35 兄妹の争い
「ミルドさんの妹さん?わぁ、そう言われると口元とかそっくり。でもやっぱり、魔力が似ているねー」
興味深そうに眼をキラキラさせて、メイルはサーニャを見つめる。その純粋な眼差しにサーニャは頬を染めた。
「そのように見られますと、恥ずかしいです…」
「ふふふー。ミルドさんにそっくりの魔力って、なんだか不思議だね?ミルドさんに会えなくて寂しい時はサーニャさんに会いに行こうかな?」
クスクス笑うメイルに、サーニャはキラリと眼を光らせた。
「メイル様は兄に会えないと寂しいと思われるのですか?」
サーニャの踏み込んだ質問に、周りの侍女たちはキビキビとメイルの身支度をしながらその答えに意識を集中させていた。
「んー?殆ど毎日会っているからね。会えないと何だか寂しく感じるかな?」
ケロリとメイルは何の含みもなく答える。その表情には色恋の様子は見られない。サーニャは心の中でコッソリとため息を吐いた。周りの侍女たちも声には出さぬが落胆していた。
「それにしてもサーニャさん。このドレス見たことがないものだけど、私が着てもいいの?」
メイルが着せられたのは柔らかな肌触りの、簡素だが品の良いドレスだ。ヒラヒラした飾りはついていなくて動き易そうだが、普段は動きやすい男物の服ばかり着ているので慣れない。メイルは落ち着かない気持ちになった。
「先程クローゼットを確認した所、メイル様のお召し物が3着しか見当たりませんでしたので、既製品で申し訳ありませんがご用意させて頂きました。明日には仕立て屋が参りますので、オーダーメイドのドレスを準備させて頂きます」
「…ドレスって必要かな?魔術士の仕事では特に使わないけど…」
「必要です!メイル様は偉大なる魔術士様でいらっしゃいますが、その前に素晴らしく美しい女性でいらっしゃいます!それだと言うのに、ドレスの一つも贈らずに、あのアホ兄は何をしていたのですかっ!私があのクローゼットを見て、どれほどショックだったか分かりますか?!」
「え、えぇっ?ご、ごめんなさい?!」
「メイル様は悪くありません!本来ならば侍女があのクローゼットの惨状に気付いて、兄に報告しお召し物をご準備するべきなのです!毎日メイル様にお会いしていながら、あの馬鹿兄は鼻の下を伸ばすばかりでドレスの一つも準備せずに…!」
クローゼットには元々メイルが持っていた服をぶら下げておいたのだが。サーニャにはショックを受ける光景だったらしい。女性としての資質を問われた気がして、メイルはちょっとだけだが傷ついた。
「サ、サーニャさん落ち着いて?ミルドさんは悪くないよ?いや私、本当にドレスって着ないからね?必要を感じなかったしそれに」
「ですがメイル様!今ドレスをお召しになられて、如何ですか?」
身支度がすっかり整ったメイルは、サーニャに姿見の前に立たされて、軽く眼を見張った。
銀の髪はふんわりと結われ、マッサージと熟睡のお陰で血色の良くなった頬。目の下の隈は軽い化粧で隠され、香油のおかげか肌がプルプルと潤っている。少し濃いめの紅が肌の白さと対比していた。
ドレスは大魔術士隊のカラーである白を基調に、差し色で瞳と同じ色の青が入っている。身体にフィットしていてとても既製品だとは思えなかった。
「ううーん。普段の自分の手抜きを実感しました」
ぷにぷにの頬の感触を楽しみながら、メイルは物珍しげに自分の姿を確認する。お肌も髪もツヤツヤだ。
「…後ろから拝見させて頂いておりますが、うなじの艶かしさが破壊力抜群です。兄がこれを見たら、我慢が出来なくなるかも。隠した方がいいかしら…?」
サーニャの呟きに侍女達は真剣に議論を交わす。このままで行くべき派が圧倒的だった様で、サーニャの懸念は黙殺された。
「…兎に角、ドレスを揃えることは最重要優先事項でございます。今後大魔術士として、夜会などに参加する機会もございますので…」
「んー、分かりました。あぁ、でも夜会かぁ。面倒だなぁ…」
大魔術士などと言う大層な役目に就いたので、避けられないことだと分かるのだが…。
メイルがコッソリため息を吐いていると、再びドアをノックする音が聞こえた。ドアを開けると困惑した顔の侍女が、サーニャにヒソヒソと耳打ちをする。
「まだ刻限まで間があるでしょうに…!まったく、余裕がないっ!」
サーニャが肩を怒らせ部屋を出ていく。メイルは不思議そうに他の侍女に聞いた。
「誰か来たの?それとも侍女の皆さん、やっぱり忙しいのかな?それなら私のお世話なんていいですよ?」
忙しいサーニャを誰かが呼びに来たのかと、メイルは気が気ではない。他の侍女達に生温い笑みでやんわりと否定され、メイルは首を傾げた。
「起きていらっしゃるならお会いしてもいいでしょう」
「女性の支度中に押し掛けるなど、どこにマナーを置き忘れたんですかっ!」
元気な兄妹喧嘩の声が聞こえ、訪ねてきたのだミルドだと知り、メイルは破顔した。
「なぁんだ、ミルドさんか。何か用なのかな?」
メイルはいつもの調子で、気軽に外に出た。侍女達が慌てて追いかけて静止するが、遅かった。
「ミルドさん、何か御用ですか?」
「メイルさ…、ま」
いつもの穏やかな笑みを浮かべたミルドが、メイルの声に顔を向け、ピシリと固まる。
「ミルドさん?どうしたの?」
メイルが不思議そうに聞くと、数度瞬きを繰り返し、ミルドはいつもの笑みを浮かべた。
「…お似合いです。女神も霞むほどのメイル様の美しさに、心臓が止まるかと思いました」
「ミルドさんって女性を褒めるのが上手いですよねぇ」
流れるような褒め言葉に心底感心して、メイルは嬉しそうに微笑んだ。
「ミルドさんに褒めて頂けると、なんだか絶世の美女になった様で嬉しいですね!」
そのメイルの照れた様なはにかんだような顔に、約1名の宰相は胸を撃ち抜かれたような衝撃を受けたが、メイルの後ろにズラリと並びこちらを見ている侍女達の手前、緩む頬を必死で抑えた。
「メイル様。本日の夕食は王都でも評判の店へご案内します」
「まだ予約した刻限には間がありますでしょう!メイル様のお支度はまだ終わっておりません!今日の装いに相応しい装飾品を選ばなければっ!」
兄の言葉にサーニャが噛み付く。未完成の状態で主人を外に出すなど侍女の沽券に関わると、サーニャはキリキリと眉を吊り上げた。
「メイル様を彩る幸運な装飾品はこちらに」
ミルドが差し出したのは、一対のネックレスとイヤリングだった。メイルの瞳と同じ、大粒の青いサファイアのネックレスと、小粒のダイヤとサファイヤがあしらわれたイヤリング。メイルの装いにピタリとあった宝石だった。
「メイル様の瞳の美しさには敵いませんが、この宝石達に、貴女の肌を飾る栄をお与えください」
「あ、ありがとうございます?」
宝石の良し悪しは分からないが、とても美しくそして高価そうだった。メイルは戸惑いつつも礼を述べる。
「チッ」
サーニャは兄が差し出した装飾品を見て、思わず舌打ちをした。サーニャが準備していたものよりも、数倍価値がありメイルに似合いそうなデザインだったからだ。
「サーニャ。主人に贈り物をした客人に対して舌打ちをするとは感心しませんね。侍女への評価は主人の評価に繋がります。気をつけなさい」
「申し訳ありません。下心を感じる贈り物に、つい本音が。私もまだまだですわね」
ほほほと笑うサーニャが、ミルドから宝石の入ったケースを受け取ろうと手を出すと、ミルドはそっと手を引いた。
「私がつけましょう」
「お兄様、止めておいた方がいいとご忠告申し上げておきますわ」
不機嫌にサーニャが手を差し出すが、ミルドは綺麗に無視してケースからネックレスを取り出した。
「さあメイル様。後ろを向いてください」
「はぁ…」
ギリギリと凄い表情になっているサーニャに気遣いながら、メイルがミルドに背を向ける。ミルドはネックレスを手にしたまま、眼前に現れた艶かしく細い首に、目が惹きつけられた。
「…っ!」
後ろで息を飲む音が聞こえ、メイルはミルドに背を向けたままそっと振り向く。
「どうかしましたか?あ、自分で着けられますよ?」
真っ赤な顔のミルドに驚き、メイルは声を掛けるが、ミルドは小さな声で「失礼しました、大丈夫です」と応えた。
「ひゃっ!」
ミルドの指が首筋に触れ、メイルはくすぐったさに思わず声を上げた。
「…っ!失礼…」
「いえ、変な声を出してすいません。首は昔から弱くて」
小さな頃は師匠によく擽られたんですよーというメイルの呑気な思い出話は、珍しく動揺していたミルドの頭に入ってこなかった。震えそうになる指を抑え、慎重にネックレスのホックを留める。時折指が首筋に触れてしまい、ビクリと反応するメイルに悩まされ、結構時間が掛かってしまった。
「イヤリングば私がお着けしますわ」
サーニャがだから言っただろうと言わんばかりにイヤリングを取り上げたが、今度はミルドは逆らわなかった。




