5 騎士団長登場!
「美味しかった!お腹いっぱい!」
ギルドのおっさんに勧められた椋鳥の巣にて、山盛りの肉を平げ、メイルは満足してため息をついた。オススメの店だけあって、量が多くて安くて美味い!常連になりたくなった。
「サービスのデザートとコーヒーです」
給仕が木の実のミニケーキとコーヒーを運んできた。素朴な味わいのケーキを一口食べ、メイルはここの常連になると決めた。心に誓った。
美味しいケーキを堪能していると、メイルの前の席にどっかりと男が座った。
「お前がメイルか?」
金髪でアンバーの瞳の厳つい顔の男だった。壮年といった歳だが、眼光が鋭く、頬から首にかけて目立つ古傷がある。身のこなしに隙が無く、腕や脚が太い。いかにも軍人という出立ちだ。
口にいっぱいケーキを詰め込んでいたので、メイルは肯定の意味を込めて頷くのみ。
「ここのランチを平らげた後、そのデザートまで食ってるのか?」
男は呆れ顔だ。確かに量は少し多かったが、メイルは朝ごはん抜きだったのだ。あれぐらい食べないと朝ごはん分は取りかえせない。3食キチンと食べるのが、メイルの信条だ。
「昨日部屋に侵入してきた輩と宿屋の主人を捕らえたそうだな」
メイルは肯定の意味でまた頷く。
「そんで、今朝は依頼を3つこなした。しかもその中の一つは鉱山での青大蜘蛛の討伐」
メイルはまた頷く。
「いや、俺が喋ってるんだから、ちょっと食べるのヤメロ。会話に参加しろ」
今度は首を横に振る。いきなり目の前に座って喋り始めといて、失礼な言い草である。今のメイルは食事中なのだ。
「あー、悪かった、そう睨むな。食べ終わるまで待ってるから。お前、睨んでも全然怖くねぇな。17だよな、童顔だな」
初対面なのに失礼な男だが、言われ慣れているのでメイルは気にしない。10歳から顔が変わらないのだ、仕方ない。
男は本当にメイルが食べ終わるのを待っていた。もぐもぐもぐもぐ小動物のように咀嚼する様をじっと眺めている。
ようやくケーキ皿が空になり、メイルがフォークを置き、口を開いた。
「すいませーん、フルーツタルトも一つくださーい」
「はーい」
店の主人が気楽に返す。
目の前にいる男のコメカミがひくついていた。
「で、誰ですか?あなた」
会ったことが無い人だったので、素直にそう聞いたのだ。
◇◇◇
しばらく脱力した後、男はベール・ガイドレックと名乗った。
「一応、この国の騎士団長をやっている」
と、軽くとんでもないことを言った。
なんでもベールは鉱山の青大蜘蛛討伐の件で冒険者ギルドを訪れた所、すでに討伐されたとギルドで大騒ぎになっていたらしい。
「依頼ボードに貼ってあった依頼をこなしただけなのに、何でそんな大騒ぎになるの?」
「単独でFランク冒険者が依頼達成したってことに騒いでるんだよ。しかも中に女王大蜘蛛がいたんだろ?あいつはAランクパーティでも厳しい。巣に入っただけでめちゃくちゃ攻撃してくるだろう?」
「あー。鉱山には一歩も入ってないので分かりませんね」
「はぁ?じゃあどうやって鉱山の最深部にいる女王大蜘蛛を引っ張り出したんだよ?」
「鉱山の入り口で最深部まで届くように眠りの魔術をかけて、雷撃で寝ている蜘蛛たちにトドメを刺しました」
「はぁ?」
この国の人間は全員、はぁ?しか言えない病気にかかっているのだろうか。
こんなに丁寧に説明しているのに、何故はぁ?と聞き返されるのか。もうあれか?図解でもして説明しなきゃならんのか。依頼を受けるたびに図解で説明しなきゃいけないなら、もう依頼は受けたくない。面倒だから。
メイルが睨んでいると、ベールはポリポリ頬をかく。
「あー、すまん。お前の話があまりに突拍子もなくてよ。魔物に眠りの魔術?そんな魔術あるのか?雷撃なら聞いたことはあるけどよ」
「元は眠れない日用に開発した魔術です」
「意外に生活に密着した魔術なんだな?!」
メイルはちょっと昔の事を思い出した。体感年数でいうと50年前ぐらいだか、それまで平気だった師匠のイビキがある日突然うるさく感じて、眠れなくなった。眠いのにイビキが気になって眠れない。何故いきなり音程が変わるのか。スタッカートで刻むな、ぐーって言ってたのに何で次はがごーって音になるんだ等々。イライラしたメイルはその時、静寂と眠れの魔術を編み出した。静寂で静かになっても目が冴えて眠れないので眠れもできたのだが、お陰でメイルは安眠を取り戻した。
「オッサンのイビキって、煩いですからねぇ」
「ぐっ」
ベールが息を詰まらせた。最近彼は妻に寝室を分けたいと言われている。理由はベールのイビキだ。若い時は平気でも、歳を経て妻も眠りが浅くなり、イビキに耐えられないと切々と訴えられた。
「し、しかしあの青大蜘蛛を雷撃一撃で倒すとは。今まで見たことがなかったが、どこの門下の魔術士なんだ?部署はどこだ?魔術士団との合同演習でも見たことないから第1や第2部隊じゃないよな?もしかして新人で第3部隊か?その実力ならすぐに第2に上がれるだろう!楽しみだな」
「どこの門下でもありません。師匠が魔術士だったんです」
「門下じゃないだと?!そんな魔術士いるのか?」
メイルはちょっとウンザリした。人里離れた暮らしをしているうちに、何とかという4家以外の魔術士は絶滅したのだろうか。それならメイルは数少ない生き残りか。
「お前の師匠が4家の出身だったんじゃないのか?名前は何て言うんだ?何人かは辞めて行った魔術士を知っているから、知り合いかもしれん」
「師匠の名前?アーノルド・ガスター」
「…真面目に答えろ。アーノルド・ガスターは伝説のー」
メイルはすっとベールの目の前に印章付きの手紙を出した。
「真面目に答えてる。師匠の遺言で、私はこの国に来た」
ベールは手紙の印章を見るなり、血相を変えた。メイルの手から手紙を奪う様に取ると、マジマジと印章を見る。
「おい、お前っ、これは冗談じゃ済まされんぞ」
ベールの顔が怒りで赤黒く変色し、立ち上がって腰の剣に手をかけた。
「これは先先代までジャイロ王国の国王が使っていた印章だ。今では使われていないが、悪用する者は厳しく罰せられる!何の目的があるか知らんが、我がジャイロ王国に仇なすものは俺が叩っ斬る!」
「冷えろ」
今にも剣を抜きそうなベールの周りを、ぐるりと氷が取り囲む。肌に触れるか触れないかの所で、ベールを型取りした様に包んでいた。
「落ち着いた?」
一歩も動けなくなったベールは目だけで同意を示す。メイルが手を振ると氷が綺麗に無くなった。ベールはがたんと椅子に崩れ落ちた。目は信じられないものを見た様に大きく開いている。ベールは騎士団長だ。その名に恥じぬ実力だと自負している。魔術士相手に戦った事だって数え切れない程あるが、こんな一瞬で無力化されたのは初めてだった。
だから分かった。目の前の魔術士の実力が。
己が勝てる相手ではないという事が。
「師匠が一昨日亡くなった。最後に邪竜を倒せと遺言を残したので私はこの国に来た」
メイルはベールの手紙をチラッと見て続ける。
「昨日はそれを持って王宮に行ったら門番に追い帰された。アーノルド・ガスターが師匠だと言ったら信じてもらえなかった」
ベールは訳が分からなかった。
アーノルド・ガスターは500年前の伝説的な魔術士だ。自分だって門番と同じ対応をするだろう。
「冒険者ギルドで成果を上げれば、王宮の人間の目に止まって王家の誰かに謁見できるかもと思った」
ベールが目を剥く。王家に接近して何をする気かと、また気配が殺気だった。
メイルが狙った通り、成果を上げたら王宮の関係者の騎士団長がやってきた。しかし。
「もういっかなーと思って」
ちょうど良く運ばれてきたフルーツタルトを受け取り、メイルはあっけらかんと笑う。
「何?何がもういいんだ?」
「師匠の遺言だったけど、無理してその通りにしなくてもいいかなぁって。昨日の門番と今日の貴方にその手紙見せて偽物だって言われたし。2回もトライしたんだもん、もう良いよね。義理は果たしたよね。ジャイロ王家の10歳以下の子どもが邪竜に食べられて、邪竜が完全復活してもさ、私に迷惑かけなきゃまぁいいかって。迷惑だったらその時倒せばいいし。なんで嘘つき呼ばわりされてまでそんな子どもを守らなきゃいけないのかと。王家の子どもだから騎士団とか、4家の魔術士が守れるよね!もう良いよね!フルーツケーキ食べて、青大蜘蛛の討伐と素材代金貰ったら帰るわ!」
実に晴れ晴れした笑顔を浮かべ、メイルは手紙をベールに渡す。
「私もう要らないし、悪用されても困るんだよね?じゃあオッサンにあげるから宜しくね!」
「ちょっと待て!いや、待ってくれ」
今度は顔面蒼白で、ベールがメイルのローブの裾を掴む。
「邪竜と、今邪竜と言ったよな?」
「うん、言ったよ。師匠が昔、邪竜を封じた時、ジャイロ王国の王家の血筋の者の協力で封じたので、邪竜が完全復活するには、ジャイロ王家の10歳以下の子どもの未完全な血肉を食べる必要があるってさ。だから守れって言われたんだけど、会えないんじゃ仕方ない!そもそも師匠だって400年も放ったらかしてたんだから、私がやらなくても怒られる筋合いないよね?私、一昨日この話聞いて、すぐに行動起こしたんだよ?偉くない?師匠孝行はもうこれでいいよね!じゃあお疲れ!」
「ちょっと待ってくれ!話を、俺の話を聞いてくれ!」
「えー?何?やだよ、斬られるとこだっのに」
ジロリと睨むとベールは深々と頭を下げた。
「悪かった。ジャイロ王国の印章をみて頭に血が上ったんだ。手紙を読ませてもらっても良いか?その後に話を聞いて欲しい」
せっかく逃げられると思ったのに。
がっくりと肩を落とし、手紙を読み始めたベールを前に、メイルはフルーツタルトを食べた。大変美味だった。




