38 護衛の必要性
襲撃されたメイルに、護衛がつく事になった。
護衛には襲撃事件を解決した、ノート家直属のダインが任命された。
大魔術士を襲ったその事件は、貴族家が複数関わったものだった。何としても側妃を出したい貴族家が、メイルを攫い、愛妾としての資格を失わせるため、他家を通じてあの襲撃者達を雇っていた。捕らえた襲撃者達から首謀者を吐かせ、証拠固めから捕縛までたった数日で行った功績が認められたのだ。
もともとノート家の護衛に過ぎないダインだったが、今回の襲撃事件解決の功により、正式にジャイロ国の警備部で一部隊を任される事になった。ミルドの部下である事には変わりないが、国の警備部ともなれば、なかなかの高待遇だ。その上、王の愛妾の専属護衛。一私兵からは考えられない出世だ。本人は必死で固辞したが、笑顔のミルドに圧し切られた。
そもそも、メイルに護衛など必要ないことぐらい、サーフもミルドも分かっているのだ。騎士団・魔術士団を魔術一発で壊滅させる程の力量があり、毒も薬も効かない。そんなヤツをどうやって倒すと言うのか。しかしメイルは中身はどうあれ、外見はか弱き乙女だ。昨夜の襲撃者のように、護衛がいないと侮り、実力行使でメイルを害そうと考える馬鹿がこれからも出てくる可能性がある。それを防ぐためにも、メイルに分かりやすく目に見える形で護衛を付けた方が、無駄な襲撃をする者もいなくなるだろう。これ以上、不埒な事を考える貴族家が続出したら、ジャイロ王国から貴族がいなくなってしまう。
下級の騎士爵である自分が、一生謁見する事はないと思っていた国王陛下から直々に呼び出され、飾りの護衛に任じられた。完全に逃げ場を塞がれたダインは、大魔術士隊の執務室内で、メイルの弟子達から物珍しそうにジロジロと見られるという洗礼をうけていた。
「メイル様に護衛ですか。戦力の無駄遣いな気がします」
メイルの弟子ファイはダインを繁々と見て、そう評した。
ダインは激しく同意したい気持ちだった。メイルは見た目はか弱き淑女だが、あれは多分魔獣よりも強い。ダインの直感がそう言っている。
「メイル様は魔術だけでなく体術と剣術もお強いですよ。俺らもよく稽古をつけてもらいますけど、未だに4人掛りでも勝てた事ないです」
「そうなんですか?」
スーランの言葉に、ミルドが驚く。ダインも、あの華奢な身体でどうやって4人の若い男に勝てるのかと興味があった。
「メイル様のお師匠様に、魔術だけでなく色々な事を仕込まれたみたいです。マナーも語学も、主だった国のものは教え込まれたっていってました。覚えていて損はないって俺たちも修行中に色々仕込まれましたよ。メイル様にはまだまだ及びませんけど」
ミルドはカウチでスヤスヤお昼寝中のメイルの髪を撫で、ため息を吐く。
「そうなんですか。あの美しい所作からどこかで学ばれたと思っていましたが…。知れば知るほど魅力が増していく…」
カウチでだらしなくお昼寝する姿は淑女とは言えないだろうが、ミルドの目には魅力的に見えるのだろう。恋は盲目というやつか。
「ミルド様。そんなに触れてたらメイル様起きちゃいますよ?せっかくお休みになってるんだから、そっとしておいてあげてください。触るのは起きてからにしてください」
ラドが運んできた毛布をメイルに掛けながら、メイルの髪を撫でまくっているミルドに注意する。その言い方は、寝ている赤ん坊を構い過ぎて起こす夫を叱る、妻の様な口振りだ。
ダインもミルドがメイルの髪に触れ過ぎているのにドギマギしていたが、起きてたら触って良い事にはならんだろうと叫びたい気分だった。未婚の淑女に触るなど、男として褒められた事ではない。大魔術士もアレだが、弟子達も大分ズレている。
「すいません、つい、可愛くて」
クルクルとメイルの髪を指に巻き付け、ミルドは幸せそうに呟く。見慣れた光景なので、弟子達は特になんとも思わないが、ダインには目を疑う様な光景だった。
女性に潔癖過ぎて男色の噂まであるミルドの、その眼差しの甘さや優しく触れる手つきや蕩けきった顔は、ダインの知る主人とはかけ離れたものだ。穏やかな顔で部下に無茶振りをし、眉ひとつ動かさず貴族達に容赦ないトドメを刺している冷酷宰相と、本当に同一人物なのだろうか。
「しかしメイル様の師匠は、どうしてメイル様にそれほど多岐に渡る色々な事をお教えになったんでしょうね」
魔術だけでも伝説級の実力があるのに、それだけでは飽き足らず様々な事をメイルに注ぎ込んでいる。才能が多岐にわたるところはさすが伝説の大魔術士アーノルド・ガスターと言えるが、それを全て吸収したメイルもまた規格外だ。
「あ〜。前に俺が聞いた時、メイル様から教えてもらったんですけど…。聞きます?俺、それ聞いた時、何だか力が抜けたんですけど」
ウィーグが頬をポリポリ掻きながら、言い辛そうに濁したが、皆の期待のこもった顔に負け、渋々口を開いた。
「メイル様になんでそんなに色々な事ができるんですかって聞いたら、すっごい遠い目をして『師匠がさぁ…。なんでも出来る淑女育成ってイケてる?!とか言い出してさぁ。必要あるのか無いのか分からない無駄知識を、そりゃあもう大量に詰め込まれたんだよね。私さぁ、大陸中の魔虫類分布と繁殖傾向とか全部知ってるよ。最後らへんは、淑女育成と関係無くなってたんだよねぇ』って仰ってました」
魔虫類とは魔力を帯びた虫の総称を言う。その行動パターンが気象の予報に役立つ事と言われているので、メイルの身につけた知識は、気象の研究家や魔虫類の専門家には大変役立つものだろう。しかし淑女に必要な知識かと言われれば、首を捻る。お茶会で淑女が出す話題には相応しくないだろう。
「『最終的に何を目指しているのか分からなくなって、師匠と大喧嘩して、淑女育成計画は終わったんだよね』と…」
この育成計画のおかげで、メイルはどんなジャンルの本でも読み込むのが癖になった。流石にエロ本には手を出さなかったが。
「メイル様との会話の中でその知識の深さに驚かされますが、そういう理由があったのですか。読書もお好きだと思っていましたが…。本当に、何というか、偉人だと言うのに困った方ですねぇ」
確かに何だか脱力する話だ。
アーノルド・ガスター。魔術を志すものが一度は憧れると言う、伝説の偉大なる魔術士。実態は残念さが拭いきれぬダメな大人の見本のようである。メイルが師の話をする時は、いつもどこか疲れた顔をするのは、日々こういっった事に振り回されてきたからなのだろう。
メイルがジャイロ王国にやってきたのも、この偉大な大魔術士の尻拭いのためだ。そのお陰で、ミルドも彼女に出会えたことは紛れもない事実。
しかし余りにメイルが気の毒すぎて、感謝の気持ちが湧いてこないのだった。
◇◇◇
「護衛のダインさん?」
目を覚ましたメイルは、紹介されたダインを見つめた。
「誰の護衛?」
「メイル様です」
「私の護衛?」
ぱちりと瞬いて、メイルは首を傾げた。
「必要なの?」
メイルの当然の問いに、ミルドは微笑む。
「抑止力的な意味で、飾りの護衛です」
「あぁ、そういう…。大変ですねぇ」
ミルドの端的な説明を瞬時に飲み込み、メイルは気の毒そうな表情をダインに向けた。
そんな短いやり取りでメイルがダインの存在理由を的確に理解した事に、ダインは驚いていた。ただ一言で護衛の必要性を理解できたとしたら、かなり聡明な人なのだろう。
「護衛って、どこまで一緒なの?寝る時も同じ部屋?」
メイルの素朴な疑問に、ビシリッと部屋の空気が固まる。
「ご、護衛は部屋の外で待機します」
動揺を悟られない様に、ダインが低い声で答えれば、メイルはフンフンと頷いた。
「そうなんだ。あ、寝所の鍵は開けておいた方がいいんですか?」
無邪気なメイルの言葉に、その場の空気が再度凍りつく。
『寝所の鍵を開けておく』は、所謂、閨への誘い文句の一つだ。
妻もおらず、婚約者もなく、生真面目なダインは、意味は違うとわかっていても声が上ずってしまった。
「か、鍵はしっかりとお掛け下さいっ!もしもの時は蹴破りますのでっ!」
ニコニコと微笑むミルドから漂う冷気が怖い。メイルの様子から、護衛をやり易いように気遣ってくれているだけだとは分かっているが、主人の機嫌をすこぶる悪くさせているのは確かだ。
「そうなの?じゃあ、寝る時にいつも掛けている侵入防止の魔術陣は解除した方が良いかなぁ?」
メイルが弟子達に問いかけると、4人はうーん?と首を傾げた。
「あれ?侵入防止の魔術陣って、部屋に賊が侵入するのを防止するために掛けるんだよな?」
ファイが眉根を寄せながらそう呟く。
「え、でも、そうしたら何かあった時、ダインさんも入れなくなっちゃうよ?」
ファイが慌ててパタパタと手を振りながら言う。
「うん?侵入防止の魔術陣を掛けていたら、護衛に助けてもらえなくなるよな?」
スーランが腕を組んで首を振った。
「でも侵入防止の魔術陣を掛けなかったら、賊の侵入を許す事になるぜ?」
ウィーグが頭を抱え、髪をグシャグシャに掻き回した。
「あ!じゃあ、ダインさんだけ寝所に入れる様に、魔術陣を調整したら良いんじゃねぇか?」
ファイが勢い込んで言うと、他の弟子達はパアッと顔を輝かせた。
「なるほど!それなら賊も防げるし、ダインさんも寝所に入れる!」
「そうだね、ダインさん、メイル様の寝所に入れるね!」
「ダインさんだけ特別に入れる寝所かぁ!どうやって魔術陣を調整しよう?」
すっかり魔術陣の調整に夢中になっている弟子達の不用意な言葉に、ミルドの機嫌が急降下していく。ダインはキリキリと痛む胃を押さえた。
「やっぱり、ダインさんの魔力で透過する魔術陣を作ってさ…」
「いっやー、透過の魔術陣がこっちの魔術陣と相殺するだろ?そしたらこっちが固まるから…」
弟子達が色々な魔術陣を組み上げては試行錯誤を繰り返す傍ら、メイルはポツンと呟いた。
「そもそも賊が入ってこないなら、ダインさんが扉を蹴破って寝所に入る必要なんて生じない様な…?」
小さな呟きだったが、弟子達はピタリと動きを止め、悲しげな顔をした。
「「「「確かに」」」」
折角面白そうな課題を見つけたのに取り上げられ、弟子達はショボンと項垂れた。
メイルはそんな弟子達に、クスクス笑った。
「そんなに落ち込まないで。侵入防止の魔術陣を、ダインさんじゃなくて、君らが通れるように改良してみたら?」
メイルの言葉に、弟子達はヒヤリとする。ミルドの冷たい視線の矛先が、自分達に移ったからだ。
「僕たちがですか?寝ているメイル様のお部屋に、僕たちが出入りする事ってありますかね?」
ミルドから漏れる殺気に焦りながら、スーランがメイルに訊ねる。
「だって、修行の時は外で雑魚寝もするじゃない。それで私が寝惚けて侵入防止の魔術陣を掛けたら、部屋から出られなくなっちゃうよ?」
「「「「あぁ」」」」
有り得そうだと弟子達は納得した。寝惚けていたとしても、メイルの術の発動は完璧だ。例えば夜中にトイレに行くのに、メイルを起こすのは年頃の男の子としては恥ずかしい。
「…将来的にも、必要かもねー。お2人がご結婚されたら、寝所は一緒だろうし。メイル様が熟睡した後でミルド様がどうしても寝所から出ないといけない時とかにはさ」
ウィーグの独り言は、メイルには気づかれなかったが、ミルドと、そしてダインの耳にはしっかりと聞こえていた。
そんな所まで話は進んでいるのかと、ダインは上司の寝耳に水な縁談に酷く動揺した。ウィーグの声が聴こえていたはずのミルドは、否定しないばかりか、嬉しそうに頷いている。
「よしっ!やってみよう!侵入防止の魔術陣に、特定の魔力を持った人だけが通れるような改良!あ、あのう、ミルド様もご協力願えませんか?ミルド様の魔力も侵入防止の魔術陣を通れるように、登録したいのでっ!」
研究ができるとキラッキラの笑顔全開の弟子達にお願いされ、ミルドは即、快諾した。弟子達に負けず、ミルドもキラッキラの笑顔だった。
「魔術士様達のお役に立てるなら、喜んでご協力致しますよ」




