41 第二段階解除と意外な第三段階
お久しぶりです。一年ぶりぐらいに投稿します。
待っていて下さる読者様。ありがとうございます。ごめんなさい。
翌日も、メイル達はエロ本の解析に取り組んでいた。
第2段階の魔術式はごく普通の大きさの魔術式だった。その事に弟子達はまずホッとした。メイルと共に表面的な探査から徐々に深く探査を進める。慎重に探査をかければ、爆発の魔術陣も特に問題なく避けられた。
「第2段階の魔術式は、随分複雑なものですね…」
顕現した第二段階の魔術式を見て、ゲンナリとスーランが呟けば、ファイが横で頭を掻きむしる。
「うわぁー。俺、こういう細かい作業、苦手っ!」
第2段階の魔術式は、複数の式をグチャグチャに混ぜたものだった。細い糸をぐちゃぐちゃに縺れさせたように見えるそれに、ラドが涙目になる。
「ううぅ。しかも脆い。一つでも式を損ねたら、『復元』で元の絡み合わせに戻る様に仕掛けられている」
嫌らしい魔術式だ。取り掛かる前から、心が折られる。
「メイル様。一応聞きますが、これの解き方のコツとかあるんですか?」
「んー。ああ、ほら、糸が絡まった時と同じで、端っこを見つけてそこから解いていくぐらいかなぁ。後はそうだねぇ、地道に」
昨日と同じ解除方法を示され、ヤッパリと弟子達は項垂れた。
「まあ、特別な道具とか、特別な魔術式とか、特別な能力とか、豊富な魔力とかは必要ないから。兎に角、地味にコツコツ続ければ、誰でも解けるものだから」
いかにも魔術士向けの仕事だと、弟子達は思った。
60年間の修行。それは地道な繰り返しだった。
4人が初め使えたのは、初歩の簡単な魔術だけ。
ファイなら小さな炎が出せた。スーランは小さな水球が。ウィーグは小さな風の刃が。ラドは小さな土の槍が。そんな小さな魔術しか使えない弟子達に、メイルは毎日コツコツ魔術を使わせた。毎日繰り返す事によって次第に魔術の発動は大きく、力強くなってきた。魔力が空っぽになれば魔力ポーションで回復し、飽きずに繰り返して行くうちに、やがて少なかった魔力は少しずつ増え、発動までの効率が良くなり、使える魔術の種類が増え、他の属性まで使えるようになった。
メイルが知っている魔術習得のちょっとしたコツだとかは教えてもらえたが、今の実力になったのは積み重ねた努力が実ったものだ。
だからこの解除は、魔術士向けの仕事なのだ。
その先に、必ず得られるものがあると信じて愚直に努力を続けることを生業とする、魔術士の仕事なのだ。
弟子たちは気持ちを切り替えて魔術陣に向き合った。
いつもの修行と同じ。それならば、気が遠くなるまで繰り返すことも、報われずに嘆く事も、彼らは慣れている。
真面目な顔で魔術陣の解析に取り組む弟子たちを横目に見て、メイルは満足そうに小さく笑った。
◇◇◇
もつれた糸を慎重に解きほぐすように、弟子たちは解除を進めていく。
第2段階の魔術式は、結局丸4日、5人掛かりで何とか解くことができた。終わったころには全員、目がショボショボしていた。細かい作業だったので。
それでも、前回の解除の時とは違い、今回はミルドの助言通りちゃんと食事を取り、合間に休憩を挟んだ。魔術に集中していたが、食事や休憩を促す侍女たちの言葉に気づく事が出来た。今までの不摂生な生活とは大違いの、実に健康的なライフスタイルである。
第二段階の解除が終わった夜は弟子達と夕食を取り、魔術式の解除についてああだこうだと議論を交わす。ここ数日で、すっかり細かい作業に慣れてきた弟子達に、メイルはご機嫌だ。
以前に課した魔石への結界付与。または転移陣の発動。どちらも非常に精密な魔術式の構成と魔力調整が必要なのだが、今回の魔術式の解除はその鍛錬に非常に向いているのだ。弟子達が意欲的に取り組んでいるおかげで、知らぬ間に鍛錬が進んでいる。邪竜の封印場所は必要な情報だし、弟子達に足りなかった技術も身につくし、正に一石二鳥だ。弟子達はかなり疲弊していたが。
次の第3段階。実はメイルにも次はどんな魔術式なのか予想できていなかった。第1、第2段階の魔術陣は、今まで師匠がメイルに課したことのあるものだった。これまでメイルに課された事のある魔術陣の解除は、第1,第2の魔術陣のみ。次の第3段階は、メイルにとっても未知の世界だ。
メイルは知らずに口角が上がった。
魔術士は全ての魔術の探求者。未知の世界を紐解く。未知との出会いは、魔術士ならば誰もが心を躍らせる瞬間だ。
何年修行を続けようと、この瞬間は楽しい。どんな危険ながあろうと、止めたいなどと思ったことはない。
明日の魔術式の解除に備えて、メイルは夕食を終えた後、早々と寝台に潜り込んだ。お出掛け前の子どもの様に、ワクワクし過ぎて中々寝付けなかった。
◇◇◇
「なにこれ…」
翌日、メイル達は早々に第3段階の魔術式の解除に取り掛かった。第2段階の時と同じ様に慎重に探査を進め、昨日よりは確実に早く魔術式の顕現までたどり着けたのだが……。
「こんな魔術式、ありですか?」
スーランが呆然と呟く。無理もない。余りに常識はずれの魔術式だったのだ。
「立体…」
魔術式の全体を見回し、メイルは呻いた。エロ本の上にデデン、と現れたのは、一抱えもありそうな、様々な立方体を複雑に積み上げた魔術式。そして、その横にたぶんこれが解除の形なのだろうと思われる立方体を別の形に組み合わせた図解が浮き上がっている。
「えっと、つまり。この立方体をこの図解の形に変更しろってことかな?」
ラドが何故か触れられる魔術式をツンツンとつつく。冷んやりとした、堅いような柔らかいような、妙な触感だった。
「うげ、なんか動かし方に制限があるぞ? この形は上下にしか動かねえし、この形は右にしか動かねぇ」
カチカチと魔術式を動かし、ウィーグが顔を顰める。
「なるほど、個々の魔術式に制限を持たせているんですね。制限された中で、この図解の形にする……」
スーランが眉間に皺をよせ、魔術式を繁々と見つめた。
「どうやったらこの図解の形になるんだよっ! 全然原型を留めてねぇじゃないかっ!」
細かいことが苦手なファイが叫んだ。
「うーん、これって、あれー?」
「どうなさったんですか、メイル様?」
首を傾げるメイルに、スーランが声をかける。
「いやー。この魔術式さぁ。私が10歳ぐらいの頃、師匠がハマってた木片で作った木合わせに似てるなぁと思って」
「木合わせ?」
「持ってたっけ? あ、あった」
メイルが収納魔術から取り出したのは、両手に乗るぐらいの大きさの木片だった。いくつかの木片が複雑に組み合わさっている。
「あー。本当だ、似てますね。動きが制限されるのも同じ……。って、これ、このまんまじゃないですか?魔術式の」
スーランがメイルの手の上の木片と魔術式を見比べ、あっと声を上げた。
「本当だー。幾つか種類があるんだけど。この形と一緒だね」
メイルは収納魔術から木合わせを5つ取り出した。作りは同じだが形は違う。それぞれ複雑に組み合わされている。
「この木合わせって、誰が作ったんですか?」
「師匠だよ。近くの村で流行らせようとしてたけど、難しすぎるから、流行らなかったんだよね。みんな忙しいから遊んでる暇ないって」
確かに、平民が解くには難しいかもしれない。じっくりと時間を掛ければ解けるかもしれないが、メイルが住んでいた近くの村は一般的な農村。昼はせっせと畑仕事に勤しみ、夜はろうそくが勿体無いと暗くなったらさっさと寝てしまう農民達に、玩具で遊ぶ暇などない。興味を持ちそうなのは子どもだが、子どもとて、ある程度大きくなれば立派な働き手。働けないほど小さな子には、木合わせはそもそも難しい過ぎて理解ができない。結局誰にも遊んでもらえず、師匠の部屋の棚に埃を被って置かれていた。木合わせを抱えてショボンとする師匠を見かねて、幾つかはメイルも付き合って遊んでやった。
「じゃあ、この木合わせを解くことが出来れば、魔術式の解き方も分かりますね」
「そうだね。木合わせの方で解き方が分かれば、実際の魔術陣で色々試す分の魔力が節約できるね。罠も気にしなくていいし」
メイルは慣れた様子でカチャカチャと木合わせを組み替えていく。弟子達はメイルの手元を覗き込み、その複雑な動きに見入った。
「君らもさー、他の木合わせ試して見て」
「え? 何でですか? 魔術式はメイル様が今やっている木合わせの形ですよ?」
メイルははぁっとため息をつく。
「だってさぁ、師匠だよ? この木合わせが解き終わったら、次の木合わせの形に変形ぐらいさせると思うよ?」
メイルの言葉に、弟子達は揃って顔を引き攣らせた。
あの悪意の塊のような魔術式を組んだ人だ。今回の魔術式だって、解いた途端に次の形に変形させ、こちらの心を折ってくる仕様に違いない。
弟子達はメイルの言う通り、素直に別の木合わせを手に取った。何度も予想外の連続で心を折られてきたが、今回こそは余裕を持って魔術式を解いてみせると決めた。
張り切る弟子達の隣で、メイルは1人浮かない顔のまま、木合わせを続けていた。
エロ本と見せかける偽装工作。
第1、第2、第3と、段階を踏むごとに難易度が増す魔術式の解除。
伝説級の災厄である黒トカゲの封印場所を記す手がかりを隠すには相応しい、厳重な封印だと思うのだが。メイルは違和感を拭う事ができなかった。なんというか、師匠にしては真っ当過ぎる。
大魔術士アーノルド・ガスターという男は、何一つとして予想通りだった事がない、実に残念な人だった。
あれはいつだったか。師匠が偶然見つけた地下洞窟に『お宝』を隠し、アホみたいに魔力を注ぎ込んでダンジョン化させ、メイルに宝さがしゲームをさせた事があった。地下洞窟に住み着いていた野生動物が大量の魔力で討伐レベルS級~A級の魔物に変化しており、しかも悪趣味な罠が悪ノリした師匠によりこれでもかと仕掛けられており。まだ今ほどの実力がなかったメイルはこの地下洞窟で本気で何度も死にかけた。
下手に戻ることも出来ない地獄の中、ようやく辿り着いた地下洞窟の最奥。
伝説級のボスと、それこそ死力を尽くして戦い。こちらも深手を負いながら、ボスに止めを刺し。
ようやく手に入れた『宝』は。
近くの村の酒場の30%割引券だった。
無料券ですらない。
宝箱の中身を確認したメイルは、怒りを通り越してもはや師匠に殺意しか持てなかった。割引券(しかも期限が切れていた)を無表情で燃やし、地下洞窟を抜け出したら絶対に師匠を殺ってやると心に固く誓った。宝箱の中身を手に入れると、地下洞窟内の魔物たちの強さが格段に上がるといった無駄極まりない魔術式が施されており、行き以上に帰りの方が危険だったのも、その殺意に拍車をかけた。
地下洞窟を壊滅させて、ズタボロになったメイルが殺意を漲らせて家に戻った所。
諸悪の根源である師匠は、件の割引券の酒場で働く色っぽいお姉さんを口説き落とすことに成功し、連れだって温泉旅行に出掛けていることを知った。更に殺意が増したので、メイルは念入りに罠を張って師匠の帰りを待っていたのだが。
数日後、温泉街の宿から師匠が無銭飲食をしたから引き取りに来いと連絡があり、そこへ駆け付けると。高い酒をパカパカ飲まされ酔い潰されて、連れの色っぽいお姉さんに有り金と荷物と衣服を全て持ち逃げされ、宿に払う金もなく腰にタオルを巻いた姿でションボリと皿洗いをする師匠と対面した。
余りに情けなさ過ぎて、殺意すら失せてしまった。
余計な事も思い出してしまったが、つまり、アーノルド・ガスターという人は、仕掛ける罠が壮大な癖に褒美はショボいという、大変、バランスの悪い男なのである。罠を仕掛けるの頃はやる気満々なのに、褒美を考える頃には飽きているという、迷惑極まりない性格をしているともいえる。
張り切る弟子たちがガッカリしないかと一抹の不安を抱きながらも、取り敢えずこれしか手掛かりはないため、黙々と木合わせを続けるメイルだった。
なにげにアーノルド・ガスターのアホ話を書くのが好きです。
イイですよね、出来るのに残念な男。




