42 意外な特技
第3段階の魔術式に、魔術士たちはかなりの苦戦を強いられていた。
「間違えたー」
がんっと机に額を打ちつけ、メイルは唸り声を上げる。
「わぁっ、メイル様?すごい音しましたよっ?大丈夫ですか?」
ラドがメイルの頭を持ち上げて覗き込むと、メイルは涙目で額を赤くしていた。
「ラドー。ようやくここまできたのに。どう頑張っても動かない。どこかで間違ったみたい」
木合わせの木片に番号をつけ、動かした順を紙に書き留めているが、どこかで不正解の動かし方をしたのだろう。メイルの持つ木合わせはピクリとも動かなくなった。
「取り敢えず一個ずつ戻して見ましょう」
ラドは素早くメイルの赤くなった額を魔術で癒し、メイルを気遣うように宥めた。メイルの木合わせは今までで1番、完成に近い。悔しさもひとしおだろう。
「うん。みんな。一個でも解けた?」
グッタリといつも以上に消耗したメイルが、弟子達に訊ねると、皆、力なく首を振る。
「地道にやってれば解けるとは思うけど、何百パターンあるんだよ」
「ファイ。これ何万ってパターンがあるぞ」
スーランが冷静に訂正する。全然嬉しくない情報だった。
「……一旦休憩しようぜ。適度な糖分を補給しないと頭が働かねぇ」
「賛成っ!」
ファイの言葉に、ウィーグは返事とともに部屋を出て行った。お茶と茶菓子の準備に行ったのだ。暫くして、ウィーグはサーニャを始めとする数人の侍女達と戻ってきた。ワゴンの上に載せられた色とりどりの茶菓子に、メイルの瞳がキラキラに輝く。
「メイル様。こちらは王妃様より差し入れでございます」
「サーニャさん」
メイルは二ヘラと力無く笑う。サーニャの片眉がピクリと釣り上がった。
「お疲れのご様子ですが……。今日はお仕事はお終いにしては如何でしょう?庭園の花が見頃を迎えております。少しは気分転換も大事かと」
「うんー。大丈夫。精神的な疲れだから。お茶とお菓子で元気になるよっ!」
過保護な所は兄と変わらぬサーニャに、メイルは慌ててブンブンと手を振る。ジッとサーニャに見つめられるが、メイルは視線を外さなかった。外したら負けだ。
「……せめてお茶はゆっくりとお召し上がり下さい」
サーニャは諦めたようにお茶を給仕してくれる。メイルはホッとした。庭園散策後、即湯浴み&寝所コースは免れた。
「このお茶、オレンジの香りがする。美味しい」
ホッと弛んだ顔でお茶を味わうメイルに、ようやくサーニャの厳しい目が和らぐ。そして視線が、作業机に置きっぱなしの木合わせに向かった。
「メイル様。あの木は…?」
サーニャが困惑したように首を傾げる。先日までの魔術式の解除とは様相が違うため、不思議に思ったのだろう。
「師匠が作った木合わせ。あの木片を、この形にまで変形させないといけないの」
メイルは収納魔術から新たな木合わせを取り出し、サーニャの手に乗せた。師匠が村人に普及させようと沢山作っていたため、一つの種類につき20個ぐらいストックがあった。木合わせが村人に受け入れられず、『時代が俺についてこれないんだ』などと不思議なことを言う師匠から押し付け……いや、預かっていたものだ。
「これを、この図解の形に……。私もやってみても宜しいでしょうか?」
興味深そうに木合わせを見つめるサーニャに、メイルは快諾する。
「……なるほど。木片に溝を刻んで動ける範囲を制限しているのですね。面白いです」
サーニャはカチャカチャとしばらく木合わせをゆっくり動かしていたが、一旦動きを止めジッと木合わせを観察していたかと思ったら、先程とは比べ物にもならないぐらいのスピードで変形させ始めた。
メイル達は瞬く間にサーニャの手の中で木合わせの形が変わっていくのを、驚きの表情で見つめていた。
「出来ました」
静かな声でサーニャが木合わせを差し出す。そこには図解の形と寸分違わぬ形に変形した木合わせがあった。
「えぇぇぇぇー」
思わず席を立って詰め寄るメイル達に、サーニャは一瞬ビクッと震えたが、すぐに平静を取り戻す。
「凄い、サーニャさん。あっという間に解いちゃった……」
「サ、サーニャ様っ!今の、今のもう一回お願いしますっ!今度は一手一手ゆっくり!記録させてくださいっ!」
「サーニャ様っ!こっちの木合わせも解けますかっ?」
弟子達がワラワラとサーニャを取り囲み、質問責めにする。サーニャは引き攣った顔で一歩退いた。
「こらこら。女性を取り囲んで質問責めにするんじゃない。そんなんだから君たちモテないんだよ?」
メイルがサーニャを庇い、呆れた顔で弟子達に注意する。メイルの言葉がグサリと胸に刺さったようで、弟子達は力無く崩れ落ちた。
「サーニャさん。木合わせ得意なんですね」
「私も初めて知りました……。申し訳ありません。私のような素人が、差し出がましいことをいたしまして」
困惑するサーニャに、メイルは首を振る。この木合わせ地獄から抜け出せるかもという期待で目が潤み、満面の笑みでサーニャの手を取った。
「ううんっ、サーニャさんは私たちの救世主だよっ。お願い、危険な目には絶対合わせないから、第3魔術式の解除に協力して?」
「私でお役に立つのでしたら、喜んでお手伝いをさせていただきます。ですがメイル様、そのような可愛らしいお顔、男性と2人きりの時になさってはいけませんよ。絶対に、お約束してください」
サーニャに真顔で注意され、メイルはそんなに変な顔をしているのかと弟子たちを振り返った。弟子達は揃って首を傾げる。弟子達にとっては、いつものメイルの顔だ。若干、ヨレヨレだが。
「何か変な顔をしてました?」
「ええ、それはもう。ここに兄がいなくて良かった。ノート家の長の狼狽える顔など、妹としてこれ以上見たくはありませんから」
そんなサーニャの呟きを耳にして、弟子達は狼狽えたミルドがちょっぴり見てみたいなと思ってしまった。しかしすぐに悪寒を感じて気を引き締める。そんなところを見られたミルドにどんな報復をされるか、考えただけで恐ろしい。君子は危うきに近寄らずだ。
サーニャの協力を得て、第3魔術式解除はサクサクと進んだ。サーニャは木合わせの木片の動きを頭に入れ、暫くジッと見るだけで、ある程度の解き方が分かるようだった。サーニャがゆっくりと一手一手解いていくのを、弟子達が記録する。5つの木合わせの解き方を書き記した所で、その日の作業は終わった。
「ありがとう、サーニャさん。すっごく助かったよー」
「微力ながらメイル様のお力になれたのでしたら、嬉しいです」
慎ましげな笑みを浮かべるサーニャに、メイルがギュッと手を握る。
「微力だなんてっ!いっつもサーニャさんにはお世話になってばっかり。感謝してますっ!」
「まぁ、ホホホ。そんなふうに言っていただけると、嬉しゅうございますわ。あぁ、そうだわ、メイル様。私の夫の弟が、メイル様と是非お話をしたいと。メイル様より3つ年上で、思いやりもあり、誠実でとても素晴らしい方なのですが…」
うきうきとサーニャが提案するのに、メイルは首を傾げる。
「うん? サーニャさんの義理の弟さん?」
「ええ。ジグ様の元で宮廷魔術士として働いておりますが、植物の研究をしておりまして」
「あ、ジグさんが紹介してくれるって言ってたお弟子さんの事かな? ジグさんも真面目で熱心な良い子って言ってたよ?えっと、マークさん?」
「そうです!マーク様は大変穏やかな方で、メイル様との相性もよろしいかと! 今度是非、私の婚家のラカルシュ家にいらして下さい」
「うん!行ってみたい!」
素直なメイルを愛でるサーニャの笑みは、兄のミルドにそっくりで、弟子達は揃って青い顔になった。
ちなみにこの事をミルドに報告した弟子達は、微笑みながらブリザードを背負うミルドに、4人で抱き合って怯えるハメになった。




