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間話 ナディア・カールトンの回想

 わたくしは生まれてはいけなかった。

 生まれた時、わたくしの息は止まっていたという。

 お父さまもお母さまも、わたくしなどなかったものとしてうち捨てようとした時、何故か息を吹き返したという。

 命も魔力も、産声もあげずに確かに消え果てた筈だったのに、力づよい産声と共に蘇ったのだと聞いた。


 でも家族の誰も、わたくしが生まれたことを喜ばなかった。

 お父さまはわたくしに、つかいどころのない役立たずだといつもおっしゃった。

 王太子様の妃になるには幼すぎ、王太子様のお子の妃になるには年上すぎる。

 他の高位貴族のもとに嫁ぐにも、美しさも優秀さもないわたくしを娶ろうという子息がいない。

 てきとうな貴族の後妻か、豪商の妾ぐらいにしか行き場がない。

 平凡なお前をわざわざ欲しがる家もない。お前の養育にかかった費用を賄えるような嫁ぎ先などどこを探しても見つからない。この穀潰しの役立たず。お父さまもお母さまも、私の顔をみてはいつもそう嘆いていた。


 嫡男のお兄さまは学業も剣の腕も優秀だ。8つ上の美しく教養高いお姉さまは侯爵家の正妻として嫁ぎ、旦那さまにとても大事にされている。


 お兄さまもお姉さまも、わたくしの赤いゴワゴワの髪と頬のソバカスを見てため息をつく。せめてもう少し見られる容姿だったら、私の嫁ぎ先も見つかるのにと。


 わたくしはそんな時、いつも俯いて謝る。こんな出来損ないのわたくしが名家であるカールトン家の一員である事を申し訳なく思う。わたくしがいなかったらカールトン家は完璧なのに。


 そんなわたくしが8歳になった年、王宮で王妃さま主催のお茶会が開かれた。

 わたくしはまだ子どもだったけど、王家に近い有力な貴族が招かれており、家族で参加するようにとの仰せがあったので、わたくしもお茶会に参加することができた。

 お父さまは多くはない招待客に選ばれた、大変名誉なことだ、絶対にヘマをするんじゃないと、家族に、特にわたくしに何度も注意した。わたくしはゴワゴワの髪を結ってもらい、お父さまとお母さまとお兄さまの後から静かに会場に入った。


 王妃さまへのご挨拶は、何も失敗しなかったと思う。王妃さまも「可愛らしい淑女だこと」とにこやかに褒めてくださった。

 でもお父さまのライバルの伯爵家のご令嬢が、王妃さまから「可愛く利発なご令嬢ね」とお褒めの言葉を頂いたのを見て、お父さまはとても面白くなかったみたいだ。

「お前の容姿が悪いせいだっ!」と会場の隅で叱責された。きっとあの令嬢の婚約者が、高位貴族のご子息なことも気に食わなかったのだろう。いつもより長く叱責され、涙が出てしまったわたくしは、お母さまに泣いた事を嗜められ、一人で寂しくお庭を散策することになった。


 キラキラとしたお茶会の会場から少し離れたお庭の池の前で、ボンヤリと座って涙を拭いた。いつもならすぐに止まるのに、今日は中々止まらずに困った。あんまり泣くと目が腫れるし、顔が赤くなってもっと醜くなる。ハンカチでゴシゴシと目を擦ったが、涙はどんどん溢れてきた。


「お前、何をしている?そんなにゴシゴシ擦ったら、目が腫れ上がるぞ」


 上から降ってきた声に、肩がビクリと震えた。その拍子に持っていたハンカチが池に落ちてしまった。


「あっ!」


 お気に入りのハンカチが池の中にゆっくりと沈むのを見て、わたくしの目にはまた涙が盛り上がる。今度はハンカチがないので、涙はボロボロと頬を滑り落ちていった。


「あぁ、すまん。俺が声をかけたせいか。泣くな」


 声の主が、すこし慌ててわたくしの顔にハンカチを当てた。わたくしの様に擦るのではなく、そっと優しく目元に押し当てられる。ハンカチから森を散策した時のような、清々しい、いい匂いがした。


「詫びにそのハンカチはやろう」


 そっとハンカチを外して声の主を見上げた。黒い髪と緑の瞳の、スラリとした男の人が立っていた。


「お前、母上の客の1人だろう?こんな深い池の側で何をしているんだ?落ちたら危ないだろう。親はどうした?」


 男の人は眉を顰めている。ああ、わたくしが出来損ないのせいでまた怒られる。


「まったく。こんなに可愛らしい姫を1人にするなど。参加者の中にマトモな男はいないのか?」


 男の人はわたくしをひょいと横抱きにした。視界がうんと高くなって、見える景色が全然違う。


「ふん、涙が止まったな。おいお前。そんな悲しい顔ばかりするな。美しい青の瞳が涙で曇るなど勿体ない。女性が流す涙はほんの少しでいい。青玉を引き立たせるのは数滴の雫で充分だ」


 男の人はニコリと笑い、目元の涙を優しく拭ってくれた。その綺麗な笑顔に、わたくしの胸は高鳴った。


 男の人はわたくしを抱えたまま、お茶会の会場に戻った。皆が男の人を見て、響めきを上げる。


「サーフ殿下よ」


「まあ、お茶会にいらっしゃるなんて、お珍しい」


「あの腕に抱かれている令嬢は誰だ?」


 ザワザワと周囲の注目を浴びて、わたくしは恥ずかしくなって顔を伏せた。


「ナディア?!」


 お父さまが慌てて走り寄ってきた。顔が真っ青になっている。


「サーフ殿下!我が娘、ナディアが何かご無礼を致しましたでしょうか?」


 お父さまに睨まれ、わたくしはその時、わたくしを抱いている男の人が、サーフ王太子殿下だということに気づいた。次の王さまになる人だ。こんな偉い方の前で泣いたりして、どんな処罰をされるのだろうと、恐ろしくて身体が震えた。


「カールトン…。お前の娘か…」


 王太子殿下がわたくしの顔を見つめ、悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「ふむ。青玉の姫はカールトン家の末娘か。確か上の兄妹も出来が良いと聞いている。優秀で美しい子らに恵まれ、幸せ者だなカールトン。どんな財宝にも優る宝よ」


 そっとわたくしを下ろすと、王太子殿下はお父さまに笑いかける。


「カールトン。掌中の玉から目を離すと、あっという間に攫われてしまうぞ。気をつけるんだな」


 王太子殿下の言葉に、お父さまはポカンとしていた。

 

 わたくしは王太子殿下のお言葉に顔を赤らめた。そんな宝物をあつかうような優しさで、柔らかな笑顔で接されたのは初めてだ。


 周りの人達も、いつもの出来損ないを見る目じゃない、優しい顔で見ている。


 お父様の表情も、いつもより優しい。お兄さまやお姉さまに向けるみたいな、誇らし気な顔をしてくださっている。


「また会おう、青玉の姫」


 王太子殿下はそう仰って、颯爽と去っていった。

 そのお茶会でわたくしは、色々な方に話しかけられた。

 どうして王太子殿下に抱き上げられていたのか、どんなおはなしをしたのか。

 わたくしは精一杯答えた。皆はわたくしの話を、喜んで聴いてくれた。


「まぁ、あのサーフが。アリィシャ以外の令嬢に声を掛けるなど珍しいこと」


 王妃様がわたくしにうれしそうに声を掛けて下さった。優しく頭をなでられ、わたくしはポーッとした気分になった。


『青玉の姫』


 あのお茶会の日から、わたくしは皆からそう呼ばれるようになった。ありがたくも王太子殿下から頂いた呼び名だ。皆、わたくしに優しくそう呼びかけてくれるようになった。


 わたくしは王太子殿下が付けてくださったその名に恥じぬように、それまで以上に一生懸命、勉学やマナーに取り組んだ。髪や肌のお手入れも頑張った。そのお陰か、大きくなるに従って、ゴワゴワだった赤毛は艶を持ってふわふわになったし、肌のソバカスも薄くなって今は一つ二つ残るぐらいだ。身長も伸び、出来損ないと言われていた頃とは比べ物にならないぐらい綺麗になったと褒められるようになった。


 そんな時、王太子殿下は長年の婚約者だった令嬢とご成婚なさった。結婚披露のパレードには、あの頃よりもっと素敵になった王太子殿下と、妖精の様に美しいご令嬢が寄り添って手を振ってらっしゃった。

 国中を挙げての祝事だというのに、わたくしは少しも嬉しくなかった。王太子殿下が他の人と寄り添う姿に、わたくしの胸は張り裂けそうだった。

 

 あの日、みにくいわたくしを抱き上げて微笑んでくださった王太子殿下に、恋心を抱いていたのだと気づいたのはその時だった。お茶会で一度きり、しかもほんの短い時間のことだったけど、わたくしはそのひとときで、王太子殿下に心惹かれてしまったのだ。


 どうして王太子殿下の隣にいるのがわたくしではないのだろう。どうしてわたくしはまだ子どもなのだろう。どうして王太子殿下はわたくしを待っていてくださらなかったのだろう。あの頃より頑張ったのに。あの頃より綺麗になったのに。どうして。どうして。


 王太子殿下のご成婚から毎日毎日、わたくしはどうしてと心の中で繰り返していた。お父様が良い縁談が沢山来ていると微笑んでくださっても、お母様にお茶会で貴女のことを褒められたわよと言われても、お兄様に我が家の誇りだと言われても、お姉さまに素晴らしい妹がいて鼻が高いわと言われても、わたくしの中のどうしては消えなかった。どうして、どうして、わたくしは選ばれなかったの。


 どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。


 その言葉に、答えてくれるものに、ある日出会えた。

 


 

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