直轄領だが、鬱蒼とした森が広がるばかりの無人の土地よ。魔物が多く出るようだから、気をつけてな。何かあれば近くに騎士団の駐屯所がある。もしくは周辺を治める貴族に、何か言われる様なら……。あの辺りはダスク家と、カールトン家の所領に挟まれたところだったか。ダスク家はともかく、カールトンか」
舌打ちせんばかりのサーフに、メイルは首を傾げる。
「カールトン家がどうかしたんですか?」
メイルが大魔術士に就任した時、色々な貴族から贈り物が届けられたが、その中にカールトン家もあった覚えがある。悪趣味な成金趣味丸出しの、純金の置き物を贈ってきていた。趣味はともかく、羽振りはよさそうだ。
「あそこの末娘を余の側妃にと煩くてな。成人前の娘なのに、娶れるはずがない。成人していても、アリィシャ以外の妃は要らぬが」
「成人前って。陛下と幾つ離れているんですか? そんな子どもを勧められるなんて、陛下ってそういう趣味があるんですか?」
メイルが眉を顰める。汚物を見るような目を向けられ、サーフは額に青筋を浮かばせる。
「そんな趣味ないわっ! 大体、あんな幼なげな娘を勧められているのも、お前のせいだぞっ! 」
「私の?」
「そうだ。愛妾と噂されるお前が童顔のせいで、余に幼児趣味があるように思われているんだっ! 」
「えー? 人のせいにしないでくださいよー。陛下の日頃の行いがアレなせいなんじゃないですか? 」
「アレとはなんだ、アレとはっ! そっちこそ、余の日頃の行いを悪いと決めつけておるではないかっ! 」
「あははははー」
完全に疑った表情のままわざとらしい笑い声を上げるメイルに、サーフは眉を吊り上げる。
「お前は……。相変わらず全く余を敬う気はないな…」
「そんな敬えなんて難しいことを言われても。アリィシャ様の所にばっかり出入りして文官さん達に怒られている所とか、アリィシャ様にデレデレしている陛下しか見たことが無いので、どこを敬えばいいんですか? 」
「ぐっ。ちゃ、ちゃんと仕事だってしているっ!」
「陛下が後宮に頻繁に出入りされるので、アリィシャ様じゃなくて私のところに入り浸りだなんて噂されるんですよ? 陛下を誑し込んで政務を滞らせる悪女とか言われて、私の悪評が鰻登りですよ。非常に不愉快。私の趣味が悪いみたい。あ、王宮内の噂はサーニャさん情報です」
「……………気をつける」
もの凄く不服そうなサーフに、メイルはニヤリと笑った。圧勝である。
「とにかく、お前への妨害などは無いと思うが、気をつけてな」
「陛下に心配されるって新鮮ー。何か悪いものでも食べました? 具合悪いならジグさん呼びます? 」
「さっさと行けぇっ!」
これまでのメイルの働き過ぎを知り、部下の状況にもう少し気を配ろうと思っていたサーフだったが、いつも通り過ぎるメイルにやはり最後は怒鳴りつけてしまうのだった。
◇◇◇
王都から北、王家直轄領のラールター地方。代々王家が治めるこの地方は誰も住む事のない不毛の地と言われている。土壌が悪いのか作物が育たず、水も濁り、近くの森には凶悪な魔獣が生息する。
王家は近くに騎士団の駐屯所を作り、魔獣の討伐にあたっている。唯一ある教会も、今は誰も使用する事なく朽ち掛けていた。
「何だか禍々しい場所っすね」
本日のメイルのお供、ウィーグが空気の匂いを嗅ぐように、鼻を動かした。
「魔力の波がうーん…不安定なのか?」
同じくメイルのお供であるファイが、眉を顰めて辺りを見回す。
「んー。土も水も魔力で汚染されてるね。やっぱり黒トカゲの影響は、まだ残ってるなー」
「あー、これ。魔力汚染ですか? でもルガルナの時はこんなに禍々しくなかったですよ?」
ファイがルガルナを浄化した時のことを思い出し、メイルに疑問をぶつけた。
「魔力って古くなるとこんな風に凝縮されて嫌な感じになるんだよね。ドルフィンの地底遺跡も、同じように魔力が凝縮されてて、しかもほぼ密閉空間でさぁ。空気も魔力も臭かったのよー。しかもクッソ面倒な人工の罠もあってさー」
昔の厄介事を思い出し、メイルの目が再びどよんと淀む。
「メイル様っ。その話は今度、お酒でも飲みながら聞きますからっ! ほら、ミルド様が美味しいワインを差し入れて下さるって仰ってたじゃないですかっ! ミルド様も一緒に、今度酒盛りしましょうっ! 肴はどんなものがいいですかね? 」
危険を察知したウィーグが慌てて話題の方向転換を試みる。メイルの魔力がまたデロデロと漏れてしまっては困る。ストッパーのミルドも、今は居ないのだ。
「んー? どんなものがいいかなぁ? 私あんまりお酒飲まないからよく分からないんだよね。この前、ミルドさんとご飯食べに行った時も、お任せだったからなぁ」
「じゃあその辺の準備は俺たちに任せてもらえますか? 安くて美味くてボリュームたっぷりな料理になりますけど」
「おーっ! そういうご飯も大好きだよっ! 王宮のご飯って、美味しいけど上品だもんね? 」
メイルが目を輝かせる。ファイも全力で話題の方向転換に協力した。
「騎士団や魔術士隊の下っ端が使う食堂は、平民向けの食事出してますよ? 今度行ってみませんか?」
「行く行く! そういえば騎士団の人たちに教えてもらった王都の安くて美味しい店にまだ行ってなかった! そこも行こうっ」
すっかり頭の中が平民向け美味しい料理一色になったメイルの機嫌は急上昇する。ウィーグとファイはホッと息を吐いた。良かった。デロデロは阻止できた。
「師匠の残した記録によると、この教会の敷地内に邪竜を封じたらしいんだけど…。たぶん、この辺かなぁ? 魔力汚染が一番酷いし。封印の魔術式は気配すら感じないね。完全に消えたのかな」
教会の裏手に、雑草すら生えない剥き出しの地面を見て、メイルは顔を顰めた。禍々しい魔力が濃く立ち込め、一帯の空気は重く澱んでいる。
「ここ、掘り起こしてみようか」
メイルの言葉に、弟子達は頷き、土に関与する魔術陣を練り上げた。
魔術で一帯の土が瞬く間にボコボコと掘り起こされる。
「これは、骨かな? 牙もある。これ以外は朽ち果てたみたいだね」
土の中から、巨大な竜の骨が掘り出された。それと同時に、土の中に籠っていた禍々しい魔力が辺り一面に広がった。特に竜の骨には禍々しい魔力が纏わり付き、長い間土の中に埋まっていたとは思えないほど固くしっかりとしていた。
「この骨、呪術とかに使えそう。うわー、気持ち悪い魔力」
「なんかスゲェ臭いっすね。鼻の奥がツーンとする」
弟子達は涙目で鼻を摘んだ。古い変形した魔力は、魔術士には酷い臭気を放っているように感じる。
「やっぱり、魔石が無い」
魔獣にとっての魔力の源、人でいえば魔力核である魔石が、土の中には見つからなかった。メイルは予想通りの結果に、眉を顰める。
500年の封印で、邪竜の身体は骨や牙を残して朽ち果ててしまったのだろう。封印の力が弱まった所で、魔力の源である魔石のみ逃げ出してしまったようだ。
「でも、何で骨は置いていったんでしょう。魔石のみよりも骨だけとはいえ、身体があった方がいいじゃないですか」
古の物語の中には、骨と魔石のみになってもなお強大な力を奮った竜もいた。魔石のみだと行動は制限されるだろう。
「魔力は血と一緒に全身を循環させることによって増幅させるからねぇ。骨だけより、肉と血があればそれを選ぶよね」
メイルは骨だけ残された邪竜の亡骸を見て、自分の予想が当たってしまったことに嘆息した。
「つまり、代わりの身体を見つけたって事だよね。やっぱり厄介だなぁ」




