34 似ている魔力
ミルドに抱えられ大魔術士隊の部屋に戻されたメイルは、アリィシャに遣わされた選りすぐりの侍女達に引き渡された。
「あの、ちょっと、待って」
数名の侍女に囲まれローブから服から脱がされ、髪は洗われ身体を磨かれ、ふんわりとした香りの香油を贅沢に塗り込まれ、極上に気持ちいいマッサージを施される。
いつもは一人でささっとシャワーで、もしくは清浄の魔術で済ませてしまうメイルにとって、時間をかけて湯に浸かり侍女達に磨かれるのは、慣れないながらも気持ちのいいものだった。
「んまぁ、元はいいのに!元はいいのにお手入れが足りません!」
「お肌の肌理が細かいこと!でも少し乾燥気味です!メイル様!湯浴みの後は必ず香油でお手入れなさいませんと」
「お美しい御髪ですのにっ!毛先が痛んでおりますわっ!こちらの香油は髪に良いものです。タップリ付けて温めた布で覆いましょう!」
侍女達に柔らかく嗜められながら、メイルはフワフワと夢見心地でお風呂を堪能した。先程の茶菓子でお腹は膨れていたし、今にも瞼が閉じそうだ。いや、マッサージの間はガッツリ寝ていた。
湯から上がり肌触りの良い夜着を着せられ、冷たい果実水で水分補給をしながら髪を乾かしてもらう。全身に柔らかな気怠さがあって、眠気が降りてくる。
そこに扉をノックする静かな音が聞こえ、侍女達がなにやら応対する声が聞こえた。
「…メイル様。お迎えに上がりました」
深みのある声にメイルが目を開けると、目の前にミルドがいた。
「頬に赤みが…。良かった、侍女達の湯浴みはお気に召したようですね?」
そっと頬を撫でられ、メイルは子どもの様に欠伸混じりに呟いた。半分以上夢の中のようだ。
「…うーん、でも、眠くなっちゃったよ」
「寝所の方も準備が出来ていますよ。お連れしましょう」
メイルの世話をする侍女達に話を聞くと、メイルの寝所は殆ど使われることはなかったらしい。メイルはソファや机で本に埋もれて突っ伏して寝ていることが多いのだ。
王宮付きの、下級貴族の出であるその侍女は、市井でお育ちの愛妾様はベッドでお休みになるのに慣れていらっしゃらないようですと、嘲るようにミルドに報告した。穏やかな笑みを浮かべるミルドの逆鱗に触れている事にも気付かずに。
侍女や文官には、特に貴族の出の者たちは、平民のメイルを侮るも多かった。平民の分際で図々しくも王をたらし込み、寵愛を受ける毒婦だと思い込んでいるのだ。そう思わせるように仕組んだのはミルドだったが、だからといって侍女の職務を放棄してメイルの生活状況に無関心なのは許される事ではない。
ミルドはメイルが湯浴みをしている間、使えないメイル付きの侍女達を全員クビにし、代わりに王妃付きの侍女達の何人かを、メイルにつけるよう手配した。子が生まれた時のためにと増員されていたアリィシャ付きの侍女達は、事情をよく知っており、アリィシャからの信頼が篤いメイルに総じて好意的だ。優秀な侍女達は、子が生まれるまでの間は暇を持て余していたし、メイルの普段の生活状況を聞いたアリィシャが、驚いて二つ返事で侍女達を貸してくれたのも幸いした。
「…自分で歩ける」
ミルドがメイルを抱き上げると、メイルは薄らと目を開いてそう呟いた。しかし眠気が勝ったのかそのままクタリとミルドに身体を預ける。
「どうか私にお任せください」
柔らかな声でそう言うと、ミルドはメイルの額に口付けた。周りに控える侍女達から、声にならない悲鳴が聞こえた。
完全に寝入ったメイルを抱え、ミルドはメイルを寝所に運び入れた。日に干されふかふかになった布団に包まり、穏やかな寝顔のメイルに蕩けるような笑みを浮かべ、再び額に口付け、起こさないようにそっと寝所を後にする。
侍女達の何人かが、今目撃した事を報告する為にアリィシャの元に走ったのを視界の端に治めたが、ミルドは勿論止めるつもりはない。
メイルにゆっくりと休暇を取らせる為、ミルドは頭の中で色々と考え始めた。どんな事にメイルが興味を示し、共に楽しめるだろうか。考えるだけで幸せな気持ちが込み上げてきて、ミルドは笑みを堪えきれなかった。
◇◇◇
「ん、んー」
ぱかっと目を開き、メイルは起き上がった。何だか久しぶりに熟睡した気分だ。
窓の外は赤い夕焼けで染まっている。朝の会議が終わり湯浴みをしている間に寝てしまったのか。結構な時間が経っているようだ。
はて、いつの間にベッドに入ったのかとメイルは首を傾げる。極楽マッサージが終わってからの記憶がさっぱりなかった。
「メイル様。お目覚めですか?」
扉の向こうからノックの音と遠慮がちな女性の声が聞こえ、メイルはぱちぱちと瞬きをした。メイル付きの侍女達はノックもなしにズカズカ部屋に入ってきたり、メイルの言葉を無視したりとやりたい放題だ。こんな風に入室前に声を掛けられたのは初めてだ。
「起きてまーす」
メイルが声をかけると、侍女が入室してきた。メイルは目を丸くする。
「あれ?サーニャさん?」
「はい、メイル様。よくお休みになられましたか?お支度のお手伝いをさせて頂きますね?」
先程の湯浴みの時はいなかった、アリィシャ付きの顔見知りの侍女が、当然のようにメイルの身支度を手伝うと言う。メイルは首を傾げた。
「あれ?いつもの侍女さん達は?」
「さぁ…。私は存じ上げません」
にこやかにそう言われ、メイルは直ぐに察した。
「あぁ、ミルドさんだね?私は別に構わないのに…」
ワラワラとメイルの身支度の為に集まってきた侍女達は、全員アリィシャ付きの侍女達だ。湯浴みの時より人数は減っているが、それでも身支度には多い気がする。
「あ、あのね?私は一人で身支度も出来るよ?特に侍女さんに手伝ってもらうことはないんだよ?洗濯物は洗濯場に持っていけば洗って貰えるし、掃除は魔術で出来るし、食事も厨房にちゃんと準備されているし…」
「つまりここの侍女達は、メイル様の身支度を手伝わず、お召し物を洗濯もせず、部屋の掃除もせず、食事すら運ばなかったと言うことですね?それにも関わらず、大きな顔をして侍女を名乗り給金を詐取していたわけでございますね?」
サーニャがとても良い笑顔を浮かべる。にこやかなのに恐ろしい圧を感じて、メイルは思わず侍女達のフォローをしてしまった。
「詐取…かなぁ?いや、私の世話より他の仕事が忙しかったんじゃないかなぁ?」
「あの者たちはメイル様付きの侍女でございます。メイル様のお世話以外に仕事などございません」
冷たく言い切るサーニャの笑顔は、何だか誰かを彷彿とさせた。その、穏やかだが圧を感じる笑み、黒髪、黒目…。アリィシャの元を訪れるときはあまり会話をしたことがなかったが、サーニャと話していると何故だか既視感を感じる。それに魔力が、メイルのよく知る人物と似通っていた。
「ね、サーニャさんって、もしかして…」
ニコリと優雅に微笑むサーニャは膝を折って美しい礼をした。
「改めましてメイル様の専属侍女になりましたサーニャ・ラカルシュと申します。嫁ぐ前の姓はノート。ミルド・ノートの妹にございます」




