43 解除の果てに
サーニャのお陰で木合わせの解法がわかったメイル達は、第3魔術式の解除を進めた。魔術式は、木合わせのように木片の種類によって単純に動かせる範囲が違うだけでなく、動かす際に必要な魔力量も定められていた。魔力量が違うと動かない。ここでも弟子達の苦手とする細かな魔力調整が必要となった。
「解法は分かっているのに、もどかしいぃ。ぐああぁ」
「魔力量を間違えると自動的に『復元』が発動して全部のパーツの位置が元に戻される。くそぅ!今まで散々、大師匠の嫌がらせを味わってきて分かっていたはずなのに…。なんで俺はまた騙されたんだぁ」
弟子達が心の叫びをダダ漏らしながら、解除に取り掛かる。やはりメイルが思った通り、一つの形態が完成すると、しれっと次の形態が現れた。弟子達は一つの形態で終わりかと一縷の望みを持ってしまっていたようで、次の形態に移行した途端、4人とも床に崩れ落ちた。心を折られない決意はどうなったのだろうか。
それでも確実に、地道に魔術士達は式の解除をして行く。時に前進し、時に最初に巻き戻りながら、それでも一歩ずつ亀より遅い歩みでも、着実に解除していく。
そうして。第3魔術式の解除に取り掛かって7日後、漸く全ての解除が終わった。
「やったー!地道が鬼畜に勝った!」
「正義はあるんだっ!」
「俺たちはやり遂げたっ!」
「もうこんな細かい作業、絶対やらねぇっ!」
4人の弟子達は抱き合って泣きながら喜んだ。
さながら偉業を達成したような騒ぎだが、やったのはエロ本の隠蔽魔術式解除だ。側から見たら魔術士5人が熱心にエロ本を覗き込んでいた様にしか見えなかったが、本人たちの苦労や達成感は、他人には理解できないものである。
ただ、弟子達が手放しで喜ぶ中、メイルだけは浮かない顔だ。
なんせこれはアーノルド・ガスターの作である。難易度が高く鬼畜な仕様が標準装備。そして、これまでのメイルの経験から、高難易度の課題の後に待っている成果は、いつもあの師匠らしい全力でくだらないものだった。だから警戒は緩めてはいけない。
「まぁ、それじゃあ読んでみようか」
メイルは緊張の面持ちでエロ本のページを捲る。解除前は紙面一杯、アハンなお姉さん達の肌色と赤裸々なポーズで目のやり場に困ったが、どんな風に変容しているのか。
開いて1ページ目には、落ち着いたインクの色で一文。懐かしい癖の強い字が記されていた。
『最愛の弟子、メイルに贈る』
メイルがそれを読み上げると、エロ本が懐かしい魔力で満たされ、光りだした。
「メイル様っ!」
慌てた弟子達が杖を取り出し戦闘態勢を取ると同時に、若い男の声が響き渡った。
『あーはっはっはっはっはっはっはっ、ぐごほっ、げほっ、ぐほっ』
エロ本の開いたページ一杯に、見慣れた師匠、アーノルド・ガスターが高笑いをしながら現れ、途中でむせて咳込み始める。どういう仕組なのか、生きていた頃そのままのアーノルド・ガスターが本の中で動いている。声も間違いなく本人のものだ。時々映像が止まり紙面一杯の顔がコマ送りのようにカタカタするのが気持ち悪かった。
『ぐごほっ、げほけほっ!あー、変なとこに唾入った。うぇー、気持ち悪っ』
本の中のアーノルド・ガスターは、胸をトントンしながら涙目ではぁはぁと息をしている。見た目20代、実年齢500歳のオッサンの咽せる映像を長々と見せられ、初めは動く絵に高揚していたメイルと弟子達の気分は、ダダ下がりだ。
『あー、気持ち悪ぅ……。げっほん。メイルー。元気かぁ? 俺は多分死んでるぞー、はっはっはっ』
咳の治まったアーノルド・ガスターは、涙目でキメ顔を作った。今更感が満載だった。メイル達はゲンナリしたまま、頑張って動く絵を見続ける。
『満を辞してアーノルド・ガスター様の登場だ! 可愛い弟子の危機に駆けつける俺! カッコイイだろ! お師匠様カッコいい〜って感激して叫んでるかー? メイルー! 』
時々止まるくせに偉そうに。全員がそう思ったが、相手はただの絵だ。罵ったところで堪えるはずもない。
『お子ちゃまなメイルがエロ本にまで手を出すとは、俺様の力を借りないといけないぐらい相当困っているんだろう! はっはっはっ! 偉大な師匠は死んでからも弟子を助けるのだ! くぅぅ! カッコイイ! さすが俺様! 』
偉そうな台詞に、お前がやり残した仕事の尻拭いをやっているんだろうが! とメイルは机をひっくり返してやりたくなったが、相手は既にこの世にいない。無駄だと分かっていても、行き場のない怒りが込み上げる。ゆらりと不穏にメイルの魔力が揺らぐのを感じ、弟子達はそっとメイルから一歩離れた。
『天才な俺様は、死んだ後もメイルが困りそうな事を考えた! 今放ったらかしにしてるのがー、ジャイロの邪竜だろー、ドルフィンの地底遺跡とー、ガナッツノの血塗れ領主館とー、バーンの人身売買組織だろー、あ、あと、ルス村の酒場のツケ! 』
アーノルド・ガスターの口から語られたのはジャイロ王国周辺国の名だ。どれもこれも嫌な予感がする物騒なフレーズばかりだ。酒場のツケが同列なのには納得がいかないが。
「ドルフィンとバーンと酒場のツケは解決済みだ、馬鹿師匠」
平坦な声でメイルがボソッと呟く。その言葉だけで、多分メイルが尻拭いしたんだろうなぁと予測できて、弟子達は同情の余り泣きそうになった。そしてちょっとだけ、ガナッツノの血塗れ領主館とやらが気になった。何をしたらそんな物騒な名の厄介事が起こるのか。
『そ・こ・で! 偉大な俺様は可愛い弟子のために、解決のヒントを残してやったぞー!こんなクソ面倒な解除ができた、良い子のメイルにご褒美だー! 存分に受け取れ!』
絵がウィンクする。バッチンと音がしそうだった。今時こんな分かりやすいウィンクをするヤツはいない。若そうに見えてもやっぱり500年前の人の感性は古いんだと、弟子たちは容赦ない感想を抱く。
『そ・れ・か・ら! 俺がいなくなって寂しいメイルのために、アーノルド・ガスターの伝説の武勇伝あーんど、大モテモテ物語を聞かせてやろうっ! いいか! これはまだどこにも出した事のない、俺様の貴重な自著伝だぞ! 心して聞くように! 何から話そうか。そうだなぁ、あれは今から485年前のこと、俺様が初々しい15歳の頃……」
「はぁ? ちょ、ヒントはっ? 」
ラドが思わずエロ本を掴んで叫んだ。目の前に本人がいたら、襟首を掴んでガクガク揺さぶっていただろう。
「まぁまぁ、ラド。もしかしたらこの自著伝とやらの中にヒントがあるかも」
スーランに止められたが、ラドは怒りが治らない。
「ずっと自慢話ばっかりじゃない! しかも出てくる女の人って、歴史的美女とか才女と名高い人ばかりっ! お、王族もいるよ? 不敬罪じゃないの? 」
「あながち、500年も生きているから嘘とも言い難いな。話の中の時代背景に相違はないぞ」
ファイが専門家のような顔で頷く。
「馬鹿だな、こんなお伽噺のヒーローみたいな超人的に強くて、あらゆる女子を虜にする男なんて、居るわけないだろ? フェイクだよ、フェイク。モテない男の妄想だよ、可哀そうに」
ヴィーグは馬鹿にしたように鼻で笑う。最初から与太話と捉えているようだ。
メイル達が見守る中、アーノルド・ガスター自叙伝トークショーは延々と続いた。
「長いなぁ」
「良くこんなに沢山の自慢話を作れるよね」
「あー、また新しいモテ話だ。今度の相手は可憐な美少女系かよ。熟女美女美少女、タイプもなんでもあり。ストライクゾーン広すぎだろ。絶対ありえねぇ」
「自分をカッコいいと思って、時々目線をこっちに向けるのやめて欲しい」
半日ほど語り続けて、ようやくアーノルド・ガスターの長い自著伝は終わった。
しかも終わりは『やべっ! エイミーちゃんと飲みに行く約束してたんだった! じゃあな、メイル、頼むわー』と言うなりアーノルド・ガスターが本からフェードアウトした。ブツッと耳障りな音がして、映像が途切れる。
自著伝の中にヒントらしき物は全く出てこないことは確認できた。波乱万丈、荒唐無稽な恋物語ばっかりだった。映像は冒頭に戻って、再びアーノルド・ガスターが登場して咽せている。どうやら繰り返し映像を流せる仕様になっているらしい。
その時。カチリ、と音がして、エロ本の真ん中辺りのページが盛り上がった。メイルがそのページを開くと、小汚いノートが挟まっていた。
ノートの表紙には『アーノルドのひ・み・つのメモ帳』と書かれていた。結構な年代物らしく、表面は黄色く変色している。中を開くと、そこにはいかにも書き殴った適当な字で、邪竜の封印場所が記されていた。ドルフィンの地底遺跡の地図、ガナッツノの血塗れ領主館の浄化方法の考察、バーンの人身売買組織のアジトの場所、酒場のツケの額も記されていた。ノートの後半には、子どもが描いた様な落書きだらけだった。
「うわっ、汚ねぇ字」
「えっ? これがヒント? え? 映像は?」
「映像は、さっきと同じ話を繰り返してるな」
「なんでヒントじゃなくて武勇伝トークを映像化したんだよ? 普通、ヒントの方が重要だろ?」
弟子達がノートを囲んで議論を交わしていると、ダンっと音がした。
ビクッと振り返ると、メイルがテーブルに手を叩きつけて、ゆらりと立ち上がっていた。
「多分ね……。忘れたんだよ。自慢話を全部映像化して、その後にヒントを映像化するつもりだったけど、飲みの約束をしてたのを思い出して、途中でやめた。そのまま続きを作るのを忘れてしまった。とても飽きっぽい、忘れっぽい人だったからねぇ……」
ゆらりゆらりと、メイルの全身から恐ろしいほどの魔力が立ち上り、まるで蜃気楼のようだ。
魔力の圧に圧されるように、弟子たちはずりずりとメイルから後ずさる。
「……こんな無駄でしかない映像を作って、三重に隠蔽の魔術式を施して、その上からエロ本の偽造魔術まで掛けてっ! そっの暇があるなら厄介事を解決できただろうにっ! ドルフィンの地底遺跡を探索するのも、バーンの人身売買組織のアジトを突き止めるのも、酒場のツケの額を洗い出すのも、そのノートを見たら楽に終わったのにっ! あっの !クッソ師匠がぁぁぁっ! 」
「うわぁぁぁぁぁっ!メイル様っ!落ち着いてっ! 」
「王宮が吹き飛んじゃいますよっ! 」
「魔術士たるもの、心を揺らすなってぇぇぇぇっ! 」
「ミルド様ーっ! メイル様がーっ! 」
怒りのあまり全身から多量の魔力を放出するメイルを、弟子達は慌てて押しとどめる。これは自分達では止められないと察したウィーグが、飛行魔術で一直線、ミルドの執務室へ飛んで行く。
そうして駆けつけたミルドに抱き上げられ、部屋から連れ出されたメイルは、ミルドに宥めすかされている内に怒り疲れてグッタリとなった。そこからミルドに食事を手ずから与えられ、侍女達のスペシャルマッサージ付き入浴で癒され、寝支度を整えられた後、再びミルドに引き渡され、甘やかに寝かしつけられるとすぐにコテンと寝てしまった。数日間の張り詰めた緊張感の反動もあったのかもしれない。
メイルの漏らした魔力でちょっぴり大魔術士隊の執務室が壊れたが、弟子達がササッと修復したおかげで大きな被害もなかった。
また、王宮がちょっぴり揺れた事で何事かと陛下に呼び出されたが、事情を話すと微妙な顔でお咎めなしと言われ、ホッと胸を撫で下ろした。
あんなに怒ってデロデロと魔力を漏らしたメイルを見たのは初めてだったため、弟子達は恐ろしさの余り今後絶対にメイルを怒らせないと心に誓った。叱られる事はあっても、そういえば怒らせた事はなかったなぁと弟子達は思い返す。
そして、怒りの余り恐ろしい量の魔力を噴出させるメイルに、「怒ったメイル様も可愛らしいですねぇ」と頬を緩めて喜んでいたミルドとの格の違いと言うものを、改めて思い知らされたのであった。




