39 魔力核の治療
「ではメイル様。施術させて頂きます」
「はぁーい」
穏やかに声をかけられ、メイルは施術台の上で欠伸混じりに答えた。
7日間の休暇の最終日、メイルはジグの王宮魔術士隊にやってきていた。
7日の休暇の間、メイルはアリィシャの診察に立ち会う以外、本当に全ての仕事をさせてもらえなかった。アリィシャの診察もジグが主に行い、メイルは後ろで話を聞き、気になった時だけ助言をするのみだ。その後はアリィシャとお茶を共にする。何故か妙にアリィシャが休暇中の事を根掘り葉掘り聞いてきたが、メイルは特に隠す事もなく正直に話した。メイルの話にアリィシャは「んまぁ、なんて情熱的なのっ」「溺愛ですわねっ!」「大人の包容力ですわっ!」「嫉妬ですわよ、それ!」などと叫んでいて、非常に満足そうだった。
メイルはただ、ミルドと食事に行った事や、馬の乗り方を教えてもらった事、近くの湖にピクニックに行った事、劇場に連れて行ってもらった事、ドレスや宝飾品を沢山贈られたことを話したのだが、アリィシャの琴線に触れまくったようだ。
「侍女達から、お話は伺っておりましたけど、これでしたら安心ですわ」
非常に満足そうなアリィシャをメイルは不思議に思ったが、アリィシャは構わずズバズバと聞いてくる。
「それでメイル様は、ミルド様の事をどう思っていらっしゃいますの?」
「良い人だよね。仕事もできるし気遣いもできる凄い人だよ」
メイルの答えに、アリィシャは不服そうに唇を尖らせた。
「メイル様…。ミルド様を恋しく思われたりしませんの?」
「恋しく…?」
メイルは考える。ミルドはいい人だが、はて、恋しいかと言われたらよく分からない。メイルはまだ17歳だが、体感的には100年以上、魔術漬けの生活だった。恋だの愛だの入る余地はなく、術式の開発や改良、師匠の尻拭いに奔走してきたのだ。
「んー?よく分からない?」
首を傾げるメイルに、アリィシャはそれでも諦めなかった。
「そ、それでは例えば、ミルド様が他の女性をメイル様と同じように扱われたらどう思いまして?」
嫉妬心から恋心を自覚しないかと、アリィシャは試してみたのだが、メイルにはピンとこなかった。
「え?ミルドさんが?想像つかないなぁ。大魔術士隊以外にもお世話しないといけない人がいるなんて、宰相って大変なんだね。他の仕事も山積みだろうに…」
そもそも彼は他の人間にホイホイと便宜を図るほど甘い人間ではないだろう。メイルや弟子達が国益になるから、好待遇なのだろうとメイルは思っている。
「うぅーん。でもミルドさんが他の人のお世話をして、遊んでくれなくなるのはつまらないなぁ。その時はサーニャさんが遊んでくれる?」
チラリとサーニャを見ると、非常に良い笑顔で頷いてくれた。最近のサーニャは、メイルの世話について毎日のようにミルドと喧嘩をしている。何故か兄妹でメイルの世話に関して対抗心をもっているようだが、2人の掛け合いが面白くて、メイルは気にせず放置している。
「ミルド様…。敵は手強いですわ。でもこのメイル様を扱えるような猛者はミルド様ぐらいしかいらっしゃいませんっ!頑張って!」
最後には、アリィシャは拳を握って何やらミルドを激励していた。お茶の時間の終わりを見計らってメイルを迎えに来たミルドは、アリィシャの剣幕に驚いていたが、メイルをチラリと見ると艶やかな笑みを浮かべた。
「勿論です。アリィシャ妃の激励、しかと受け取りました」
ミルドは騎士の礼をとり、メイルに近寄ると髪を一房手に取り口付ける。流れるような美しい動きと情熱的な行動に、侍女達から悲鳴が漏れた。
ミルドとメイルを見送った後、後宮内の興奮がなかなか治らなかったことを、メイルは知らない。
まあ、そんな事が色々あったメイルだったが、最終日はジグの検診を受けることになった。メイルの激務と身体の酷使を心配したアリィシャが、ジグの診察を受けるよう助言したためだ。ジグは魔術にのめり込み過ぎる所さえ無ければ、国一の回復魔術士だ。医療の知識も深い。ジグの診察を断る理由も特に無いので、アリィシャの助言を受け入れたのだ。
「メイル様。では魔力核の状態から診させて頂きます」
結界石を見て目を血走らせていたのとは同一人物とは思えないほど、ジグは穏やかな調子で言った。
「ふぁー…い」
ベッドに伏すと自動的に眠くなり、メイルは半分寝ながら答えた。最近は弟子達やミルドに厳しく寝る時間を監視されており、ちょっとでも夜更かししようものなら、ミルドにベッドまで運ばれ寝付くまで子守唄を歌われる始末だ。そんな毎日なので、十分な睡眠も取れているはずなのに、何故眠くなるのか、謎だ。
柔らかく背中に触れるジグの手から、温かな光属性の魔力が流れてくる。メイルも光属性を使えないことはないが、光属性は生まれながらの性質が一番影響する。その点、ジグには敵わない。
ジグは光の魔力でメイルの身体が弛緩するのを感じた。光属性の一番大きな特長である癒しが、メイルの全身を覆うのを、満足気に見つめる。
ジグにとって、メイルは師であり、新たな研究対象を与えてくれた恩人であり、ジグが越えられなかった魔術の壁をアッサリと超えた憧れだ。その人を、己の特技である光魔術で癒す事ができるのは誉だった。
ゆっくりと確実に、ジグは光の魔力をメイルの身体に流し込む。メイルの中心にある魔力核にそれが到達すると、ジグは驚きで目を見開いた。
魔力核は、生き物の身体の中には必ず存在するものだ。生物が生きるのに欠かせないもので、その命の元といっても過言ではない。一般的に魔力なしと呼ばれる者たちも、生きるのに必要な魔力核と魔力は必ず身体の中にある。その魔力は全て生命維持にのみ使われ、体外に発現できないだけなのだ。魔力核があまりに小さい者は、長じるにつれ魔力核からの魔力供給が成長に追いつかず、命を落とす事もある。
ジグが感じたメイルの魔力核は、今までに診た誰よりも大きく、深かった。底知れぬ魔力を蓄えていた。しかし形は歪で、深い傷が所々にあった。
何故こんなに歪なのか、何故こんなに傷だらけなのか。
その答えを、ジグは知っていた。
歪なのは何度も魔力核から溢れるほどの大きな魔力を蓄えたため。
傷だらけなのは何度も魔力を限界まで放出し、魔力枯渇を起こし核が縮んだため。
ジグはメイルの魔力核を光の魔力で包み癒しながら、両目から涙を溢れるのを止められなかった。メイルの魔力核には古い傷もあったが、深く大きな傷は新しいものだった。致命傷になりかねない傷だ。
何故、魔力枯渇を起こしたのか、ジグは弟子達から聞いていた。弟子達を鍛える為の時間操作。短期間で弟子を育てる為に、メイルは相応の負荷を引き受けた。
その傷を慎重に慎重に癒しながら、ジグは涙が止まらなかった。きっと傷のことを聞いても、メイルに笑って誤魔化されるだろうと思ったから。
年若い大魔術士が何も言わずに、自身を削るようにして来たる災厄に備えていてくれた事に、深く頭が下がる思いだった。
◇◇◇
「寝てたぁあ」
ジグの施術が終わり、すっかり寝入っていたメイルはグッと伸びをして、自分の身体が軽くなっているのを感じた。
「うわぁ。すごく調子がいい!魔力の循環もいつもより効率が良くなってる。うーん、魔力核の治療ができるなんて、ジグさん凄ーい。さすがジャイロ王国が誇る魔術士だねぇ」
メイルがジグに視線を向けると、ジグはメイルの足元に平伏していた。漏れ聞こえた嗚咽に、メイルは苦笑する。
「ジグさん?そんなに泣かないで。ジグさんの治療で大分良くなったし、私が勝手に心配して色々準備しているだけだから。邪竜がいつ来ても万全の体制で戦いたいからね」
メイルに背をポンポンと叩かれ、ジグが顔を上げる。見慣れた泣き顔が、そこにある。
「メイル様…」
しかしいつもの魔術バカの覇気がなく弱々しいジグに、メイルは調子を崩される。なんだか身体がムズムズして、ついつい言い訳が口を飛び出した。
「あの、その、最初はねぇ、師匠の遺言だからって渋々この国に来て、あんまりやる気もなかったんだけど。この国で色々な人たちと関わったら、師匠の遺言とかは関係なく、黒トカゲの思い通りにさせるのは嫌になっちゃって。だって、アリィシャ様の赤ちゃんを見たいし、弟子達の成長も見守りたいし、ジグさんと結界石の研究も続けたいし、ミルドさんとお茶をしたいし。今まで師匠と二人か、自分一人で過ごす事が多かったから、誰かの為にって動くのが楽しいよ。それに、もっとみんなと一緒に居たいしね」
「私も、楽しいです。メイル様と一緒に研究をして、若返った気分です」
メイルはジグの手を取り立たせると、パアッと顔を輝かせた。
「そうだ!ジグさん。相談に乗って欲しいんだけど。スーランと改良してる魔力ポーションが、性能は上がったんだけど味がイマイチでさ。何をしてもドグラグラのせいで口の中の痺れが取れないんだ」
「……メイル様。ドグラグラは危険指定された毒物ですぞ。そもそも何故、飲料に混ぜようと思ったんです?」
「ドグラグラって、魔力含有率は低いけど魔力融和率が植物ではトップクラスなんだよ?溶媒としては非常に優秀なんだよね、味さえ良ければ。無毒化は簡単だし!でも、味がね…」
「まずはドグラグラの無毒化からして初耳ですな。確かに溶媒としては最適ですが、これまでは完全な無毒が出来ずに手付かずだったんですが。…私の弟子に植物が専門の者がおります。其奴も研究に混ぜても宜しいですかな?」
「あ、助かるー。師匠と一緒に作った大陸各地の植物図鑑とか興味あるかな?あんまり人が入らないような秘境の植物とかも載ってるんだけど!」
「私に先に読ませてくださいませっ!」
クワっと目を見開いて叫ぶジグに、メイルは笑い声を上げた。
「ジグさんが徹夜しないって約束してくれたらねー。私が陛下に怒られちゃうもん」
「お約束しますっ!お約束しますからっ!メイル様っ!」
穏やかな秋の昼下がり、いつもの騒がしい声が宮中を駆け抜けていった。




