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37 気の毒な悪党

「メイル様!」


 護衛を引き連れレストルームに飛び込んできたミルドが、男達の傍にいたメイルを腕の中に抱き込み、距離をとった。

 勢いよく乗り込んできた護衛達は、逆さまに吊るされたまま髪の毛をチリッチリに焼かれ号泣している男達に、理解力がついていかず固まっている。


「お怪我は?メイル様、どこか痛いところはありませんか?」


 どう見ても襲撃した方が重症そうだが、ミルドには一切、襲撃者を気遣う様子はない。ただただ、メイルの事のみを気にしている。


「ミルドさん。こいつら人攫いの常習犯ですよー。私の事も声を潰して娼館に売るって言ってました。あと、大魔術士って知ってましたー」


 ミルドはプンプン怒りながら報告するメイルに隈なく視線を走らせた。少し乱れた唇の紅、両手首に縄で縛られた時のかすり傷、皺の寄ったドレスを認めると、怖いぐらいの真顔になる。漏れ出た殺気で急激に周囲の空気が冷たいものになった。


 ミルドの護衛達は、ノート家直属の腕の立つ者たちばかりだ。その護衛の筆頭であるダインはレストルームに駆けつける間、生きた心地もしなかった。そもそもミルドは護衛など不要なほど強い。宰相という地位にありながら、暇があれば剣の鍛錬を欠かさず、その腕前も相当なものだ。気ままな城下の散策など、護衛もつけずに一人でひょいと出かけてしまう。


 そんなミルドが、女性との食事の為に腕利きの護衛を手配したのだ。彼にとってその相手が大事な女性であることは容易に予想がついた。その女性が、あろうことか護衛中に襲われてしまったのだ。レストルームにも護衛が1人着いて行きはしたが、女性専用の場所に男がズカズカ入る事もできず、入り口で待機していたため、女性が襲われた事にも気づけなかった。入口で控えていた護衛は、ミルド達が駆け付けるまで、中の出来事に気づいてさえいなかった。

 ダインの胃がキリキリと痛んだ。女性の護衛になると分かっていたのに、同性の護衛を手配しなかった迂闊さを心底後悔した。


 襲撃されたのを知ったのは、当の女性からの伝令魔法でだったが、ミルドと共にレストルームに駆けつけてみれば、そこには信じられない光景が広がっていた。犯人らしき男達が、何故か見えない力に逆さまに吊られ、炎に髪をジリジリと焙られていたのだ。どう反応していいか分からなかった。


「メイル様。あの男達に何かされましたか?」


 ミルドが抱き寄せた女性にそう聞くと、女性は首を傾げた。その仕草は、異様な光景が広がるその場に不釣り合いなほど、大層可愛らしかった。


「何か?あぁ、魔術士であることを警戒したのかハンカチで口を塞がれました。ハンカチからリリーツ系の植物の匂いがしたから、意識を奪って拉致するつもりだったのかなぁ」


 リリーツ系の植物はその葉から強い入眠作用がある成分を抽出できる。メイルも扱ったことのある植物なのでよく知っているし、そもそもメイルは色々な薬品を日常的に使用しており、毒や薬物に対抗する魔術で備えているのでたとえ即死するような毒物であっても効かない。防薬物の魔術は地味に食中毒にも効くので重宝するのだ。


「あー。それからそっちの女装している男…。相当の女好きみたいで…。気を失ったふりしている時にベタベタ触られました」


 メイルはベタベタ触られた時のことを思い出し、腕をさすった。油断させるために意識を失った振りをしたが、その間に色々な場所を遠慮なく触られたのだ。気の弱い御令嬢なら、ショック死していたかもしれない。男たちの手慣れた様子から、同じような目にあった女性がいたかもと思うと、怒りが湧いてくる。


「そうですか…。メイル様に触れたのですか、その男は…」


「そうなんです。被害にあった女性も多いと思うので、きっちり調べ上げて厳罰に処してくださいね!」


 危険なほど低くなったミルドの声に、ダインは男達の末路が決まったと悟った。主人がこんな声を出している時は、怒りがピークに達している時だ。ミルドが敵と見做した相手には、容赦しない性格だと知っているダインは、背筋に冷たいものが走るのを感じた。


「メイル様を大魔術士と知っていて、その上ここへいらっしゃる事を知りうる人物で、メイル様に害意を持つもの。ふふふ、大分絞れて来ますね」


「んー。犯人探しとそれ相応の処罰は任せますね?」


 丸投げするメイルに、ミルドは極上の笑みを浮かべる。


「喜んで」


 ミルドがダインをチラリと見る。ダインはカクカクと首を縦に振った。きちんと黒幕を含めた犯人を見つけ、目の前に連れてこいと目線だけで命じられたのだ。唯でさえ護衛対象を危険に晒した失態を犯している。死ぬ気で見つけないと、自分の首も危うい。物理的に。


 それより女性の正体を知り、ダインは心底驚いていた。大魔術士メイル。先頃、国王直々に大魔術士に任じられ、後宮に入った女性だ。大魔術士とは名ばかりで、影では陛下の愛妾と噂されている。


 その噂は、本当なのだろうか。大した怪我もなく襲撃者2名を見たこともない不思議な魔術で捕らえ、火で炙っていた。只の愛妾に出来る事か?

 それにどうしても気になる事があり、ダインは恐る恐るメイルに声を掛けた。


「あのぅ。大魔術士様にお伺いしたいことが…」


「はい?何でしょう?」


 咎められることなく気さくに返され、ダインはちょっとだけ気が楽になった。ミルドの不審人物を見る様な視線は恐ろしかったが。


「さ、先ほど、男達に口を塞がれたと仰っていましたが、それではどうやって魔術を発動されたのでしょうか?魔術は発声が必須条件だと思うのですが…」


 ダインも多少は魔術を扱うことが出来る。適正は火魔術で、小さな炎を飛ばせるぐらいだが、魔術の発現には、発声が必要なのは常識として知っていた。


「ああ。足に魔術を仕込んでいたんです。衝撃で発動するように魔術陣を組んで」


 にこりと笑って、メイルはよく分からないことを言った。ミルドも不思議そうに首を傾げた。


「メイル様。足に仕込むとはどういうことです?」


 ミルドの問いに、メイルは「実際見てもらった方が早いかな」と、左足をダンっと淑女らしからぬ勢いで地面に打ちつけた。

 途端に、メイルの足元に魔術陣が浮き上がり、魔力がメイルを包み込む。回復の魔術でメイルの腕の小さな擦り傷が瞬く間に癒えた。


「師匠が『魔術士は口が利けないと魔術が発動できなくなるじゃん?足とか腕に魔術陣を仕込んで、ピンチの時に発動させたらカッコ良くねぇ?』とか言って開発したんですよ。よくよく考えたら、魔力を練り上げて魔術陣を組めば、発声しなくても発動できるんですけど。師匠はなんかカッコイイと思ったことに命かける人だったんで。私も両手両足にそれぞれ攻撃と回復の魔術を仕込むよう教えられたので、それを使ったんです」


 メイルの右手には火の攻撃魔術が、左手には回復の魔術が、大きく腕を振ることで発動するよう仕込まれていると言う。


「無詠唱での発動でも良かったんですけど、たまには仕込んだ魔術を使わないと、何を仕込んだか忘れちゃうし、威力も弱まっちゃうんで」


 メイルはニコニコそう言うが、あまりに常識外過ぎて、ダインは何から突っ込んでいいか分からなかった。

 何故複数属性の魔術が使えるのか、無詠唱での魔術発動など聞いたことない、そもそもどうやって腕や足に魔術を仕込めるのか等々。疑問は尽きず途方に暮れた。


「他言は無用です」

 

 ミルドの低い声に、ダインを初めとする護衛達は無言で頷いた。他言したところで荒唐無稽すぎて誰も信じないだろうと思った。

 ダインは、今の現象について、考える事は止めた。考えても分からないことを考え続ける事は、彼の性に合わない。それよりも、他にやらなくてはならない事も沢山ある。

 

 この襲撃の黒幕は誰だろうか。大魔術士は色々な方面で、悪い意味で目立ち、恨みも買っている。

 容疑者の数は多そうだと、ダインはこっそり溜息をついた。

 

 

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