4 冒険者ギルドのお約束
そういうわけでメイルは冒険者ギルドに来ていた。能力テストや面接などなく、申し込み用紙に名前と特技を書くだけで登録できるらしい。冒険者の身分証となるカードに魔力を込めれば、Fランク冒険者、魔術士のメイルの出来上がりだ。
初級冒険者向けのリーフレットを渡され、とくに詳しい説明もなく終わり。一応衛兵に言われた通り、紹介を受けたと話したが、なんの便宜を図ってもらったのかは不明だ。ちなみに冒険者ギルドに定番の可愛い受付嬢はおらず、定年間近っぽいジーさんが諸々の手続きをしてくれた。
何はともあれ、メイルは依頼が貼り出されているボードを確認しに行った。ボードには色々な依頼があったが、庭の草むしり(力仕事もあり)や、ポーション作りの助手(薬師歓迎!)から、大熊討伐(推奨Cランク以上のパーティ)など様々だった。特にランクによって受けられる仕事に制限されることはなく、Fランクでも実力があれば自己責任で受けられるらしい。
メイルはボードの隅々まで見て、適当に依頼を3つ程選んだ。受け付けのジーさんに渡し、受注手続きをしてもらう。
「あー、のー、これー、受けるのかいのー?」
入れ歯が合わないのか空気漏れする口を動かして、ジーさんが一つの依頼書を震える指で示した。
「あ、はい。ダメですか?」
「いやー、この依頼ー、かれこれー、10組ばかりー、挑戦して、てのー。その内、半分はー、戻ってー、こんかったからのー。そろそろー、国のー、軍にーお願いする予定ー、だったからのー」
その依頼は、2ヶ月前に出された依頼で、王都から少し離れた場所にある、鉱山に出た魔物を倒すという依頼だった。
魔物は青大蜘蛛。大人ぐらいの大きさの青い蜘蛛で、俊敏で気配もなく獲物に近付き、糸で捉えて捕食する。上級冒険者も気配を読むのに苦労するそれが、鉱山中に大発生しているらしい。
お陰で鉱山の稼働はストップ。鉱石が取れず鍛冶屋がストップ。王都の経済にも影響が出ているらしい。
「ああー、そうなんですか。大丈夫、足が多い生き物は苦手じゃありませんから!」
「…いやー、そういう心配ー、じゃなくてのー。まー、自己責任、だからのー、止めはせんけどもー、命は大事になー。一匹でもー、討伐したらのー、目がついてるー、胴体部をー、持って帰って、きてくれー」
「はーい」
軽く請け負って、メイルは冒険者ギルドを後にした。
受付のジーさんはメイルを見送り、首を振って諦めの表情で溜息をついた。
◇◇◇
メイルは上機嫌で王都の外に出た。
メイルは師匠と森の中にポツンと建った家で暮らしていた。基本は自給自足。時折近くの村で物資を補給したが、物々交換が多く、現金は殆ど持っていない。
ギルドの依頼をこなせば日銭が稼げるし、王宮に行き王様に謁見できるチャンスがもらえるかもしれない。一石二鳥だ。
メイルは今回3つの依頼を受けた。青大蜘蛛の討伐は金貨150枚。スズナリという薬草200束の採取で金貨1枚。ミズリというキノコ10本採取につき金貨1枚。金貨1枚で普通の宿代の10日分ぐらいなので、青大蜘蛛の討伐報酬があれば暫く生活には困らない。それに大蜘蛛の外殻は防具の素材になるので、こちらも引き取って貰えれば更に金になるはず。
とりあえず王都の近くの森に入った。先に薬草とキノコの採取を終わらせるつもりなのだ。
「探知」
スズナリとミズリを探知魔術で探す。メイルの視界が広くなり、ぐるりと360°見渡す。そして探知魔術が探り当てた薬草とキノコが光を放つのが見えた。
光っている場所からキノコや薬草を引き抜けばいいのだが、メイルは屈むのが嫌だった。ローブの裾が地面に付くし、腰が痛くなる。だからいつも採取の時に使う魔術を展開した。
「集めろ」
メイルの言葉と共に、地面からそっと引き抜かれた薬草とキノコが、メイルの元に集まってくる。ちゃんとまだ若い芽や小さなものは選別し引き抜かない様にしてある。採りつくしたら次が増えないからだ。回収できるものを片っ端から収納魔術で収納して、採取の仕事は終わった。所要時間8分。王都から森まで歩いた方が時間がかかった。
「じゃー次は鉱山っと」
王都近くの森から更に歩いて鉱山に向かう。1時間ほど歩いて着いた。鉱山は、しんと静まり返っていた。入り口には鉱石を掘るためのツルハシやスコップ、トロッコが置き去りにされている。今にも鉱夫が出てきそうだが、人の気配はない。
「どれどれー?探知」
物音一つしない鉱山には、数百の魔物の気配があった。数百匹いても音がしないというのは、なかなか凄いことだ。
「ふふー。宝の山だね!眠れ」
メイルの魔術が波のように鉱山内に広がっていく。それと同時に探知で特定していた魔物達の活動が鈍くなり、完全に動かなくなる。
「雷撃」
仕上げに鉱山内に雷の魔術を展開させる。魔物の鼓動を的にして放ったので、一斉に青大蜘蛛の心臓が止まり、生体反応が消えるのを確認した。
これはメイルが効率的に魔物を仕留めるために開発した探知と雷撃を兼ね備えた魔術で、師匠には「えげつない魔術」と言われていたものだ。自宅に害虫が入り込んだ時に活躍する魔術なので、メイルはとても気に入っている。
メイルは未だに鉱山の入口にいた。中には一歩も入らずに討伐が終わってしまった。
「集めろ」
薬草やキノコと同様に、青大蜘蛛も集めて収納魔術で収納していく。メイルにとっては、薬草とキノコと魔物は同列扱いだった。
「よし、終わりっと。帰ろ」
今日はギルドでオススメの宿を紹介してもらおう。昨日のように夜中に起こされてはたまったもんじやないからなー、と思いながら、メイルは王都へ戻って行った。
◇◇◇
「依頼達成したので報酬を受け取りに来ました」
メイルが冒険者ギルドに戻ると、受付のジーさんはいなかった。代わりに受付嬢…ではなく、むさいオッサンが座っていた。
「おーう?見ねぇ顔だなぁ?」
「午前中に冒険者登録をしたメイルです」
「午前中?そりゃあ本当に新人ホヤホヤだなぁ。まだ昼過ぎたばっかりだぞ?もう依頼は終わったのか?」
オッサンはガサガサと机の書類をあさぐった。
「あった、あった。なんだ、新人のくせにいきなり3件も受けたのか?薬草採取とキノコ採取と、…鉱山の討伐ぅ?」
オッサンはチラリとメイルを見て、あちゃーという顔をした。
「お前、この依頼を受けちまったのか?あーあ、ジイさん、なんも言わなかったのかよ?こいつは今、うちで一番厄介な依頼なんだよ。普通の冒険者パーティでは討伐が厳しいから、軍に依頼する予定でなー。そんでも、一回依頼を受けちまった以上、討伐失敗となればお前へのペナルティと違約金が発生する。あーぁ、リーフレットにも書いてあるんだけど、読まなかったのか?」
「読みましたよ」
メイルは説明書は隅から隅まで読むタイプだ。もちろん依頼の失敗に対するペナルティも懲罰金についても知っている。冒険者が闇雲に報酬の高い、難しい依頼を受けて死なないように、抑制の意味で設けられた制度だ。
「読んだのかよ!?じゃあなんで鉱山の仕事を受けたんだ?あんなの、数が多すぎてCランクパーティどころかAランクパーティでも危ういぞ?」
「なんでって、依頼ボードに貼ってあったから」
何当たり前のことを言ってんだという顔で、メイルが言い返す。
「いや、そうじゃなくてよ。…まったく、討伐期限まであと7日ある。それまでに仲間をかき集めてなんとかしろ。いやー、かき集めても無理かぁ。金かき集めたほうが確実だなぁ。あの依頼の報酬は金貨150枚、その違約金は30%だぞ。払えなければ最悪、借金奴隷落ちだぞ?」
「大丈夫ですよ」
「お前なぁ!鉱山の青大蜘蛛は1匹や2匹じゃないんだぞ?最初の発見時にはもう数十匹見つかってて、あれから3ヶ月経ってる。繁殖力が強くて今じゃ何匹いるかわからねぇんだぞ?昨日今日冒険者になったやつに簡単に討伐できる依頼じゃねぇんだよ!」
「326匹です」
「はぁ?」
「青大蜘蛛は326匹、進化した女王大蜘蛛1匹、合わせて327匹です。討伐の証に胴体を持って帰れということだったんですが、解体が面倒だったので丸ごと持って帰りました」
「はぁ?」
受付のおっさんははぁ?しか言えない病気になったのかとメイルは思った。
どうにも話が通じてないようなので、メイルはひょいと収納魔術でしまっていた青大蜘蛛を取り出した。
「はぁ?」
やっぱり受付のオッサンははぁ?しか言わない。病気だろうか。
「こ、こ、こ、こ、こ、こ、」
オッサンが青大蜘蛛を指差し、メイルと交互に見比べている。メイルは小首を傾げた。
「こりゃあ!青大蜘蛛じゃあないかぁ!!」
「だから依頼達成したっていったじゃないですか…」
メイルはそろそろ会話に疲れていた。そういえば朝からバタバタしていて食事も取ってない。空腹を自覚すると飢餓感が増幅した。オッサンとの会話なんぞ打ち切って、今すぐ温かいご飯が食べたい。
「あのー、わたしお腹空いたので食事に行きたいんですけど、討伐した蜘蛛、全部出していいですか?確認にも時間がかかりますよね?その間にご飯食べたい…」
メイルの言葉と同時にお腹が盛大にぎゅるるるるぅっとなった。目には空腹の余り涙が溜まっている。
「あ、はぁ、は?あ、ああ、食事な!待て、メシぐらいで泣くな!ここじゃ狭いから倉庫!倉庫に蜘蛛を出したらメシに行っていいから!」
オッサンは涙目のメイルに狼狽え、慌てて倉庫につれていく。中にいた解体専門らしい職員が数人、何だ何だとこちらを覗き込んでくる。
「よしいいぞ!出せ!」
「取り出し」
どかっと青大蜘蛛の小山が目の前に現れる。一番上には女王大蜘蛛がちょこんと乗っていた。
周りからどよめきが上がった。でもメイルにはどうでもいい。
「あとこれー。薬草とキノコー」
薬草の塊とキノコの塊をオッサンに手渡す。オッサンはボーッと蜘蛛の山を見ていたが、慌てて薬草とキノコを抱え直した。
「お、おう!じゃあメシが終わったらまた来てくれ!か、確認だが、鉱山の蜘蛛はもういないんだよな?」
「全部倒したー」
ぐきゅるぐきゅると腹を鳴らしながら、メイルは答えた。
「分かった!よし、メシに行ってろ!近くに椋鳥の巣って言うメシが美味くて安い店がある。行ってみるといい」
「はーい」
ぐうぐう腹を鳴らしながら、メイルは倉庫を後にした。
倉庫からは、歓喜の雄叫びが響いていた。




