間話 サーフとミルド
久しぶりの更新です
「それで、休暇はどうであった?」
休暇を終えさっそく呼び出されたミルドは、サーフの不機嫌そうな顔にニコリと笑みを浮かべる。
「大変有意義な休暇でございました」
「お前の感想なんぞ聞いていないっ!メイルは休めたかと聞いているんだっ!お前が楽しんでいたのは、アリィシャや侍女達から嫌というほど聞かされたわっ!」
「左様でございますか」
「…正直、本当にお前の話なのかと耳を疑った。フッ、男色の疑いが持たれるほど、女を寄せ付けなかったお前がなぁ。物語の王子も顔負けの溺愛だと、アリィシャが騒いでいた」
サーフの嫌味にも、ミルドは微笑むだけだ。
「ジグからの報告で、メイルの検診結果が出たている。定期的な魔力核治療が必要。あと、疲労度の蓄積が酷い。栄養状況もよくない。ジグの意見としては、もう少し休養を取らせた方がいいと」
サーフが差し出した報告書を読んで行くうちに、ミルドの顔は段々と険しくなっていく。
「弟子達の報告も合わせて考えると、あやつ、ジャイロ王国に来てから殆どマトモに寝ておらん。疲れたら回復魔術やポーションを多用していたようだ」
「弟子達も同様の生活ですよ。そこは厳しく言い聞かせましたから」
ルガルナで弟子達の作成した課題の量を見て、おかしいと思うべきだったと、ミルドは悔やんでいた。時間操作で時間を作り出していたのかと思ったらそうではなかった。あの術は、多量の魔力を喰う。メイルとてそう簡単には使えぬものなのだ。つまり弟子達もメイルと同じく、文字通り寝食を削り、課題に取り組んでいたのだ。別に、メイルが短期間で過酷な課題を課していたわけではない。全員が魔術バカだったため、課題に夢中になってしまい、結果、健康的とは言えぬ生活を送っていたのだ。
「おまけにメイル付きの侍女達は全く仕事をしておらんかったからな。気付くのが遅れたわけだ」
優秀な侍女ならば、主人が無茶をすれば諌め、主人が聞かねば大魔術士隊預かりであるミルドかサーフに奏上していただろう。だがあの侍女達は大魔術士隊を平民の集まりと侮り、職務を放棄していた。
「あの侍女たちは馘首の後、親元へ返しました」
ミルドが平坦な声でサーフに告げる。サーフは片頬を歪ませ、皮肉な笑いを浮かべた。
「ほう。王宮に行儀見習いで侍女として上がった貴族の子女が、馘首の上、返されたか」
それは即ち、必要な行儀が身に付かなかったと王家が公言したも同然だ。そんな貴族の子女が、どこに嫁入りできるというのか。まともな貴族なら、そんな訳ありの娘と縁を結ぼうとは思わない。
「親元から、本人の自主退職にして欲しいと嘆願がありましたが、叩き潰しておきました」
優し気な笑みのまま、ミルドは平然と物騒な事を言う。己の懐で大事に大事に守っているつもりだったメイルに要らぬ苦労をかけていたばかりか、それに長らく気づかなかった事に、ミルドは激怒していた。その矛先は当然、侍女たちに向く。
「今のメイル付きはサーニャか。まあ、適材と言えるな」
ミルドの妹であり、元はノート侯爵家の令嬢だ。アリィシャの話によれば、メイルとの相性も悪くないらしい。
ミルドと似て穏やかだが押しの強いサーニャは、メイル達をきちんと休ませるという。
「ふ、ふふ。聞いたか、ミルド。メイルは、お前と忙しくて会えない時に、お前と似たサーニャと会えたら、寂しくないなどと申していたらしいぞ。随分と懐かれたものだな」
サーフの揶揄うような言葉に、ミルドは虚を突かれたように目を見張った。
「なんだ、サーニャから聞いていなかったのか?サーニャはアリィシャに報告していたぞ。それを聞いた日のアリィシャ達はそれはもう、大騒ぎで…」
揶揄いながら言葉を続けるサーフだったが、ふとミルドを見て、絶句した。
「お前…。気持ち悪いぞ」
ミルドは珍しくも、にやける口元を手で覆い、顔を真っ赤に染め、明後日の方向を向いていた。
常に冷静沈着、隣国が小競り合いを仕掛けてきた時など、不敵な笑みで逆手に取って自国に有利な結果をもぎ取った男が、女の言葉一つで動揺して顔を赤らめるとは。この敏腕宰相を知る誰もが、今の彼を見たら顎の骨が外れるほど驚くに違いない。サーフとて幻でも見ているような気分だ。
「…お前も恋をするんだなぁ」
サーフはしみじみと呟いた。サーフが王位に就く前からミルドは側に仕えているが、この男は誰にでもニコニコと愛想は良くとも易々と女性に心を開く事はなかった。昔から、色恋も己とは関係のないものとして捉えており、筆頭侯爵家の跡取りだというのに婚約者すらいない。通常、高位貴族なら婚約者をつくらないなど許される事ではないが、宰相としての飛び抜けた才能と人身掌握術で、己に降りかかる煩わしい縁談を力づくで踏み潰してきたのだ。ノート侯爵家かジャイロ王国に益がある婚姻ならば受けたかもしれないが、これまでミルドが婚姻してもいいと思うほどの縁はなかった。
それが、計り知れない力を持つとはいえ、相手は平民の孤児。後ろ盾は何もない。しかもろくに会話も交わさぬまま、ミルドは出会ってすぐにメイルに惹かれていた。どんな美姫にも教養深い女にも、全く食指を動かさなかった男が。
サーフには全くどこがいいのか分からないが、変人同士、何か通ずるものがあったのか。いや、メイルにはいまいち通じてない、一方通行か。
ミルドには驚かされたが、それ以上にメイルである。サーフはアリィシャやその侍女達から話を聞いただけだが、あからさまなミルドのアプローチに全くこれっぽっちも靡かないという。それはもう求婚だろうという言葉にも、それは婚約者にしか許されんだろうという接触の仕方にも気付かない。多分、本人には口説かれている自覚がない。ミルド以上に、恋愛や結婚というものが己に関係あるものと思っていないようだ。たぶん、アレの頭には魔術と食べ物の事しか入っていないのだろう。これも、魔術漬けの生活の弊害か。
「なかなかにコチラの想いは伝わらず、ホイホイと老若男女を惑わしておいでです」
ミルドは哀切を込めた溜息をつく。鈍感を通り越した生き物であるメイルに、気苦労が絶えない様だ。
サーフが同情めいた視線を向けるが、ミルドはニコリといつもの読めぬ笑みを浮かべた。
「まぁ、取り敢えず婚姻を結んでじっくり取り掛かるという手もありますからね。外堀を埋めてこちらの手の内に堕ちていただけたら、あとは精神的に逃さぬ様に追い込めば…。どちらにせよ弟子達は掌握も出来ているし、後は情に訴えてみるか…」
恋する男とは思えぬ、人道的にもアレな事をブツブツと呟き、ミルドは思惑に耽る。
恐ろしげな言葉を漏れ聞いたサーフは、一国の王らしく冷酷にそれもアリかと納得したが、果たしてそれがメイルに通用するのかと疑問に思った。アレはこちらの想像の遥かに斜めを行く生き物だ。
「まぁ、アレには政や柵など関係ない。せっかく懐かれたのに、逃げられん様にな」
「勿論です」
サーフの言葉にミルドはいつもの笑みを浮かべる。内面の獰猛さなど感じさせぬ柔らかな笑みだ。
「あぁ、大魔術士隊の業務軽減のために、専属の文官を付けようと思っているのですが」
「文官を?」
「ええ。5人だけの隊とはいえ、関わる部署も多いですからね。弟子達は鍛錬に課題だけで手一杯です。他の魔術士隊や騎士達との連携、細々した書類作成などを一手に引き受ける者が必要でしょう」
確かに他の魔術隊にも専属文官がいる。大魔術士隊は弟子達が優秀だったため今まで書類仕事を任せていたが、アホみたいに利益を生み出す課題をこなすので、追いついていない。魔力剣や魔力ポーションなど、量産体制を整えたいので、早急にその関係書類を整える必要がある。
「ふむ。内情を知らせることのできる、信頼のおける者がよいな」
「気骨のある面白い者達を見つけました。我が家の分家筋の者もいるので、裏切るなど考えもしないでしょう」
鉄壁の結束を誇るノート侯爵家。その頂点に立つミルドに逆らう気のある分家のものなどいない。邪竜の復活について知ろうが、軽々しく口にする心配などない。
「アリィシャと子を守るため、不用意に大魔術士隊の人数を増やすことができず、メイル達には負担を掛けている。お前の眼鏡に敵う者ならば余も安心だ。お前の思う通りにしろ」
予想通りのサーフの快諾の言葉に、ミルドは深々と頭を下げた。
この決定により、ある文官達の未来が大きく変わることになるのだが、この時のサーフとミルドは、もちろん気付くこともなかった。




