40 第一段階解除
久しぶりの投稿です。
お待たせしてしまい、すいません。
サーフから命じられた休暇で、貴族の様な休暇を過ごしたメイルだったが、無駄に豪華な装飾のエロ本を前にして、現実に引き戻されていた。
「優雅な休暇の後の仕事がこれかぁ」
「何回見ても、ただのエロ本ですけどね」
スーランがエロ本をひっくり返しながら、不思議そうに呟く。
メイルの休暇に合わせて、交代で休暇をもらっていた弟子達は、久々に友人や家族と過ごしてリフレッシュした気持ちだった。弟子達にしたら60年ぶりに家族や友人に再会したのだ。感動して涙ぐんでしまったが、家族や友人達に大袈裟だと呆れられ、温度差を感じてしまった。
「それで、メイル様。どうやって解除するんですか?」
ウィーグがワクワクした顔で本を見つめる。オモチャを前にした子どものようだ。他の3人もそっくりな顔をしている。
「地道に」
「え?」
「地道に」
メイルはエロ本の表紙の端に触れる。小さく魔力を流すと、小指の先程の魔術式が浮き上がった。
「っ!?何ですか?この小さい魔術式っ!」
「うん。思った通りの第一段階。師匠の魔術式『極小くん』。これが本の全体に付与されているはずだから、先ずはこれを解除する」
「本全体っ?!」
弟子達は悲鳴を上げた。小指の先程の魔術式だ。メイルの言う通り、本全体に付与されているとしたら、数百、いや、数千の魔術式を解除する事になる。
「『極小くん』の解除自体はそれほど難しくないよ。数が多いだけで。たまに術式が微妙に変わっていることがあるので、気をつけてね」
そう言ってメイルは、浮き上がった魔術式に解除の式を付与する。パリンッと小さな音がして魔術式が砕け散った。
「い、一気に解除する方法とかないんですか?例えば全体に魔力を流して式を浮き上がらせるとか」
ラドが震えながら提案するが、メイルは視線も向けずに否定する。
「ダメ。多分一つ以上魔術式を顕現させると爆発する」
顔を上げ、弟子達にニコリと微笑む。
「地道に」
夜の帳が下りる頃、『極小くん』の解除がようやく終わった。
屍のように床に倒れ伏す弟子達を横で、メイルは数時間同じ体勢で作業をしていた為に固まった身体を、ゴキゴキと解していた。
メイルと弟子達の4人で交代しながら、次々に魔術式を解除していったのだが…。
「4989個も魔術式があったよー。いやー、流石に疲れた。細かい作業で目がショボショボするー」
魔術式の解除は、メイルの予想通りそれほど難しくはなかった。弟子達も、最初は小さな魔術式に戸惑っていたが、数をこなせばスピードも上がり、もっと早く終わるかと思っていたのだが。
「うっうっうっ。まさかトラップの魔術式に、『復元』を付与するなんて」
「半分終わったー!ってときに『復元』が発動して最初からやり直しになるなんて…」
「しかも『復元』に警戒して進めたら、『半復元』とか『100個復元』とか地味な嫌がらせの魔術式が…」
「メイル様の師匠は悪魔です。地味に心を折る悪魔っ!」
弟子達は泣きながら床に倒れている。最後から一つ前の魔術式に『復元』の魔術式が巧妙に隠されていて、全部やり直しになった時の絶望といったら無かった。
「まぁまぁ。これぐらいで心折られてたらダメだよ。まだあと2段階あるからね?言ったでしょ、3重に掛けられているって」
メイルは身体を解し終えると、部屋の灯りをつけて、再びエロ本の前に座った。このまま次の段階に進むつもりだ。弟子達はノロノロと身体を起こし、席に着く。
「メイル様」
第2段階の魔術式の解析を始めてから数分経った時、後ろから掛けられた声にメイルはビクリと肩を揺らす。
弟子達も揃って身体を強張らせていた。後ろから魔獣も真っ青の圧を感じる。
「侍女たちから、昼餉を召し上がらなかったと報告を受けましたが?」
7日の休暇から復帰し大変多忙なはずの宰相様が、いつの間にか部屋の中に立っていた。
そういえば夕方だ。
魔術式解除を始めたのが朝。それから休憩なし。
途中で侍女達から話しかけられたような気がするが、集中すると止まらない魔術士達の耳には入っていなかった。
「休暇が終わってすぐにコレですか?」
コツコツと足音が近づいてきたが、メイルと弟子達は振り向けなかった。怖くて。
足音がメイルの真横で止まる。いつもミルドが付けている控えめな香水の薫りがして、メイルは覚悟を決めてギギギと顔を上げた。
「こ、今晩はミルドさん。い、いい夜ですね」
メイルの引き攣った顔に、ミルドはとてもいい笑顔で応える。
「えぇ。メイル様と夕餉をご一緒できる、素晴らしい夜です」
そのまま手を取られ、椅子から立ち上がったメイルを、ミルドはエスコートした。メイルは弟子達に困惑の視線を送るが、弟子達は頑なに目を逸らしたままだ。
「ファイ、スーラン、ラド、ウィーグ」
メイルに向けられた甘やかな声から一転、氷河を思わせる冷たい声に、弟子達の背筋はピシッと伸びた。
「「「「はいっ!」」」」
「君たちもきちんと食事を取りなさい。……次はないよ?」
「「「「はいっ!」」」」
言外に込められた圧に、弟子達はカクカクと頷く。
「あ、あのー?ミルドさん?私、もうちょっとお仕事を……」
「朝から根を詰めてお疲れでしょう。今日はもうお休みになられますよね?」
「ソウデスネ」
優しいが有無を言わさぬその言葉に、メイルは早々に反抗するのを諦める。こういう時のミルドには、何を言っても勝てない。
「全く、困った方だ。目を離すとすぐに私との約束を忘れてしまう」
食事と睡眠はキチンと取ると、休暇が終わる前に約束させられていた。確かに仕事復帰早々約束を違えた事になり、メイルは気まずげに首をすくめる。
メイルは大魔術士隊の執務室に近い、小さな食堂に連れ込まれ、ミルドの隣の席に降ろされた。いつも大魔術士隊の執務室で軽食ばかり食べているメイルが、この食堂を使うのは初めてだった。
侍女達が手早く、目の前のテーブルに食事を並べていく。
「どうぞメイル様、口を開けて」
そのまま自然な流れで食事を口元に運ばれ、メイルは更に困惑する。
「ミルドさん?自分で食べられますが……」
「メイル様はお疲れです。私にお任せください」
あーん、と口を開ける様に促され、メイルは言われるがままもぐもぐと食事を頬張る。口の中で蕩けるトマトソース掛けのお肉は、香草の香りがして大変美味だった。
「メイル様。私に食事を食べさせられるのがお嫌でしたら、これからはお約束を守って、食事をキチンとお取りください」
ミルドは意地悪な笑みを浮かべ、揶揄う様にメイルの瞳を覗き込んだ。
「別に嫌ではありませんが……。ミルドさんも食べましょう?」
メイルはのほほんと言うと、お返しにとフォークに刺したお肉をミルドに近づける。
反射的に口を開け、肉を咀嚼するミルドに、メイルはキラキラの笑顔を溢す。
「美味しいですか?」
小首を傾げるメイルに、ミルドの顔がどんどん赤くなる。
「……敵いませんね」
「うん?」
顔を覆ってため息を吐くミルドに、メイルは不思議そうな顔をする。
「いえ。美味しいですね」
「王宮のご飯はいつも美味しくて幸せです!」
上機嫌のメイルに、ミルドはウンウンと頷いた。
「それは良かった。料理人や侍女達が心を込めてご用意しています。これからはキチンとお召し上がりください」
「うっ、ごめんなさい。気をつけます」
メイルは給仕の為に控えていた侍女達に、ペコリと頭を下げる。年若い侍女達は、先ほどからのミルドとメイルのやり取りに赤らんだ顔をブンブンと振った。ちなみに今日の侍女達の中にサーニャの姿はない。サーニャがいたら冷め切った目でミルドの行動を諫めていただろう。
結局、ミルドとメイルの食べさせ合いは食事が終わるまで続き、側に控えていた侍女達を大層悶えさせた。
次に食事を忘れたらまた食べさせますよとミルドに注意をされたメイルだったが、それの何が罰になるのかピンとこないメイルは、取り敢えず頷いておいた。




